第20話――おっさんソムリエになる②
「ご歓迎致します、大磯様、アル様」
執事と名乗る男が先導し、開け放たれた玄関の扉から入ったそこには頭上に大きなシャンデリアが輝き、壁際には高そうな調度品が設置されている。二階建てらしく正面には大きな階段が繋がっていた。所謂、西洋のThe御屋敷といった雰囲気だ。
「おおっ!」
「先に下層への階段を教えるにゃ」
華美な屋敷に慣れないおっさんが感嘆の声を上げるのに対し、アルは冷静だった。
「勿論でございます。さっ、こちらへどうぞ」
にこやかに微笑みながら大きく頷いた男は、玄関ホール右横にある扉を開けた。
「こちらは当家応接室でございます。正面に見える扉を開けるともう一部屋御座いまして奥に階段となっており、85階層へと繋がっております。どうぞご確認くざさいませ」
「階層主は?」
「毎日出た瞬間に殺しておりますのでご安心下さいませ」
扉の向こう側や近隣の部屋に何者かが潜んでいない事をスキルで確認しながら、そっと階段を開けるとそこは確かに巨大な部屋と奥に階段が見えた。
「階段を降りて確認するにゃ」
「で、目印だね」
「にゃ」
万が一襲ってきた場合を考えての逃げる手段というよりは、ヴァンパイア屋敷を経由せずに転移で85階層へとの移動手段を作る為である。
85階層に無事目印を付けた2人。そこでヴァンパイアの事をどうするか?との話になった。
「ヴァンパイアって普通に人っぽかったけど、モンスター扱いなの?」
「そうにゃ、見つけたら即討伐推奨モンスターにゃ」
「だからダンジョンに残ってるって事かな?あれだけの人数が何かに飲み込まれていたとかは考えにくいもんね」
「多分そうにゃ……アルは人助けをした結果にゃ、そこを忘れるんじゃにゃいにゃ」
おっさんは別にバカにした訳でも揶揄した訳でもなかったが、アルはどうやら気に触ったらしく、睨むようにおっさんを見ている。
「そういえば、モンスターかそうじゃないかってどこで区別されるの?」
「それは体内に魔晶石があるかどうかにゃ」
「それって、事前に相手がモンスターかそうじゃないかって知識がない場合は殺さないとわからないって事?」
「まぁそうにゃね」
「うわぁ……」
異世界恐ろしいとおっさんは引いていた。
確かにテストプレイヤーに選ばれた事は不運だが、それが異世界転移じゃなくて良かったと……アルが巻き込まれたのは可哀想だが、残ってくれていて良かった、仲間になってくれて良かったと心から安堵の息を漏らしていた。密かにバカ貴族とデカいカエルGJとか思ってたりもする――口が裂けてもアルには言えないのだが。
「知識と怪しいと思ったらすぐ鑑定が大事にゃ……どうせ執事の鑑定してにゃいにゃ?」
「う……うん」
「ここはダンジョンにゃ、アルと保以外はほぼモンスターと考えるにゃよ。にゃんで毎回鑑定遅いにゃ…特に人型タイプの時はしない事多いにゃ」
「……あれ?そう言われてみればなんでだろ」
未だに説教が効いていた……おっさんは記憶を消去している為に何故だかわかってはいないようだが、少し顔色が悪くなっていた――撲殺された彼もきっと本望だろう、スケルトンナイトさんのご冥福をお祈りする。
「あいつは二人がかりだったらなんとかなるにゃ、ただ他に隠れているのがいた場合わからないにゃ」
「じゃあ、警戒しながら話を聞くって事でいい?」
「そうにゃね、色々知ってるかもしれないにゃ」
話が纏まったところで2人が応接間へと戻ると、紅茶とクッキーがテーブルに用意されていた。
「お待ちしてりました、こちらへどうぞ」
アルが頷くのを確認して、椅子へと座る。これは罠があるかどうかの確認であった。
「主人もまもなく参りますので、少々お待ちくださいませ。こちらは当家で栽培したお茶と、シェフが作りましたクッキーで御座います。お口に合うと嬉しく思います」
「ありがとうございます、ここには何人くらいいるんです?」
「当屋敷には主人を除いては、私含めサーヴァント総勢21名、農場を管理する者達が60名で御座います。ですが現在はお客様に要らぬ誤解をお与えしないよう、主人2人と私以外は全て屋敷から遠ざけております」
「それはどうも」
85階から戻ってきてからずっと探知には3人しか引っかかっていなかったので聞いてみたのだが、思ったよりも人数が多かったのと、目の前にいる男が出来る執事だという事がわかる。
「主人というのは?」
「ヴァンパイアクイーンであらせまする、イグリーシャ様と、そのご子息様のイグナス様で御座います……その主人達が参ったようです」
アルは執事など気にせずに紅茶とクッキーを楽しんでいたが、おっさんは基本的に気が小さい男なので、隣に給仕がいる状態で楽しめるわけもなく、なんとか間を持たせようと質問していたら、どうやらそのクイーンと息子が来たらしい。
いつの間にか移動していた執事が扉を開けると、真っ赤なドレスに身を包んだ女性と、おぼっちゃまといった紺のブレザーの青年が現れた。その姿におっさんとアルは圧倒されていた、何故なら親子共に身体が大きかった、おっさんよりも遥かにだ。
「ぶふぅ……そなたらが外より来た者か、楽に致せ」
