第21話――おっさんのカロリー問題

 破壊音、悲鳴、絶叫はしばらく続いていた。

 それが終わったのは、おっさんが魔力切れで倒れた時だった――いや、まだ悲鳴は続いている。


「は、早うそこな無礼者のオークを殺せ!」

「痛いよママっ!早くポーションを寄越せ」


 下手におっさんの魔法に巻き込まれるのも嫌だと椅子を後ろにずらしてのんびりと見ていたアルだったが、倒れて動けなくなったのなら話は別だ。すぐさま臨戦態勢をとった。


「申し訳御座いません、私めではアル様にはかないそうにも御座いません」

「それを何とかするのがお前の仕事であろうがっ」

「ママ助けてよー」

「アル様矛を収めて頂くにあたり、炎龍の肉では如何でしょうか?」


 執事の言葉に目を輝かせるアル。


「どれくらいにゃ?」

「屋敷に残るのは約30メートル級の物が1頭まるまる冷凍してあります」

「わかったにゃ、それで手を打つにゃ」


 ますます目を輝かせ、口の端にうっすらとヨダレを滲ませながら頷くアル。その様子にほっとした表情で頭を下げる執事。

 話は無事纏まったかのように見えたが、またしても親子が喚き始めた。


「何故勝手に僕のお肉を渡すんだよ!許さないんだからなっ」

「そうじゃっ!執事風情が分をわきまえろ」


 困った表情を見せる執事と、肉を取り上げられた感覚になり親子を睨みつけるアル。おっさん?おっさんは未だにぶっ倒れている。


「殺していいかにゃ?」

「わわわわかった、そこなローガスをやるっ!それで許せっ」

「そうだ、それでいいっ」


 ローガスは困り果てた顔をしている。

 アルはおっさんの口に魔力回復薬を突っ込んで起こそうとしていた――きっと優しさだろう……「もう面倒くさいにゃ」などとブツブツ言っているのは気のせいだろう。


「肉がいいにゃ、おじさんはもう足りてるにゃ」

「早うローガスよ何とかせんか」

「アル様、私めを雇って頂けますかな?」

「うーん、それは保と話し合わにゃきゃ決められにゃいにゃね」

「そうそう、炎龍で御座いますが、アレは私が個人的に狩ってきたもので御座いまして、当家主人の皆様に一部を提供していただけで御座います」

「わかりやすく言うにゃ」

「炎龍は私の個人資産ですので、今私を雇われますともれなく肉も付いてきます」

「!!保は説得するにゃ、雇うにゃ!」

「では契約成立という事で……イグリーシャ様、長らくお仕えして参りましたがお言葉通りここまでとなりました」


 アルさんチョロい……

 肉の魔力に簡単に屈して、勝手に執事を雇ってしまった挙句に、倒れたままのおっさんの腹の上で飛び跳ねて喜んでいる……酷い。


「う……うーん……」


 回復薬により魔力が戻り、腹への衝撃によりおっさんが目を覚ましそうだ、苦しげに唸っている。


「イグリーシャ様、イグナス様、忠告で御座います。このまま大磯様が気付きますと、今度こそその身の消滅も有り得ますが如何されますか?」

「なっ!何を他人事のように言うておるのじゃっ!お前が何とかせんかっ」

「私は当家から既に解雇された身で御座います。これは最後の奉公と思っての御忠告だという事をお忘れなきよう」

「なっ!!」

「パパが外から帰ってきたら言いつけるぞっ」

「もう面倒くさいにゃ、殺せばいいにゃ」

「「ヒィッ」」


 執事にどれほど言われても、元雇い主としての傲慢か、それとも現状の危うさをわかっていないのか煩く喚く親子であったが、ぼそりと呟いたアルの言葉に顔を真っ青に変え、転がるように部屋を出ていった。


