第19話――おっさんソムリエになる①

数日に渡って様々なモンスターと会話を試み、躊躇い殺してから落ち込むを繰り返したおっさん――もちろん、スケルトンとオーク以外で……

どの人型個体もが単語をカタコトに話すばかりで、意思疎通は出来ず何もわからなかった。獣タイプはそれさえ無理だった。


「無駄な時間だったにゃ」

「まぁわからない事がわかったってって事だけでもよかった」

「全く付き合うアルの気持ちになってみるにゃ……」

「申し訳ない」

「いいにゃ、今日の夕食サーロインステーキで手を打つにゃ」

「……頑張って焼きます」


モンスターが光に変わるようになる以前、アルがダンジョンで生活していた頃、モンスターの肉はとても美味しかったという話を聞いたおっさん。謎の対抗心から「日本の和牛も美味しくて最高」等とまともに食べた事もないくせに自慢した結果、食べさせる事になってしまった。だが外食出来るわけでもないので、お取り寄せで和牛各部所詰め合わせセット(ステーキ用)を購入し、自らがフライパンで焼いて提供したところ、とてもアルさんは気に入ってしまったのだ。毎日のように要求されるのを金銭的問題を提示し解決したのだが、今回のようにおっさんに非がある場合には止む無く提供する事となっている――まぁ、いつもの自業自得である。


「さあ新しい階層行くにゃよ」

「あっ、うん。次は84階だね」


2人ゆっくりと階段を降りた先には、広大な土地に規則正しく並んだ畝とそこに植えられた何か、遥か先に丘陵があり大きな屋敷が見える。


「……畑?」

「……みたいにゃね」


それは正しく人の手が入ったもののように見受けられたが、もしかしたら植物型モンスターかもしれないので武器を構え臨戦態勢のまま畝へと近付く。


支え棒に巻き付くように弦を伸ばしている樹、そこになるのは紫の粒がいくつも連なる葡萄だった。


「見渡す限り葡萄だらけって事はワイン農場か」

「こんな階層に人がいるなんて聞いた事ないにゃ、そもそもみんながいた時の最高攻略階層は56階だったにゃ」

「でも明らかに人の手が入ってるよ?雑草も生えてないし、よく見てみるとこの土湿ってるし、空っていうか天井?は天気なのに」

「……誰かいるのかにゃ?」

「ゆっくり探してみよう、少なくともあの屋敷には何か手がかりありそうだし」

「も、もしかしたら街のみんながいるかもにゃねっ!すぐ行くにゃっ!」

「ちょっと待って!ゆっくりだよ、あくまでもここは未知の階層なんだし、ダンジョンなんだからゆっくり行こう。気持ちは分かるけどさ」


今にも屋敷に向かって走り出しそうなアルの逸る気持ちもわかる。もしかしたら見知った顔や、両親がいるかもしれないのだから。

だがそれで怪我やそれ以上の事があれば目も当てられないので、おっさんは心を鬼にしてアルを諌めたのだった。


葡萄は全ておっさんの身長ほどの高さがあり、見通しが悪いため、慎重に歩かざるを得ない。


少し歩いたところで生命探知、気配察知に数人の反応があった。そちらへと進んでいくと、そこに居たのは農夫のように麦わら帽子を被り、首に手拭いを巻き付け薄汚れた長袖長ズボンを着る数人の男女がいた。


「アル知ってる人?」

「……見たことないにゃ」

「そっか……すみませーん!!」


男女数人は明らかにビックリした顔をして、こちらを向きはしたのだが、声を返してくる事はないようだ。


「すみません、少しお話聞きたいんですがよろしいですか?」


10メートル程の距離まで近付いて、再度声を掛けても固まってこちらを見るばかりで反応がない。


「鑑定していいと思う?」

「もうしたにゃ」


つい先程までの切実といった表情から一転して、まるで獲物を前にしたような顔付きのアルは既に鑑定を済ませていた。おっさんはそれを受けて、慌てて鑑定する。

<種族:レッサーヴァンパイア Lv91スキル:農作業(中級・上)水魔法(中級) >これが5人だった。


「ヴァンパイアっ!」


鑑定した事によって、アルの顔の変化の意味を知ったおっさん。人だと思って解きかけていた臨戦態勢を取り直す。


「光属性魔法が弱点にゃっ!」

「わかった、仲間を呼ばれない内に一気に殲滅しよう」


2人がいざ魔法を放とうとした瞬間だった、レッサーヴァンパイアはこちらに背を向けて一目散に走り出した。


「えっ!?逃げ出した?」

「仲間を予備に行ったのかもにゃ。早く追いかけるにゃ」


思わぬ反応に一瞬呆けていたおっさんだったが、アルの冷静な一言に我に帰り追いかけだした。


「探知にどんどん人数が集まってるにゃ」

「…………」

「届く範囲になったら直ぐに魔法を放つにゃ」

「……わかった」


どうやら逃げ出したヴァンパイア達は仲間と合流し、こちらを迎え撃つ気のようだ。数は……30。


「ちょっ!多いって」

「大丈夫にゃ、数が多いだけで大したスキルももってにゃいにゃ。それよりもあと20メートル進んだら魔法撃つから準備しとくにゃ」


目視出来るまでの場所に着き、そのまま魔法を放とうとした時だった、集団が2つに割れ、真ん中から白旗を持った男が1人歩き出ててきた。


「降伏宣言?……ふっ戦わずして勝ったか」

「アル達のオーラに勝てにゃい事を察したにゃ」

「「フハハハハッ」」


相変わらず残念な2人である……いつか病気は治る事があるのだろうか……

レッサーヴァンパイア集団も心做しか引いているようである。


旗を振る男を鑑定してみると<種族:レッサーヴァンパイアリーダー Lv92 スキル:指揮 農業(上級・上)水魔法(中級・上)鍛治(中級)>であった。


「そちらのリーダーさん、話せますか?」

「コトバワカル……ココワイナリー……ワレラサーヴァント……バトラーヨンダ」


やはりワイナリーであった。

どうやら彼らは使用人で、執事を呼んだと言いたいらしい。


「戦う意思はないって事でいいのかな?」

「ハタケダイジ……バトラークル……マツ」 「ここで待ってればいいの?」


おっさんの問いかけに言葉ではなく、大きな頷きを返してきた。


待つ事数分、丘の屋敷からゆっくりと執事服を着込んだ男がこちらを目指し歩いて来るのが見える。

そしてリーダーの前に立つと、2人に向かい右手を胸の前で曲げ、優雅に礼をした。


「お待たせ致しました、お客人の皆様。私はこちらのワイナリーを所有するシュルルアン様に仕える執事をしておりまするヴァンパイアバトラー、名はローガスと申します」

「あっ……探索者の大磯保です。こちらは仲間のアル」

「これはありがとうございます。こちらへはどのようなご要件で……っと探索者の皆様ですと下層への階段をお探しということでしょうか?」

「えっと、まぁそうだね」

「階段は屋敷の一角に御座いますので御案内させて頂きます。もし宜しければ当家主人に外の様子など教えて頂ければ幸いかと」


とても丁寧な口調で話し頭を下げると、くるりとこちらに背を向けると歩き出した。


「どうする?」

「着いてくしかにゃいにゃ、ただいつでも戦えるように準備だけは怠らないようにするにゃ」


2人は短剣と棍棒を強く握りしめたまま、執事と名乗る男を追いかけ屋敷へと向かったのだった。


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