「ローガス!僕が来るのになんで肉がないんだよ!あとここはワイナリーだぞ、ワインを出せよ」
「申し訳御座いません、直ぐに用意致します」
ヴァンパイアクイーンと聞いていたおっさんは、スタイル良く美しいのが来る事を期待していたのに裏切られた気持ちでショックを受けていた。
アルはというと……肉という言葉に目を輝かせていた。
息子に言われる事をわかっていたのだろう、テーブルの上を片付けると直ぐに皿が見えない程に積まれたローストビーフとグラスが置かれ、それぞれにワインがサーブされた。
「飲みたまえ」
息子が鷹揚に頷きながら言いながら、ワイン片手に肉を貪り出したのを合図に、おっさんとアルも執事によって取り皿にわけられたローストビーフを口に運んだ。
「う、美味いにゃっ!これは何の肉にゃっ!」
つい先程まで警戒を散々口にして、ずっと左手を背に廻して武器を手放さなかったアルが、身を震わせ目を見開き叫んだ――いつの間にか両手で肉に取り掛かっている……警戒心どこいった。
「これは以前に91階層で仕留めた炎龍の物でございます」
「炎龍っ!これは美味いにゃ……是非とも手に入……あぁ……」
「はい、ご存知のように何故かしばらく前から魔物が光へと変わるようになりまして、これは以前に採った物で御座います」
もう二度と食べられる可能性がないとわかりガッカリしながらも、ここぞとばかりに食べ始めるアル。おっさんにはファミレスで食べるローストビーフ丼の肉と炎龍の肉と何が違うのかはわからないが、下手な事は言えないと黙って肉を食べつつワインを飲んでいる。
「大磯様、当家ワインはいかがで御座いましょうか?」
「あっ、えっと……一見荒々しいようですが、まるでビロードのような滑らかさがあり、加えて甘く芳醇な香りが素晴らしいですね」
「過分なご評価ありがとう御座います」
ワインなんてコンビニで売っているような安物の1本980円程度の物しか飲んだ事がないおっさんだったが、テレビで聞いた事のあるセリフをソムリエ気分で語っていた。
「あっ、これ良かったらどうぞ。ワインですけど」
自分と執事以外の3人が夢中で肉にがっつき、咀嚼音だけが響く空間にいたたまれなくなったおっさん、以前に買ったが飲まなかった安物のワインを執事へと手渡した。ワイナリー経営一家の執事に安物のワインを渡すとかどうなのかと思えるが……おっさんは何も考えていない、間を繋ぐ為に必死になっていただけだった。
「これは……見た事もない文字にラベル、貴重なものをありがとう御座います」
どうやら好意的解釈をしてくれたようだ……いや、出来る執事であるから、そんな事はお見通しの上でかもしれない。
「貢物がたったそれだけとは……まぁ珍しい物のようだ許してやろう。よし妾が召抱えてやろう、ありがたく思うが良い」
いつの間にかテーブルの上の大皿に山程積まれていた肉は無くなり、食べ終わったクイーンが扇を忙しなく動かしながら言った。
その言葉にアルは肉を食べて幸せそうにしていた顔を顰めっ面に変えた。おっさんは小説やアニメの中の貴族とかそんな事言いそう、なんて呑気に考えていた。
「どうしたのじゃ、礼が聞こえぬが?」
「そうだぞ、マナーがなってないぞお前ら」
「お断りします」「断るにゃ」
「なんだと!?」
「お客様は……「黙れ!使用人が口を挟むなっ!」……申し訳御座いません」
2人の断りに声を荒らげたクイーン、執事がフォローしようと声をかけようとしたが、扇を投げつけ牙を見せた。
その様子にアルはますます顔を顰め、おっさんは何故か目が据わりかけていた。
「そこな2人、早う礼を言わんかっ!貢物に免じて事を荒立てぬようしておる妾の情けを無にしておる無礼をどう償う気じゃ」
「そうだぞっ!オークとペットの猫を取り立ててやるって言ってるんだ、ありがたく思えよっ!」
「にゃんだとっ」
遂にアルは怒りに震え立ち上がった。
「シネ、オレニンゲン、マナーモンスターシネ」
「「ぎゃああああ」」
おっさんはブチ切れていた、目は完全に据わり何故かカタコトになり無言で光属性魔法をクイーンと息子の間にぶち込んだ。
そう、彼女達はおっさんのトラウマであるマナー問題とオークに仲間と間違えられた事件を一気に刺激してしまったのだ。
「コロス……オークチガウ……ユルサナイ」
「た、助けんかローガス!」
「痛い痛い痛い痛い痛いっ」
更に攻撃を仕掛けようとするおっさんと、床でのたうち回りながら必死に喚く親子。
「大磯様!お気をお鎮め下さいませっ!主の失言をお許しください」
「下郎を殺せ!」
「オークがなぜ魔法を放てるんだよっ」
「ユルサナイ……コロス」
怒りのあまりに狙いを上手く定める事が出来ずに、そこら中の壁や調度品を壊しまくるおっさん。痛みと恐怖で逃げ惑い転げ回りながら更なる失言を重ねる親子、謝罪する執事……カオスである。
そんな中アルは1人呆然としていた。
当初ペットと言われた時は怒りがあったものの、おっさんのキレ具合に覚めてしまったのだ。
そして初めておっさんに会った時に、オークと言わずに良かったと心からの安堵を覚え、自分を褒めていた。
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