第9話ーーおっさんのトリセツ

「我らは探索者だ。下層へと参りたい」

「お前たちの領土とかには興味にゃいにゃ」

「信じられぬ!」

「来た道を引き返せ!」


 両陣営が睨み合い警戒心を露わにする。

 張り詰めた空気感の中、おっさん1人弛緩した表情でそれを見ている――悲壮な覚悟から一転しての安心で、気持ちが緩んでしまっていた、緩みまくっていた。


「そこの者、異種族を引き連れここに参った理由を述べよっ」

「先程から述べておるっ、下層への探索にしか興味はない。道を開けよ」


 やはりモンスターから見て、人間やケットシーはモンスター……異種族という扱いなのかっとおっさんは関心する。魔晶石を持つ者がモンスターと定義すれば、おっさんもソレなのだが、未だ気付いていぬ為に本人は人間気分だった。


「どうあっても答えぬ気かっ!?同族故に刃を向けずに話し合おうと思った我らが愚かだったか……」

「どこの群れの者か知らぬが、エルル様に恭順の意を示さぬとあればその身物言わぬ骸へと変えん」


 お気付きであろう、彼らは明らかにおっさんだけを同族認識していた、変わったのは装備やスキル、領土という概念を持っただけだった。

 おっさんは気付いていないが、アルとローガスももちろん気付いていた、その言葉の意味を……だがここでそれを告げるのは危険である事を十二分に承知している。もし理解してしまったら最後、暴走中年になるのは想像に難くないのだ。


「集団戦になりそうでございますが、やるしかありませんかと」

「そうにゃね、動きながら各個撃破にゃ」

「どっちみちスキル玉欲しいしね」


 聞こえぬように小声で話し合い、方針を決める3人。

 一気に飛びかかり屠ろうと身体に力を入れた瞬間だった。


「そこのお前!装備が変わってるからわからんかったが、前も来た奴じゃないかっ?!」

「そういやそうだ、あん時は急いでたのかどっかいっちまったと思ったら……」

「おおっ!そうだそうだ!」

「って俺達も装備変わってるがな、進化もしたしな」


 鉄兜をパカりと開けた。


「ほら、俺だよ俺!覚えてないか?1番最初にこの辺りでお前と会っただろ?」


 どうやらおっさんと前に出会い、食事に誘ってきたオーク達だったようだ。

 ダンジョンはバージョンアップされたというのに、まさかの奇跡の再会である、感動の瞬間だ。


「た、保さ……ヒッ!」

「やばいにゃ……」


 おっさんの目からハイライトが消えた事に気づいたアルとローガスは小さな悲鳴を漏らす。


「お前もしかして士官しに来たのか?」

「オレオークチガウ……ニンゲン……オークチガウ」

「なんだなんだ!?人間なんかに憧れてるのか?変わったやつだなお前は」

「チガウ……」

「面白い奴だなお前っ!ちょっと行った所に駐屯地があるからそこで飯でも食おう」


 超フレンドリーなオーク達である。おっさんの事を人間に憧れる変わり者オークと勘違いしているようだ。きっと彼らは一期一会を大切にするのだろう……

 剣と盾を仕舞うと手をこまねき背を向け「いい出会いだ」なんて言葉を交わしている。


「ど、どうするにゃ」

「背を向けた者を斬るなど……」


 2人が戸惑う中、おっさんはゆらりゆらりとオーク達へと歩を進めると、魔剣を振りかぶり鮮やかな銀の軌跡を描き出しながら、頭から股へと一刀の元に斬り伏せた。


「ブモッ!な、何を……」

「ど、どうした」

「そこの者らに誑かされたか!?」


 突然の暴挙に悲鳴を上げるオーク達。それに構わず次々に剣を振り続けるおっさん。

 正しく虐殺である……


「保様?」

「た、保どうしたにゃ」


 全てを斬り殺し血塗れとなりながら、ドロップが散乱する中に佇むおっさん。2人は何とか正気に戻そうとその背に声をかけた。


「モンスターコロス……オマエラモンスター?」


 ぐるりと振り向き、首をこてんと傾げるおっさん……その目は狂気を含んでいた――もう、どちらがモンスターなのかわかりゃしない。いや、おっさんの中にも魔晶石が存在する事から言えば、人間から見たらおっさんはモンスターには違いないだろう。


「モンスターは殲滅致しましょう」

「そうにゃっ!保と一緒に戦うにゃ」


 ここで否定は出来ない、それどころか止めようとすれば襲い来そうだった。2人は震えていた……おっさんの体から醸し出される雰囲気は、それほどまでに異様だった。おっさんが望むオーラというものだろうか……強者ではなく狂者ではあるが。


 狂った暴走中年は無表情のまま頷き返し背を向けると、走り出す。「モンスターコロス……ミナゴロシ」ぶつぶつと呟きながら、これまでに見た事の無い程のスピードで、探知に反応を見つけ次第向かい、斬り伏せ魔法を放ち屠る、屠り続ける。その背を必死にドロップを拾い集めながら追いかける2人。


 当初は集団でおっさん達を迎え撃とうと待ち構えているオーク達であったが、段々と逃げるようになり、最終的には泣き喚きながら土下座したり腹を見せて寝転がったりして命乞いする始末だった。領土を築き城らしき物に住むオークキングは玉座から降り、王冠をおっさんに捧げるようにしていた……まぁその行為も逆鱗に触れるだけの結果と変わったのだが……

 16〜20階までの森が、木と土出できた建造物が、全てが焦土と化したのは約12時間後の事だった。


 そのままの勢いで21階層へと突入したおっさんだったが、以前と変わらぬ街並みにアルが泣き叫びながら止めようとした事でようやく正気に戻ったのだった。


「あれ?なんでアル泣いてるの?」

「それは!保が「っていうか森は?鎧着たモンスターがこっちに向かって来てなかったっけ?」ぼう……」


 記憶を失っているようだ……

 その様子を見てアルもローガスも口を噤んだ。


「ここをガイン殿やミルカ殿にお見せしてあげたいですな」

「……そうにゃね、きっと欲しいものもあるにゃ」

「うーん、何があったんだ?」

「夢でも見られてたのではないでしょうか」

「そうにゃね、きっと保疲れているにゃ」

「今日は戻ってお休みにしましょう」


 首を捻るおっさんをスルーし、先程までの一件は夢という事にして、帰る事を促す2人。


「そう言われてみれば、なんか身体がダルい気もする」


 そりゃそうだろう、12時間一切休むこと無く暴れ回っていたのだから……


「よし帰ろう……転移」


 部屋に戻ると新木がいつものように来ていたが、「体調悪いみたいだから寝る」と一言告げて自分の個室へと向かったおっさん。


 その様子に心配する新木と、首を傾げる夫妻。


「何かあったんです?」

「アルにローガスさん、2人も顔真っ青だが大丈夫か?」

「体調悪いって大丈夫なんですか?」


 それぞれの質問に、ローガスは頷きを返しながらそっとおっさんの部屋の扉を開けると、「スリープ」と呟き睡眠魔法を掛けリビングへと戻ってきた。

 そして語りだした今日の出来事……おっさんの取り扱い上での厳重注意事項の伝達である。



 後日、夫妻を引き連れ21階層の街へと転移した。

 2人はとても喜び懐かしみ涙した。

 金貨の隠し場所にあった道具袋とアルのメモにも感動していた。

 だが、それ以外に欲しいものはなかったようだ……


「日本製品の方がクオリティも何もかもいいし」


 だそうだ。



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