第2話ーーおっさんは隠す

「誰にゃ!?」

「誰だ貴様は!」

「誰?」


 部屋内に響くアルとローガスの殺気を含む声、呆然とした新木の戸惑いの声。


「おおっ!アルとローガス!ちゃんともう一度会えた!良かった!」

「その声は……保様ですか?」

「ちょっ!忘れたの?酷くないかな……」

「だ、騙されにゃいにゃっ!保はもっと大きいにゃっ!オークみたいな体型にゃっ!保をどこやったにゃっ!返すにゃっ」

「……オレニンゲン……オオイソタモツ」


 見知らぬ男はおっさんだった。

 嬉しそうにアルとローガスに声を掛けるも、疑いを含んだ問い返しばかりか、泣き叫びながら体型が違うからとの否定……そして禁断の単語……結果一年ぶりに眠りから覚め感動の瞬間であるはずの状況であると言うのに、おっさんの目は死に、カタコトとなってしまった。

 アルとローガス、新木の戸惑いも仕方がない事だった。何故ならアルの言う通りにとってもスリムになっていたのだ……トレードマークでもある無駄な贅肉は消え去っていた。太っちょのおっさんしか知らない3人にとってみたら他人にしか見えないだろう。ガインとミルカは初めて会う為に違和感など何も無い……


「その表情は保にゃ……」


 死んだ目で判断するアル――酷い。


「念の為に表示で確認させて頂きます……っと、色々大きく変わられていますが、やはり保様で間違い御座いませぬな。お会いしとうございました……」

「ずっと目が覚めるの待ってたにゃ……会いたかったにゃ……それとありがとうにゃ」

「……俺も2人にまた会えて嬉しいよ」


 おっさんとアルは抱き合い、ローガスはベッドの横で直立不動の状態でお互いを確認し涙する。


「保様、この度は私達をこちらに呼んでいただきありがとうございます」

「突然ダンジョンから弾き出されて、アルも見つからず途方に暮れていた所が……また会えるとは……」

「あっ、もしかしてガインとミルカさんかな?」

「そうです」「はい」」

「こちらこそ、勝手に呼んでしまってごめんなさい」

「いえ、アルを探して旅をしていた最中でしたので……それに多大なる代償を払われたともお聞きしました。本当にありがとうございます」

「いえ、大事な友人であり仲間の為ですから」

「保、ありがとにゃ」


 3人が泣き止むのを待ってたかのように、ガインとミルカが声を掛けた。そして掛け合う礼と謝罪合戦。

 誰もが忘れていた、ここにもう1人の人間がいる事を。


「えっと……大磯さん?」

「んっ?……えっ?あれっ?なんで新木さんがここにいるの?」


 少女が抱きつき涙する光景、そして所々意味不明の言葉、更に「以前助けられた」と聞いていたはずなのに、まるで今初めて会ったかのような、おっさんとガイン、ミルカ夫妻の様子……戸惑いながら恐る恐る声を掛けた新木に、おっさんは初めて気が付き驚いた。


「新木様は、保様が眠りに入られてから約1年、大変ご心配されておりました。そしてよくお見舞いに来て頂いておりましたので御座います。今日も偶然この時間に来られたのです」

「えっ?そうなの?……ごめんね、あとありがとう」

「いいんですっ、勝手に心配していただけなので」

「それでもありがとう」


 こんなおっさんの心配をしてくれるなんてと、おっさんは感動していた。そして何故か顔を赤くしている新木を見て気が付いた……


「こ、こんな部屋に6人もいたら暑いよね?リビングに行こうか」


 いつもの勘違いである。寝ぼけている訳では無い、ただの天然だ――ダンジョンをクリアしても、痩せても、おっさんは全く本質は変わっていなかった。


「そうですな、あちらに移動してお茶にしましょう」

「大丈夫ですよ、私は」

「いえ、保様もいつまでも美しいお嬢様の前で寝巻きなのも如何な事かと思われますし」

「あっ……じゃ……じゃあ行きますね」


 出来る執事はおっさんと新木を同時にフォローする。美しいお嬢様等と急に褒められて、顔を更に赤くしてモジモジしながら新木はおっさんの様子を伺っていたが、何の反応も無い事に肩を落として部屋を後にした……

