第1話――おっさんは眠る
「もう今日でちょうど1年になるのか……」
マンションの廊下を歩きながら、私は思わず呟いた。
あの2つの大事件から既に1年経った。
長いようで短く、短いようで長い1年だった。
未だ世界は混乱に満ちている。満ちてはいるがが未来への展望も見出し始めている。
突然頭に響いた啓示?言葉?それは稀代の魔術師や、世紀の大発明などのショーでも冗談でもなく、真実でありこの世界に大いなる変革を齎したそれはダンジョンである。
世界中混乱を極め、各国軍隊が規制や統制を行い侵入していた。だがダンジョン数が多すぎたせいもあり、全てに対応できるわけでもない……一般人が無手で突入し、見た事も無い醜悪なモンスターに無残にも殺害されるという事が多々起きた。かくいう日本でも、無謀な若きYoutuberなるものが撮影機材をやスマートフォンを持ち込み、悲鳴と絶叫を残し映像が途切れたり、運良く生きて出てきても自衛隊や警察に我が身を守って貰えないと文句を付ける有様だった。
ダンジョン内は不思議な場所だった。誰かの手で作られたような石畳が敷かれたタイプ、自然な洞窟タイプ、真っ黒な闇が続くモノ、発光源が見当たらないのに明るい道があるモノなど様々な様子を見せた。不思議なのはそれだけでは無い、洞窟なのに洞窟では無いというか……地中に埋まっている電線やガス管などインフラ設備は一切傷ついていないのだ、その事からどうやら入口から向こう側は異次元だろうと推測されている。また中にいるモンスターは所謂ファンダジー世界にしか存在しないと思われる生物であり、あの言葉通りに近代兵器は当然としてだが、鉈や包丁も持ち込む事は出来ない上に、外へ連れ出して攻撃した所、一切効かない事が判明している。原始人よろしく竹槍、棍棒、石を削り出し弦で棒に括りつけただけの石斧は効果はあり倒す事が可能だった。
倒したモンスターは光となって消え、核と言われる物・肉・瓶に入った謎の液体・武器・布などの様々なアイテムを残すらしい。
ライトノベルやアニメーション文化の発達している日本だからこそだろうか、モンスターの核が新たなるエネルギーになる事をすぐ様発見し、活用する術も見出した――噂によれば、どこぞのライトノベル通りの実験に因って成果を得たとか何とかで、それを書いた作家は今や時の人となり、連日テレビに出演してドヤ顔で語っている。
兎に角数が多いダンジョン、現時点で日本内で確認されているのは153箇所ある。
いつすぐ近くからモンスターが溢れ出し殺戮を始めるか分からない恐怖。
実際に他国ではあるが溢れ出したモンスターにより、住民が虐殺されるというショッキングな事件も起きている。
だが、警察や自衛隊だけでは手の回らない現実。
そして未知のモノへの好奇心が相まって、ダンジョンの一般開放が叫ばれ始め、それはいつの間にか大きなうねりとなる。
世界に先駆け日本が探索者協会を立ち上げたのは、3ヶ月前になる。義務教育を終えた者……つまり16歳以上の日本国籍を持つ者が戸籍謄本と住民票を役所に提出する事により、ダンジョンでの探索を可能とするものである。ただその際には<死んでも自己責任であり、誰の責任でもない>という誓約書を提出しなければならないし、未成年は親の承諾書と実印が必要となる。
現在の登録者数は数百万とも言われているが、正確な所はわからない。記念登録も多々あるという噂もあるくらいだし……
まぁかくいう私も登録だけはした口なんだけどね。武器は持ち込めないし、でもドロップ品はまだ数が少ないせいか高くて手が出ないしさ。だからもし潜る事になるとしたら、色んな物が安くなってからかなって思ってる。
核はグラムで取引されているらしいけど、スライムの核1つで50円くらいっていうのは高いのか安いのか……
もう1つの事件も忘れてはならない……
世界のほとんどの人はきっともう覚えてもいないだろう、テレビもSNSでも盛り上がったのはたった3時間にも満たない程だったし。でも私はしっかりと覚えている。
あの日の衝撃は大変なものだった……自宅にて朝食中に何気なくつけたテレビに映っていたのは、ほのかに慕っている会社の元先輩だった。
これまで出会った誰よりも真面目で、誰よりも優しく思い遣りがある人。大きな身体をしているというのに、小さな事まで気が付く。一緒に仕事をしたのは経った半年だったけど、いつの間にか惹かれていた。彼が会社を辞めてからも、悩みなどを嫌な顔ひとつも見せずに色々な話を聞いてくれていた……ちょっと会社を辞める理由が意味不明だったけれど……まぁいつか本当の事を話してくれると信じてた先輩。
