第12話――おっさんは頼れる存在

「んーここは人少ないね」

「そうですね、まぁその方がありがたいですけど」


 新木は遂に会社を辞めてしまったので、平日である火曜日の朝から篭っているのだ。営業成績は以前から落ちていると聞いていたが、それはかなりの所まできていたらしく、今や給料が2ヶ月遅れになってしまっているらしい。おっさんが辞めた事はきっかけに過ぎず、元々の会社の体制が問題だったのであろう。そんな事もあり、平日は夜のみと日曜日にダンジョン探索でも、これまでの給料と同額程は稼げるようになったので、思い切って辞めたとの事だ。

 本人は「これが花嫁修業になったらいいな〜とか」とおっさんをチラチラ見ながら頬を染めていたが……当然おっさんに真意が伝わる事はなかった。おっさんは遂に相手の男は離婚に踏み切ったのかと勝手に納得していたのだ。そして新木が結婚となると、もうこうやって一緒にダンジョンに潜ったり出来なくなるなと少々の寂しさも感じていた――ここでもう少し突っ込んで話を聞くことが出来れば話は進展するのだが……


 いつものダンジョンは先日絡まれた事もあり避け、少し離れた所にある場所へとやってきたのだが、平日だからなのか?それとも少し不便な場所にあるせいなのかはわからないが、明らかに人が少なくて入口に列も出来ていなかった。


「ここって何階層まで攻略済なんだっけ?」

「10階までらしいです」


 10階層という事は余程人が来ないのか、敵が恐ろしく強いのかの2択である。


「じゃあ、とりあえず10階層までクリアして、それ以降は強さを見ながら手伝うか、俺が倒していくかって感じで」

「はい」


 いつもは新木に全てのモンスターを倒させているのに、なぜ今回はおっさん自ら手を出すのかには大きな理由がある。

 前回部屋付きダンジョンの100階層ボスを倒した時に、願いが叶えられたという事に味を占めたのだ。隠蔽スキル玉を闇雲に探すよりも、神様(?)に叶えてもらった方が楽!と思い付いてしまった。もし本当に願い事が叶うとしてもロクな願いとも言えないが、おっさんには今は特に願い事もないのだ。よくあるのが、金・女・名誉などだが、金は山ほどアイテムボックスの中に眠っているし、名誉と言っても具体的なものは思いつかない……女に関しては、実は前回100階層クリア時に『彼女が欲しい』と願ったのだが、神様(?)に『彼女……生殖可能な相手を求るのか?』と聞き返され、あまりにもあけすけな質問に顔を赤くして否定していた。おっさんが欲しいのはあくまでも彼女であり、恋人なのだ。確かにハーレムなんて夢も見てはいるが、まずはたった1人の恋人と夢を見るピュア中年である。


 新木のレベルもそれなりに上がっている為に、サクサクと進む探索。5階も10階ボス部屋も順番待ちパーティーどころか自衛官や警察さえもいなかった――本当は自衛官がいるのだが、他パーティーが来ない為に近辺で狩りをしているのだ。10階層の自衛官に到っては誰も来ないと信じていためである。


 半日もしない内に2人は26階層まで到達していた。ここまでの敵は全て新木にとっても既に対応した事があるモンスターだった為に、特に慌てる事もおっさんに戦闘を任す事もなかった。ただ21〜25階層まではオークだったのだが、新木に一言も告げずに黙々とおっさんがオークの首を刎ね続ける姿があった……


 26階層はおっさんはこれまで何度も戦った事のある、石で出来たゴーレムだった。身体のどこかに核が存在し、それを斬るなり壊すなりしないと倒せないものだ。しかもその核は個体毎に別の場所にあり、特定しにくい。おっさんの感想としては面倒くさいのみだった。他のモンスターは……生物の形をしていたら首を落としたり胴を半分にすれば死に至るし、手足を落とせば瀕死になる。だがゴーレムは痛覚がなく、核を潰すまで動き続けるのだ。

 その事を新木に向けて説明しようと振り向くと、何故か目を輝かせていた。


「あれはどういう仕組みで動いているんですか?」

「あの石の集合体のどこかに核があって、そこから魔力か何かが出て存在しているのかな?」

「核が人工知能的役割とエネルギー源として成り立っていると……」

「あーうん、多分だけどね……もし詳しく知りたいならローガス出そうか?」

「あっ……いや、いいです、大丈夫です」

「えっ?あっそう?」


 また暴走するかと思われた新木だったが、意外にも返事はNOだった――喉元までYESと答えようとした新木だったが、せっかくの1日デートなのだから邪魔はいない方がいいという恋する乙女的感情が働いたのだ……デートといっても、少々血生臭く殺伐としている場所ではあるが。


「ゴーレム作成とかそういったスキルはないんです?」

「うーん、俺は見た事ないかな〜。やっぱりローガスに聞いてみる?」

「ローガスさんは帰ったらでいいです」

「やった事ないけど、土魔法でとか出来ないのかな?」

「それはもうやってみましたけど、上手くいかないんですよね〜」


 既に実験済みだったらしい……

 どこで実験したというのだろうか?と考えたところで、住んでいるマンション入口掲示板に『*注意*マンション前の公園で深夜、奇声を上げて転げたり変な動きをしている不審者がいました』と貼り紙があったのをおっさんは思い出し納得した――それは確かに新木も含まれているが、違う。お前のタトゥーだ、おっさんよ。


「ほ、ほどほどにね……それにその内出来るようになるんじゃない?」

「そうですかね!?赤い隊長機とか色々作れたらいいなー。あと乗れたら最高なんだけどな」


 あくまでもアレを目指すらしい……脇目も触れずブレない事はいい事だ――隣にいるお前が恋心を抱いているおっさんは若干引いてはいるが。


 いくら目を輝かせていても敵は敵なのと、面倒くさい相手で時間が掛かるという事で、おっさんが棍棒で粉々に砕いて核を見つけ、更に砕くという、ただただ力任せな手法で進んでいった。


 そして30階に到達。

 そこは広い草原の真ん中に全長15メートルほどの1つ目の巨人<サイクロプス Lv41 スキル:麻痺の魔眼 ・棍棒術(中級・中)・再生>だった。草原に入る前に扉があった事から、どうやらボスらしい。


「これの急所は目だから、徹底的に目を攻撃すればいいよ。ただ正面に立っていると麻痺の魔眼使ってくるから気を付けてね」

「それは……難しいですね」

「遠距離から逃げるように走り回りながら、魔法や弓で目にぶつけるとかかな」


 本日のおっさんは助言もしっかりしていて頼り甲斐がある……


「いや、それは分かるんですけど……遠いと届かないし、近いと見上げるだけで当てにくいじゃないですか」

「確かに……と、取り敢えず俺が腕と足切り落とすからトドメさして」


 ……頼り甲斐があると思ったのは気のせいだった、深く考えてなかったようだ。

 実はおっさん、サイクロプスに遭遇ははじめてなのである。後輩の女の子の前でちょっと出来る男を演出してみたかっただけなのだ……


 逃げるように転移し腕と脚を切り落とし、新木にトドメを譲る……

 苦笑いしながら新木はそれを追いかけ、鉄斧を目玉へ勢いよく何度も叩きつける。

 そして巨体は光へと変わった。

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