「うーん……あれ?なんで俺寝てるんだ?」


 おっさんが目を覚ましたのは親子が居なくなってから直ぐだった。


「起きるの遅いにゃ」

「あれ?なんかあった?」

「どこまで覚えてるにゃ」

「確か……肉を食べてワイン飲んで……んっ?」


 アルと執事はそっと目配せした。


「保は酔って暴れたにゃ」

「はい、きっと探索によりお疲れだったのでしょう。そのような場合は酔いが回りやすいと思われます」

「えっ?そうなの?ど、どうしよう」


 2人の説明に一気におっさんは顔を青くした。部屋の壁や調度品がボロボロになっているのを確認して、弁償というワードが頭にチラ付き狼狽えているようだ。


「まぁそれはアルが何とかしたにゃ。それでここにいるローガスを雇う事ににゃったから、テイムするにゃ」

「あ、ありがとうアル!……テイム?」


 アルのドヤ顔におっさんは素直に礼を言ったが、突然テイムと言われ頭に?《ハテナ》が浮かんだ。


「えっ?雇う?テイム?どういう事?」

「テイムしにゃいにゃら、弁償と給料で保はとんでもにゃい事ににゃるにゃ」


 混乱するおっさんに、畳み掛けるアル。


「アル様、隷属ではなくテイムでよろしいのですか?」

「わざわざ離れて自爆するほどアホじゃにゃいにゃろ?」

「ありがとうございます。誠心誠意お仕え致します」


 おっさんが混乱中で頭を捻る横で、小声でひそひそとアルとローガスは物騒な事を話し合っていた。


「いいのかな?えっと……ローガスさんはテイムされても大丈夫?」

「お気遣いありがとうございます。よろしくお願い致します」

「では……テイム」


 ここに遂に3人目の仲間が加入する事になった。


「では1度部屋に戻って話し合うにゃ」

「そうだね、色々話し合わないとね……じゃあ行こうか」

「ちょっと待つにゃ。ローガスも色々と用意があるにゃよ、ほらさっさと大事な荷物お肉を持ってくるにゃ」

「では用意して参りますので、しばらくお待ちくださいませ」


 おっさんは破壊され散らばった調度品を必死に元の形へ戻そうとし、それを椅子に座って眺めながらそわそわとしていた。

 数十分後、3つの道具袋を手にしたローガスが戻ってきた後、3人はおっさんの部屋へと転移した――調度品は元の形に戻るはずもなく……更に崩れていた。



 安アパートの狭い部屋に3人がテーブルを囲んで話し合う。

 ヴァンパイアは血を吸うのか?吸うと眷族となってしまうのか?などおっさんにとって切実な問題な為だ――テイムする前に考えるべきだが、しょうがない……アルさんの肉への渇望とおっさんのメンタルの弱さが悪い。


 ローガスによると、確かに血は好むがあくまでも嗜好品扱いで吸わなくても構わないらしい。それに人間の血は不味く飲めたもんじゃないので、頼まれても出来れば嫌だとの事。人間にそんな話が伝わったのは、一部のゲテモノ好きの省だと憤慨していた。その嗜好品であるが、龍を狩った時に保管してあるので心配無用だとの事だ。ワインも嗜好品の1つである為と、ダンジョン外の人間世界での交易品の為に作製していたらしい。

 では食事はというと、体内に魔晶石を抱える者(モンスター)は、空気中に漂う魔力で身体を維持出来る。では何故モンスターが人間を襲うかといえば、人間の体内魔力、またはそれを内包する肉に惹かれているためだそうだ。また、では何故あの親子が肉を好んで食べていたのか?であるが、それもあくまでも嗜好品らしい。魔力だけで維持出来るのに、余計に肉などを大量に取っている為にエネルギーを消化する事が出来ずにあの体型になってしまったとの事だ――必要以上のカロリー摂取と運動不足による肥満……おっさんと一緒である。


 吸血鬼の謎とモンスターの食料問題が一気に解決した事に、これだけでもローガスが仲間になった事におっさんは満足していた。

 アルももちろん満足していた、食費問題が解決した事に――ブレない。


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