その人が公式国際マラソン東京大会で、1位を爆走していたのだ。ビックリしすぎて焼きたての食パンが固く冷たくなるまで呆然としていた。
走る度に揺れるお腹のお肉、頬の肉……いつもの姿でにこやかに笑いながら……体力があるとは言えない、健康食品を売っているとは思えない体型の元先輩が、並み居る内外の強豪選手を大きく引き離し走っていた。最初は心配だった、だって膝への影響はきっと計り知れないから。段々といつの間にか応援していた……そしてワールドレコードを30分も短縮してのゴール。
インダビュアーである若いだけの中身の無さそうな女子アナにヘラヘラしている姿はちょっとイラッときたけれど、身体に不調をきたしている様子もなくほっとした。
その後会場からの怒声やブーイングに逃げ出した彼……
頭の中で謎の言葉が響いた後、私はダンジョンの事よりも元先輩の事の方が気になって仕方なかった。
何故なら彼が辞める際に言った「世界を救う」という言葉が無関係とは思えなかったのだ。
会社でも彼のマラソンの話は出たが、それは一瞬で終わり、話題の中心はダンジョンの事ばかりだった……彼から同じセリフを聞いているはずなのに。
だから私は電話したが、彼が出る事はなく、掛け直してくれる事もなかった。いつもならその日の内か、遅くとも次の日には電話をくれたのに。
もしかしたら嫌われたのかも?とか、いい人が出来て女性と連絡をとる事を禁じられているのかも?とは思ったけど、例えそうだとしても本人の口から聞きたかったから、毎日のように何度も電話した。
1ヶ月程そんな日々が続き、私の心の中に"諦め”という2文字がゆらゆらと浮かび始めた時だった、掛けた電話5コール目繋がったのだ。でもスマホの向こう側にいたのは彼ではなかった。友人と名乗る男性で、あの日からずっと眠り続けていると教えられたのだ。
ピンポーン
603号室[大磯]と掲げられた表札の下のチャイムをいつものように鳴らす。
『はい、どちら様で御座いましょうか』
「新木です」
『新木様で御座いましたか、ただいま解錠致しますので少々お待ちくださいませ』
初めて訪れてからずっと変わらない丁寧な口調のローガスさんが玄関扉を開け迎え入れてくれる。
彼は電話に出てくれた人で、元先輩にプライベートでお世話になったという外国人だ。ちょっと変わっている人で、何故かいつも執事服を着ているけれど、それが実に様になっているから不思議だ。
「こんにちは、今日も変わりませんか?」
「そうでございますね、全く変わらずにこやかな表情で寝ておられます」
やっぱりか……
ちょうど1年だから、何かあるかと期待してたんだけどな……
「おっ、ヒロコ来たにゃか」
「ヒロコちゃんいらっしゃい」
「クッキー焼いたけど食べる?」
ローガスさんと一緒にここで大磯さんを面倒見ている、アルちゃんとガインさんとミルカさん家族だ。
彼らも大磯さんにお世話になった事があるらしい。アルちゃんは何故かな行をにゃっていう可愛い女の子。夫婦の2人は外国で料理屋を営んでいたらしくて、時折ここでご馳走になる料理はとっても美味しい。
「もうすぐ……あと30分ほどでちょうど1年にゃね。ヒロコも期待して見に来たにゃ?」
アルちゃんが言っているのはダンジョン発生時刻だろう。
ついついマラソンゴール時間を気にしていたから、何も変わってないと肩を落としていたけれど……まだ希望はあったみたい。
淹れて貰った紅茶を飲みながら絶品クッキーを頂きながら30分。心做しかみんなソワソワしているみたいで、しきりに大磯さんの部屋をチラ見している……まぁ私もそうなんだけど。
「もうそろそろにゃ、近くに行くにゃ」
アルちゃんの言葉にぞろぞろと大磯さんのベッドの周りへと集まる。
私は知らず知らずのうちに手を合わせて願うようにしていたんだけど、アルちゃん達4人の顔を見ると、何か確信しているかのような表情だ。
何か知っているのかな?
「あの……えっ?何っ?」
聞こうとした瞬間だった。
大磯さんが突然目を開けていられない程の光を発し始めたのだ。
光が収まり、目を開けてベッドを見てみる。
そこに居たのは知らない男性だった。
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