第6話ーーおっさんは隠れる

「おはようございます」

「あぁ、おはよう」


 本日は新木とおっさんは一般にあるダンジョンに探索である為マンション前で待ち合わせしていた。2人の格好はというと、汚れてもいいようにおっさんは上下ジャージ、新木はジーンズにスニーカー、上は長袖のシャツだ。そして公でアイテムボックスなどのスキルを使用するわけにもいかないので、大きなリュックを背負っている。本来はガインミルカ夫妻も一緒に行くという話だったが、気を遣って2人になるよう避けたのが真相だ……当然恋する女子新木はそれを察し感謝していた。おっさん?おっさんはそんな事に気付くはずもない……


「最近夜はいつもダンジョン行ってた見たいですけどどうでした?」

「……頑張ってたよ」


 ゴブリンキングに脛から下を落とされてからは大変だった……おっさんだけが。

 あの後治っている事にも気づかずに痛みに喚いていたおっさん、それはアルが戻ってきてブーツの中身を捨てて燃やし、耳を引っ張って部屋まで引き摺って帰るまで続いていた。そしてそこから始まる説教……普段一切怒らないローガスまでもがため息を何度も漏らしながらの小言であった。

 数時間続いたそれの後は、ダンジョンへと戻りひたすら戦闘である。思えばこれまで一切大きな怪我をしてこなかったおっさん。それ故、死がすぐそこにあるという恐怖を知ってしまったために、身体が拒否反応を起こし手が震えたり足が竦むという可能性が高いと踏んだ2人が、強制的に戦闘させ克服させようとしたのだ。

 何度もダンジョンを出たり入ったりして、1人でゴブリンキングと戦わせる事数十回。

 油断せず確実に堅実に屠る事が出来るようになったら、2階層へ……以前はおっさんが何度も彷徨い無双したスライムがいる迷路だったが、バージョンアップした今回は見渡す限りの大草原だった。そこに高さ10メートル直径30メートル、赤色・水色・緑色・茶色といった色とりどりの半球体が10体ほど鎮座していた。

 何かといえば……

 <スライムキング Lv141 スキル:溶解・吸収・分裂・属性魔法(上級)・再生>


 スライムはスライムでもキングである。

 まだ2階層ではあるが、ここは全てキング以上の住処なのかかも知れない。


「保、あれにはどう戦えばいいと思うにゃ?」

「火属性スライムですので、水魔法で核を目指してぶつけたいと思います」

「核は動きますし、分裂しますがその場合はどうされますか?」

「はいっ!分裂といっても核持ちは一体ですので、それに魔法をぶつけたいと思います」

「ではやってみるにゃ」

「はいっ!」


 2人を先生として、従順に答え動くおっさん。もう誰が主かわからないが……いつもの自業自得なのでしょうがない。


 返事をしても直ぐには動かないおっさん……これはいつものようにビビってヘタレている訳では無い、どのように戦うか頭の中で考えていたりするのだ――時には頭脳も使えるようになった……成長する生き物だったらしい。


「ウォーターアロー!」


 残念な事にどんな魔法を出すかは口に出すようになっていた……どうにも言わないと調子が出ないらしい。これにはローガスも苦笑いである――長ったらしい詠唱文句を言わないだけマシなだと思うしかない……

 その様子にアルは目を輝かせていた、治まっていた病が再発してしまったのだ。


 直径30センチほどの水の矢は一直線にキングスライムに飛んでいき身を貫いた。だが、それは貫いただけであり核は生きている為に、その穴を起点としていくつものスライムへと早変わりし、おっさん目掛けてズルズルと這い寄る。


「レッドカーペット!」


 どこのお笑い番組だ……

 おっさんの語彙力には残念なものがあった――2人がその番組を知らない事が救いだろう。

 悲しいおっさんの頭は置いておくとして、火は絨毯のように地を広がり、分裂した全てのスライムを包み込む。


「転移!縮地っ!」


 宙へと上がり、一番奥にいた核を持つ個体を見つけると縮地で一気に近寄り核へと剣を突き刺した……そして光へと変わるスライム。


「どうでしたでしょうか!?」

「直ぐに警戒を解くんじゃないにゃっ」

「申し訳ございませんっ!」

「戦闘自体は及第点といったところでしょうか。この調子で続けてこの階層を殲滅してください」

「はっ、かしこまりました」


 ドヤ顔で振り返ったおっさんを叱るアルと、褒めるローガス……正しく飴と鞭である。だが単純なおっさんは嬉しげな表情を見せると、新たな敵へと走り向かっていく――よく調教されつつあるとも言うが……



 そんな事を2日間朝から晩まで続けていた。

 そしておっさんの身体はますます元に戻りつつあった……体内に魔晶石が出来た事で全て余剰カロリーになる訳だが、まだ普通の人間であった時の感覚が抜けないおっさん、空腹感もないのに、疲れたら食べ3食は必ず欠かさない……その上誰もそれを指摘どころか咎めない、そりゃあ太るに決まっている。


「今日はアルちゃんとローガスさんはお留守番ですか?」

「……う、うん」

「じゃあ帰りにお土産買わないとですね」

「ソウダネ」


 新木の質問におっさんはカタコトだった、目が泳ぎまくっている。それもそのはず、レベルが下がった為にそう遠く離れられない為に、アイテムボックスへと入れているのだ――未だに2人をテイム出来ている事から、それは間違いである可能性があるとは気付かない、いつも通りのヌケていた。

2人にとってはしょうがないという思いは確かにあるのだが、それでも無駄に時間を過ごす事になるわけなので、あまりいい顔をしなかった。代償は後日猫カフェとメイドカフェに連れていく事を要求されていた……彼らは100階層突入時にアイテムボックスへ入れられた事を根に思っていた……


 マンションからダンジョンまでは歩いて20分。なんだかんだ話しながら歩いているのだが、おっさんは少々顔を顰めていた。何故目のつくところにパトカーが停り、テロ組織にでも相対するかのような装備に身を包んだ警察官が立っているのだ……時折不審者扱いされ、つい先日もアルといる時に3回も職務質問されたおっさんは怯えていた。身に覚えはないのだが、小心者故に怖くなってしまうのだ――警察官が立っているのは、探索者資格を取りダンジョンに向かう者が手作り感満載の不格好な棍棒や竹槍、石斧を持って歩いているのを警戒しているだけなのだが……ヘタレなおっさんの目には全警察官の目が自分に向いている気がしてならない為に、そっと一回りも年下の新木の後ろに隠れるように歩く。

 その姿を可愛いとか勘違いする恋する女子新木の顔はにやけている――二人揃ってますます不審者っぽさを醸し出している事に気付いてもいなった。


 ダンジョン前近くにはいくつものプレハブが立ち並び、それをぐるっとブロック塀が囲むように建っている。入口前には何人もの警察官や自衛官が入る者の資格を確認している。2人も役所で貰った紙のカードをラミネートとしただけの物を見せ、ダンジョン内へと足を踏み入れた。

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