第3話ーーおっさんは語る
「あの日、いつものように仕事を終え、疲れた体を引き摺るように帰宅した俺に……突然絶望を突きつけられたんだ……」
話し始めから絶望という不穏な単語が出てきたことにより、新木と夫妻の喉からゴクリと何かを飲み込むような音が鳴った。
だが語り口調とは裏腹におっさんの顔は緩んでいた……何故ならアルが椅子に座るおっさんの膝の上に座っているからだ。1年の空白期間を置いて、遂にアルさんにデレ期が来たのか!?会えない時間がなんちゃらかと、おっさんは心の中で大盛り上がりである。ついでに猫形態になってくれないかなーとも願ってる――だがその幸せ時間は直ぐに終わる事となる。
顔を引き締め話を続ける……無駄に力を入れ、まるでドキュメンタリー風……某プロジェクトXを意識していた。
「誰にも話す事は許されない、俺が死ねばモンスターは溢れ出す、1000日以内にクリアしろ……しなければ世界は滅亡すると、かなりシビアな条件だった」
「そ、そんな酷いっ!だから会社を辞めざるを得なかったんですね」
「そうなんだ、あの時は制約の為に言えなかったけどね」
おっさんの話に呼応して、新木が悲鳴のような声を上げる――まさしくドキュメンタリー風物語になっていた……本当は勇者とか救世主、ヒーローだと勝手に1人で盛り上がっていたくせに。
「だが俺も人間だ、人間なんだよ……食わなければ生きていけない。だけど薄給で朝から晩まで仕事に従事しなければ食う事もままならなくなってしまう……でも迫り来る世界の滅亡というカウントダウン……」
「あっ、だからあの時冴えない顔をしていたんだ……」
冴えないのは普段から変わらない、それはいつも通りだ……惑わされるな新木!
「俺だけならまだいいんだ、俺だけが食えぬと言うのなら……だが年老いた両親への仕送りもある。悩んだ、悩んでいた……するとそこで更に神は俺に罠を仕掛けてきた」
「わ、罠!?」
「あぁ、こちらの精神を試すように卑怯な罠だよ、俺がダンジョンに潜るようにと仕向けてきたんだ」
「ど、どんな罠なんですか!?」
話に身を乗り出して食い付いてくる新木。その様子に気を良くしたおっさん、彼女を真っ直ぐ見つめた――ターゲットに定めたようだ、独演会の。
「ところでダンジョンからはどんなものが出るか知ってるかい?」
「はい……えっと、モンスターの核とか布、瓶に入った謎の液体、武器に肉とかってテレビでやってました」
「えっ?肉??肉落ちるの?」
「あっ、はい。ゴブリンを倒したら出るそうです」
「マジで?ちょっズルくない!」
「えっと……」
肉という言葉に堅調な語りは崩壊したようだ。ローガスの顔を確認して、納得のいかない表情を浮かべ首を捻っていた――食い意地は相変わらずである。
「肉は出なかったんですか?」
「出なかったね」
「そうなんですね……で、罠っていうのは?」
「あっ……うん、核というのは魔晶石の事かな?謎の液体というのは多分回復薬や毒薬だろう」
「そうなんですか?!」
「まぁ実物を見ていないから何とも言えないが……確実だろうね」
「へー!スゴい!」
ますます気を良くするおっさん――調子に乗り始めていた……自分自身に酔い始めていた。そして膝の上にはいるが、すっぽりと腕の間に入ってしまっている為、顔を見れないアルの存在が希薄になってきていた。
「ダンジョンから出る時に売却システムが働くよね?そこで謎アイテムを見れば内容が分かるようになっているよ」
「売却システムってなんですか?」
「んっ?ダンジョンから出る時に透明なボードが出て所持品を売却するかどうかって出るよね?」
「そんな話は聞いた事ないですよ?その為にドロップ品はダンジョン出入口に建てられた、探索者協会で買取して貰うんですし」
「えっそうなの?」
「はい、核以外は何かまだわかっていないので皆さん家に貯めているって聞きますけど」
「そうなんだね」
「そのシステム?は売却するとどうなるんです?」
「日本円に変わるんだよ、スライムの魔晶石はいくらだっけな……400円弱だったような」
「そんなにですか!?」
「うん」
普段褒められない人間は、突然褒められると調子に乗るか、相手を疑うかのどちらかである。そしておっさんは言うまでもなく前者であった。その結果――この会話がある者の虎の尾ならぬ猫の尾を盛大に踏んでいる事に気付いてもいなかった。
「ヒュドラっていくらにゃ?」
「確か70万くらいかな〜」
「炎龍は?」
「100万くらいかな」
「70!100万!?」
ボフンッ
「騙されてたにゃ!保の嘘つきにゃ!お金がないって言ってたにゃっ!」
「あっ!!」
ドタンッ
「信じられにゃいにゃ!」
「痛い痛い痛い痛い……!」
「えっ!?猫!?」
「ア、アル!止めなさいっ!恩人よっ」
感情の昂りによってだろう、変身スキルが解けケットシーの姿に変わったアル。先程まで静かにおっさんの腕の中にいたが、怒りから椅子ごと押し倒しておっさんの顔で爪研ぎラッシュだ。そりゃそうだろう、食欲魔神アルは金欠というおっさんの言葉を信じて食べたい食材を我慢させられていたのだ。
「ご、ごめん……」
「アルはケットシーにゃ、保とダンジョン内で会って一緒に攻略したにゃ、ローガスもそうにゃ」
「ケットシー?ダンジョン内??」
「やれやれ……私はヴァンパイアバトラーのローガスで御座います。今後ともよろしくお願い致します」
「ヴァ……ヴァンパイア?」
「うぅぅぅ……順番が……プロジェクトが……」
この後に及んでおっさんが気にしていたのは、プロジェクトXだった――少しは精神が成長したようだ……ダメな方向にだが。
一方新木は、目の前でアルが突然猫のような姿に変わったばかりか、ケットシーとかヴァンパイアなど物語でしか聞いた事ないような名前が飛び出てきた為に呆然としていた。
「保様とアル様はお2人で少し話されたらいかがですかな?」
「そうにゃね、保ちょっと2人で外行くにゃ」
「そ、外?」
「いいから黙って着いてくるにゃっ」
ローガスの提案にアルは大きく頷きを返し、おっさんの耳を引っ張り、途中でまた少女の姿に戻るとそのまま玄関へと向かい、外へと出ていった。
「さて、では僭越ながら私めが保様のこれまでを話させて頂きます」
「えっと……あれはいいんですか?」
「保様の自業自得でしょう。それに……まぁアル様も本当は再会出来た事にとても喜んでいらっしゃると思われますので」
「そうね、あの子のあんなに嬉しそうな顔なんて久しぶりに見たわ……」
「俺達夫婦がこっちに来た時以上なのは少し納得がいかないがなガハハハ」
そう、ローガスの言う通りの自業自得、口は災いの元である。出来る執事は夜な夜なおっさんがアルに隠れて売却してお金を得ている事に気がついていた。宝石を出したのもお金の足しにと提供したのも、あれ程に毎日大量に食べているのにお金が減らないという事実にアルが気付かないようにと、おっさんをフォローする為にだったのだ――だがその努力も調子に乗りまくったおっさんの一言で台無しになったのだが。
「では、私が知る限りのお話をさせて頂きます……そう、保様がアル様を私を、そしてこの地球世界を救った壮大なる偉業を……誰も知らぬ偉業を……」
ローガス……意外にノリノリだった。
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