第10話ーーおっさん欲にまみれる

「転移キター!!」


 おっさんは謎の踊りを舞っていた、10階ボス部屋で。

 ファンタジー定番の一つである、転移スキル玉が出たのだ――もう二度とあのスケルトンナイトに会いたくないという想いが届いたのかもしれない。


 おっさんが気絶より目を覚ました時、目の前にあったのはドロップアイテムであるスキル玉2つと槍であった。スケルトンナイトへの忌々しい思いから、一瞬鑑定せずにアイテムボックスに放り込もうとしたかのだが、欲がまさり見てみた結果、転移スキル玉、マナースキル玉、鋼鉄の槍であった。

 鑑定する際アイテムに向かって「鑑定させて頂けますか」と光ない目でブツブツ言っていた。そのおっさんの周りの空気が暗く澱んでいたのは気のせいではないだろう。

 マナー玉?それはおっさん全力で床に投げつけ、ブーツの底でぐりぐりと踏みつけていた……


 舞い疲れたおっさんは床に座り込み、ステータスにてスキルが反映されているのを確認すると、11階へと進んだ。


「おおっ!さすがファンタジー!」


 11階層は見渡す限りの草原が広がっていた。所々に低木や色鮮やかに咲く花、太陽こそないが晴れの日のように明るく高い天井。


「すげー!すげーすげーよ」


 はしゃぎまくるおっさん――その姿はまるで何かを忘れようとしているようである。


 気配察知、生命探知スキルを駆使してモンスターがいないと思われるエリアにある低木に近付くと、その枝にタオルを結びつける。その場所から離れ、転移スキルを利用して目印のある低木へと移動する。少しづつ距離をあけ、確実に跳べることを確認する。

 転移するには行きたい場所をしっかりと頭の中に描く事が必要だとわかった為の練習であった。その後は住み慣れた安アパートにある自分の部屋を思い描き転移する。


 数時間に渡り練習した後、ようやくモンスターへと目を向けた。


「鑑定しますねー!しちゃいますからねー!鑑定!」


 未だ尾を引いているようである……


「クソっ!個人名とかねえじゃねぇかよ!」


 少し離れた場所にいたモンスターの上に表示されたのは、<グラスウルフ Lv24 スキル:噛みつき>だった。

 どうやら名前を持っていたのは、スケルトンナイトさんだけだったようだ。アレが色んな意味で特殊個体だったのだろう――そうであって欲しいところだ、おっさんの心の安寧の為にも。


 まずは1匹でいるグラスウルフを敵とする。速さ挙動を見極める、そして屠る。剣で、魔法でと数を重ねる。

 ヘタレなおっさんであれば剣といった近くに寄らなければ攻撃出来ないものではなく、好みの槍を使うと思うところだが、どうやら槍は封印したらしい――これもやはりアレのせいで。

 それはともかく、1匹に慣れたら複数である。これまでと違うのは360度どの方向からも襲われる可能性があるという事であるから、剣盾魔法で敵をコントロールする必要があるのだ。

 ここでも長い修練が始まるかと思いきや、意外にもそれほどかかる事はなかった。なぜなら既に剣盾魔法はそれなりに使いこなせるようになっていたし、そもそもLvが違い過ぎるのだ。

 結果、11階層では<風魔法(初級)><気配遮断(初級)>を新たに得て5日程で終わった。


 12階層は上層よりも草の背が腰ほどの高さになり敵が視認しにくくなった場所だったが、既に気配察知や生命探知スキルを得ているおっさんに取っては大した問題ではなかった。

 13階層、14階層、15階層になると湿地が加わり、これまでの階層では単体種族しか現れなかったが、複数の様々なモンスターが現れるようになった。敵に獰猛な犬が二足歩行で武器を持っている――コボルトや、グラスウルフ、グラスバイパーという名の蛇がいた。

 ここで新たに得たスキルは<隠形(初級)>。

 因みに階段前に居たのは、どこもウルフ単体だった為に苦労する事は一切なかった。


 そして辿り着いた15階層ボス部屋。

 おっさんは鉄の扉をゆっくりゆっくりと開ける。気配遮断・隠形・忍び足スキルを駆使して中に入り、モンスターを鑑定する――何故ここまで慎重なのかはいうまでもないだろう、アレだ。既に10日以上経っているというのに未だ尾を引いていた。


 ボスは<コボルトリーダ― Lv29 スキル:テイム・指揮・鼓舞・剣術(初級・中)・噛みつき>×1、<グラスウルフ Lv28 スキル:噛みつき>×4だ。


「…………やっぱり鑑定は有用だな、うん」


 一人大きく頷き、大きく息を吐くと敵へ向かってファイヤーボムを連続で放つ。

 11〜15階層のフィールドは草木に囲まれていた為に延焼して大変な事になりそうな火魔法は躊躇していたが、ここは石で囲まれた部屋の為に気兼ねなく使用できる為に遠慮なく放つ。

 着弾し小爆発を起こして土埃と火煙が目眩しとなっている中、土魔法で落とし穴をこれも3つほど連続で作成する。これは敵がハマれば儲けもんくらいの考えで、場所を深く考慮してはいない。辺りが晴れると1匹のウルフが落とし穴から必死に出ようともがき、1匹は地に倒れ動いておらず、コボルトとウルフ1匹は無事健在であった。一気に駆け寄り健在であるウルフを盾で牽制しつつ屠ると、コボルトも打ち倒し、その後ゆっくりと穴の中にいるウルフを突き殺した。


「よし、いけるな……さてと」


 自らの戦いに満足したおっさんは大きく頷くと、ドロップアイテムへと手を伸ばした。


「ないな……」


 欲しかったのは<テイム>スキルだった。

 もう心から欲しかった……人とパーティーは組めなくても、テイムモンスターでパーティーを作る夢が目の前に現れたのだ、それも致し方ない。

 いくらぼっち歴が長いおっさんでも、寂しい事に変わりはないのである。


 そして始まったボス部屋の連続襲撃である。入っては倒しドロップを確認する。当初はもちろん戦闘に一生懸命力をいれていた。だが数を重なるに連れ、それは作業にと変わる。襲撃が100回を超えた頃、ついにおっさんはあきらめ――るわけが無い、数をこなす為にとコショウ袋を投げ始めた。200を数える頃にはボスリポップ周辺を大きな落とし穴に変え、400を超えるとその穴に酢のペットボトルを蓋を開けたまま放り込んだ。

 ――今回は切なるスキル玉出現の願いは届かない、物欲センサーは敏感のようである

 だがおっさんは諦めない……

 もはや己に課せられた責務など頭から消えているようだ……

 その数が1000を遥かに超えた頃、ようやく出たのだった。


 要した日数は約3ヶ月。

 執念怖い……

 もし第三者が見ていたら、どちらをモンスターとして捉らえるか怪しいところである。

 勇者?ヒーロー?救世主?……いやいや、もうただの虐殺者である。


 後に称号システムが現れない事を願うばかりである。

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