第7話――おっさん噂される

 ダンジョン内は薄暗い洞窟だった。

 おっさんにとっては懐かしいような光景、新木にとっては新鮮なもののはずだが、そこに感慨は一切ない。なぜかといえば、ぞろぞろと列を作ってダンジョンに進入した為だ、まるで遊園地のアトラクション気分になってしまっていた。


 進入開始から既に30分ほど経っているが、未だモンスターとの接敵なし……それどころか山ほどの人間で溢れかえっているので、もし出現しても戦う事は出来ないだろう。


「何階層までスライムなんだっけ?」

「ここは確か3階層までです」

「じゃあ4階層まで行こう」


 事前情報によると、ここはおっさんのダンジョンと違い階層毎のボスはいないらしく、スムーズに4階層まで降りる事が出来た。予想通り人は一気に減っていた。


「よし、じゃあ新木さんはこれとこれを持っていて」


 おっさんが渡したのは例の秘密兵器コショウ爆弾と、おっさんのアイテムボックスの奥底に眠っていた鉄の剣である。

 女性と2人っきりでお出かけなど、これまでの人生ではたった3人しか経験がない……母と妹、アルである。しかも今回の行先はダンジョン、つい先日大怪我をしたばかりなので不安で仕方なくて、新木に山ほどのスキル玉を服用させようとしたのだが、「初めての1つ目は自力でゲットしてみたい」と言われたので断念した。防具も世間的には未だほとんど出ていないという話なので、普通の服を着ている……そうでなかったら、今頃2人はガチガチのフル装備だっただろう。


「こっちを進んだところに1匹いるからそれにしよう」

「えっ、わかるんですか?」

「あーうん、スキルでね」

「そ、それどんな!!」


 突然燃え上がり始めた新木。これまで恥ずかしいのか何なのか、一切のボディタッチなどなかったのに、おっさんの腕を取り聞き迫る。


「ちょっ!ど、どうしたの?声抑えてっ!」

「なんていうやつですか!?」

「……気配察知と生命探知かな」

「持ってますよね?下さい、とっとと下さい、早く下さい、いや、寄越せ」


 引き気味のおっさんは思わず後退りし、逃がすまいと迫る新木。壁に追い詰め、付き始めた顎肉を指でたぷんたぷんと弾きながら「寄越せ」と強要する。

 ――他人から姿だけ見たら、若い女性から中年男性への壁ドン……世の中年男性垂涎の光景だろう、おっさん自身もそんな妄想をした事があったのだが、真実は恐喝……悲しい現実だった。


「初めての1個目は自力ゲットじゃ……」

「そういうのいいから、早く!」


 勢いに負けたおっさんがそっと差し出すと、2つ一気にガリガリと食べほすとスキルを確認する新木。


「ふははははっ!見える!見えるぞ!私にも敵が見える」


 通路で仁王立ちになり叫ぶ新木……その目は若干血走っている。

 ここでようやく新木の必死さを理解した、ガノタさんだと思い出した。


 走り出す新木とそれを追うおっさん。

 おっさんの予定では、初めてのゴブリンと怖がる新木……そしてかばいながら屠るとなるはずだった。だが現実は…… 目的ゴブリン5メートルまで来ると立ち止まり、教えられた通りに袋を投げつけた後剣を振るい光へと変える。その一連の流れは初めてとは思えないほどスムーズに行う姿を見せた新木だった――おっさんの見せ場一切無し。


「次だ次だ!見えるっそこっ!」


 ドロップには目もくれず、次々と見つけては屠っていく新木と黙って拾っては背負ってきたリュックに詰めるおっさん。

 時折すれ違う他探索者にくすくすと笑われていた……「何あれ情けねえ」「おっさんダサっ」「おじさんポーターと美女」「美女と……クとかやべぇ」と時折聞こえない言葉もあるが、主におっさんを揶揄するものだ。仕方がない、まさにその通りに見える状況なのだから。それをもちろん快く思うはずはないのだが、新木が暴走している今は「人間と間違えないで」と小声で注意する事しか出来ないでいるおっさんである。


 新木のニュータイプ覚醒状態は約3時間後まで続いた。終了したのはただ単に4,5階層ゴブリンがいなくなった為だ。


「ボス部屋行きましょう」

「6階は狼らしいけど大丈夫?」

「それはわからないですけど、見てみたいです」


 暴走気味の新木だったが、おっさんがいる事で危ない事はないだろうと安心してはいたのだ――おっさんは新木という女性自身に不安を感じていたのだが……


 ボス部屋を見つけるのは簡単だった、なぜなら扉前に人が沢山集まっていたのだ。


レベルいくつかな?」


 先に進まないのかと聞こうと思った矢先、革鎧を着込んだ大柄な男性が話しかけてきた……明らかに新木だけを見て。


「どうしてですか?」

「あぁ警戒しないで欲しい、私は探索者協会に所属する自衛隊員の山形という者だ。ここはボス部屋で中には武器を持ったゴブリンが5匹程いるのだが、危険なので侵入を管理している」