 その様子を見守っていた夫妻は、苦笑を浮かべながらアルを連れてリビングへと移動する。



 4人はリビングにてお茶の用意を済ませ、ローガスと主役であるおっさんを待つ。


「あの、ガインさんとミルカさんって……「ぎゃあああっ」おお……」

「えっなに?!」


 先程気になった、おっさんと2人の初対面らしき対応と内容を新木が聞こうとした瞬間だった、先程あとにした部屋から突然悲鳴が聞こえてきた事によって遮られた。


 ガタガタガタガタッ


 慌てて部屋へと戻ると……


「どうしたにゃ!?」


 蹴破るように扉を開け、突っ込んだアル。

 その大きく開け放たれた扉から見えたのは……


 下半身丸出しのおっさんだった。


「ないないないないないっ」


 下半身スッポンポンで何かを無いと叫び、腹を押さえるおっさん。


「どうしたにゃ!何が無くなってるにゃ!」

「俺のおな……ががががががが……」


 急激に痩せた為に、立ち上がったと同時にするりと落ちたズボンと下着。そして晒された下半身だった。

 無いと慌てるのは、長年慣れ親しんだ相棒であり、別れようと思っても決して離れてくれなかった存在である脂肪だった――どの口がダイエットと言っていたのかと、問いたいところではある。それに今頃痩せた事に気付くとは遅すぎる……


 それを伝えようと声の方を向いた瞬間だった、アルの後ろに続く新木と目が合った。


「き「きゃああああああっ」」


 何故か両手で胸を隠すように押さえる、下半身丸出しのおっさんの悲鳴が響き渡る……

 それも仕方が無い、おっさんはこの世に誕生してからこれまで母親以外の女性に産まれたままの姿など見られた事がなかったのだから……


 真っ赤な顔の2人と、苦笑と呆れた表情を浮かべるローガスとアル、ガインミルカ夫妻。


 扉を閉め、こんな事もあろうかとローガスが用意していた服を着たおっさん。そこで初めて鏡にて己の全身を見た。


「こんなに痩せた事初めてだ……」


 徐々に変化した体型ではなく、突然変わった事により違和感を覚えるおっさん。ぺたぺたと顎や腹回りを触りながら首をしきりに捻っていた。


「さあ、皆様お待ちです、参りましょう」

「あっ、うん」


 おっさんが叫び声を上げて下半身を丸出しにするというハプニングはあったが、ようやくリビングのテーブルに着く事となった――文面だけ見ると、ただの変態であるが気にしてはいけない。


 リビングをキョロキョロと見渡していたおっさんが驚いた表情で口を開いた。


「1年寝ている間になんか色々増えてる……」

「人が増えました故に、色々買い揃えました」

「あっ……うん……あれっ?お金は?」

「保が部屋に隠してたお金使ったにゃ」

「あったっけ?そんなの」

「はい、約1500万円程御座いましたので、私が管理させて頂いております」

「保様、私達夫婦の為にすみません。ついついお言葉に甘えてしまって……」

「あっ、いいんですよ、気にしないで下さい」


 アイテムボックスに入れておけば安全だというのに、小心者のおっさんは何故かタンス預金気分で机の引き出しに隠していたのだ……全く意味不明であるが、今回はそれが功を奏した模様である。

 新木以外の5人で話が進む中、遂に声を上げた。


「1500万ってそんなお金を友人だからって勝手に使っていいんですか?だいたいガインさんとミルカさんの2人は以前からの知り合いって言ってたのに、まるで初めて会ったみたいな挨拶とかおかしくないですか?あと、さっきの光ってなんですか?光ったら突然痩せるなんておかしいですよね?なんで誰も突っ込まないんですか?……ハァハァハァハァ」


 息を切らせながら、疑問を一気にぶつける新木。


「あっ……」


 ようやく気がついたおっさん……新木は何も知らないという事に――さすがヌケている。


「いや……えっと……あの……」

「私には言えませんか……」


 必死に言い訳を考えるおっさんに対し、寂しそうな表情で俯き声を震わせる新木。


「うんっと……あの……いや」

「あの、なんですか?……やっぱり私なんかには言えないですよね」


 ここぞとばかりに迫りながらも、薄らと目の端に涙を浮かべ俯く新木――産まれてこの方、女性を泣かせた事などないおっさんに為す術もなどあるはずも無い……泣かされた事は多々あるのだが。


「私達もうっかりしておりましたな……この際新木様にはお伝えしても問題ないかと思われます」


 助けを求めるようにキョロキョロと周りを伺うおっさんに、ローガスが助け船を出した。


「いい……の……かな?」

「新木様はこの1年、本当に心配されておりました。そのお気持ちに報いるためにも必要かと思われます」


 ローガスの言葉に頷き返すと、ゆっくりと語り始めた……


「信じられないかもしれないけど、話すね……」






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る