 いくら自己責任とはいえ、無謀に突入して大怪我や死亡すると問題化する為に係員を派遣しているらしい。


「レベルは5です」

「俺「ふむ、1人では無理だな。よし、そこの角に座っている4人組の男がいるだろう、彼らは全員レベル8であるのでそこに混ざって行くなら許可しよう」は……」


 新木に続いて答えようとしたおっさんだったが、求められていなかったようだ……

 20代半ばの男性集団を指差しながら、勝手に組み込む発言をした自衛官に、2人は顔を顰めた。


「おおっ!名前なんて言うの?」

「さっき凄かったけど何投げてたの?」

「ポーター雇うとかお嬢様?」

「1人で来るとか勇気あるよね」


 わらわらと集まってきた4人組におっさんは押しのけられ、新木は質問攻めにあいだした。


「大磯さんは荷物持ちじゃないんですけど」

「んっ?じゃあなんだ付き添いか?それとも寄生か?情けなくないのか、いい歳をした男が」


 4人組を無視して自衛官へと話しかけるが、おっさんを一瞥すると嘲笑を浮かべ鼻で笑われた。


 人は見た目で判断しがちな生き物である。レベルもステータスも何もかもがおっさんの方が圧倒的格上なのだが、彼らの目にはただの愚鈍そうな中年にしか映っていない――誰か1人でもマラソン大会の事でも覚えていたらまた違ったかもしれないが、アレは既に忘れ去られた出来事なのだ。


 バカにされ続けているおっさんはというと、何も感じていなかった。それどころか能ある鷹は爪を隠すなどと1人ドヤっていた――悲しい事にこれまでの人生蔑まれる事に慣れてしまっているのだ……

 だが一緒にいる新木は違う、彼女にとっておっさんはヒーローなのだ、許せるはずがない――その割には先程スキル玉を寄越せと顎をたぷんたぷんしたり、1人暴走していたが……


「なんで勝手に決めつけるんですか?レベルも何も聞いてないじゃないですか!」

「……おい、レベル幾つだ?2か?3か?」

「47」

「あぁー年齢じゃない、レベルだレ・ベ・ル」

「だから47」

「そんなわけないだろうがっ!見栄をはるにしても程があるぞ」


 素直に答えたのに、自衛官激昴でおっさん涙目である。だが確かに47なのだから仕方がない。2日間の猛特訓?シゴキ?でレベル150以上をゆうに100を越すほど屠ったのだが、進化した為か中々レベルは上がっていない。


 どれだけ真実だと伝えても信じない自衛官と、扉の前に屯する探索者集団。誹謗中傷罵詈雑言のオンパレードだ。


「そんなに言うんならさ、おっさん1人で入っみろよ」


 嗜虐的な笑みを浮かべた1人がそう言うと、数人がそれに続き……そして誰もがそう囃し立て始めた……あろう事か自衛官までもが。その中の何人かの男性は新木をチラチラと見ている……きっと下衆な企みを頭の中に描いているのだろう事が透けて見える。


 流石に苛立ち始めたおっさん「ちょっと待ってて」と新木に言い残すと、扉を開け進入しものの僅か1分ほどでその手にドロップアイテムを持ちながら扉を再度開けて出てきた。

 それもそのはず、中にいたのは<ゴブリン Lv5 スキル:棍棒or剣術(初級)>が5匹。苛立ち紛れに魔剣を一振で纏めて光に変えた。


 出て来た姿を見て驚いたのは扉の前の集団だ。死ぬか大怪我だと思って笑っていたのに、ガチりと音を立てて閉まった扉からすぐ出て来れたのだから。「どうやって出て来た!?」「裏技か」「トリックだ」「ズルだ」と口々に叫び罵る。

 誰一人として、おっさんが全てを打ち倒したとは思わなかった。力を奮った直後だというのに、おっさんから強者のオーラなど微塵も出ていないようだ……


「行くよ」


 憮然とした表情で新木の腕を掴むと、人を掻き分け強引に再度ボス部屋へと進入し、魔剣をひと振りし光へと変えた。

 そして振り向くと顔を赤くしている新木に気が付いた。


「腕を無理やり掴んだりしてごめんなさいっ!訴えないで下さいっ!」


 ジャンピング土下座である。

 シリアスモードは長く続かない……僅か2分で終了――ウルトラマンより短かった。


「訴えませんから、大丈夫ですから……それにこう……」


 最後何を言っているのか聞こえなかったが、訴えないという言葉を聞けてほっとしたおっさんだ。


 何だか疲れてしまった2人は帰る事にした、そして転移で部屋へと一気に帰った。


 ――このダンジョンには現在転移魔法陣など一切見つかっておらず、おっさんが無理矢理女性をボス部屋に連れ込んで心中したと噂になったのは後日の話である。


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