第9話ーーおっさん説教される

「お前……何をやらかした」

「お母さんが付いてるから本当の事を言ってちょうだい」

「お兄ちゃん……」

「おぎゃあ」


 おっさんは実家で家族に囲まれていた。

 囲む者の目は怒り、悲しみ、憐れみを含んでいた。


 普段なら銀行から母親宛に5万円ほどを毎月振り込むだけなのだが、先日の魔晶石換金によって少なくないお金を手に入れた為に、両親へ40万円分の旅行券、妹へ10万円の出産祝いを持って帰省したのだ――喜んでくれると信じて。


 当然家族は驚いた、そして疑った。

 父親は息子の勤める会社の規模から考えて、突然大金が手に入る事は無いことから不正な手段ではないかと疑った。

 母親も息子が優しい子だとは知っているが、能力がそこまで高いとも思っていない。その為やはり不正な手段と思い、警察への付き添いを申し出た。

 妹は兄に甥っ子になる息子を見せに来たはずなのに、その大事な息子が犯罪者の関係者になる事を恐れて半泣きになっていた。

 悲しい事に家族は皆、おっさんの能力を正しく理解していたのだ。


「な、何もしてないよ」


 おっさんは焦り、考えた。

 ダンジョンの事は言えるはずもないし、この疑い様を見る限り下手に会社で〜等と嘘を吐いたら確認の電話をされてしまいそうだ……そうなると、会社を辞めた事がバレてしまう。36にして無職……バレる訳にはいかない。


「ちょっと宝くじが当たったんだよ」


 答えはこれしかない……


「ほう……」

「そうなのね?でもあんた貯金はちゃんとしてるの?」

「ねえ、いくら?いくら当たったの?赤ちゃん可愛いでしょ?甥っ子だよ?いくら当たったの?」


 どうやら何とか疑惑は晴れたようだが、問題が新たに発生したようである。

 安ければ貯金の事について説教されるだろう……だが妹の反応から見てあまり高いと、お裾分けを強請ってくるのは想像に難くない。


「……200万かな」

「そうか」

「じゃあちゃんと貯金しているのね?あんまり少ないとお嫁さんに来る人に愛想つかされちゃうわよ?」

「えっ?……お兄ちゃん結婚で……するの?」


 父親は納得した。

 母親は200万しか当たっていないのに、家族に4分の1も送ってくれる優しい子にまだ見ぬ嫁が来てくれる事を信じていた。

 妹は……空気の読める人間だった。


「いや、結婚はしないよ……大丈夫貯金はしてるから」


 何とか乗り切ったおっさん――望みはまだ捨てない夢見る男であった。


 その後の母親による純粋なる期待と追求、父親と妹の諦めたような視線に耐えきれなくなり、早々に逃げるように実家を跡にした。





 家族の顔、新たに家族になった赤ん坊を見て――逃げ帰ってきたおっさんは6階層で苦戦していた。

 敵モンスターは武器持ちスケルトンで、厄介なのはその得物にあった。ただでさえ剣では倒しにくいというのに、間合いの違う槍持ちがいたのだ。

 先日得た棍棒で殴りつける事で何とか数撃で打ち倒す事は可能になったが、槍は中々難しい。何せその軌道が分からないのだ……飛び込んでしまえいいのだが、そこは相も変わらずヘタレなおっさんである、腰が引けていた。


 そしてまた始まる修練の日々。

 ……どうやらチュートリアルはまだ終わっていなかったようだ。

 槍を相手にこなせるようになった次は階層を変えて複数敵を。ドロップアイテムで盾や槍を拾ってからは、それを使いこなせるよう練習の日々である。

 特に槍はおっさんは好きだった……敵の間合いに入らずチクチク攻めることができる為。


 何故1つの武器に絞らず、色々物に手を出すか……「俺、勇者」だからだそうだ。


 もちろんドロップアイテムは武器防具ばかりでは無い、スキル玉も多数存在した。それらを習得しつつ修練する。

 その姿はとても美しい――外見の話ではなく。

 ただ残念な事が1つ……おっさんの現在の魔法スキルは<水魔法(全)><土魔法(初級)><火魔法(初級)><鑑定(初級)>なのだが、新しいモンスターに出会った時に使う鑑定以外は戦闘には一切使用していなかった――ただの自己睡眠用魔法である。


 魔法を戦闘に使用する事を思い出したのは10階層に至った時だった。モンスターの後衛から放たれた火球である。

 だが残念なおっさんは当初気づかなかった――火球から最近怪しい雰囲気を醸し出した頭皮を守る事に必死だったのだ。自らも使い出したのは10階層で修練し始めて11日後の事だった。


 前衛を魔法で牽制しつつ、攻撃を掻い潜り後衛の弓や魔法使いを叩く。数をこなすのではなく質を高める。



 第2回チュートリアル修行に終わりが見えたのは、6階層へと進出してから40日程経ってからだった。

 ゴブリン層での修行と大きく必要数が違ったのには理由がある。自らの獲物が棍棒へと変わり、相手が槍持が出てきた事もある……あるにはあるが、最大の理由は違った。10階層では戦闘が始まる前に、毎回頭に巻き付けたタオルにしっかりと水を含ませるという作業が追加された為である。

 おっさんにとって髪の毛事情はとても切実なのだった。


 10階ボス部屋前で息を整える。


「ステータス!!」


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 大磯保(36)

 Lv44(17up)

 体力・・・129(47up)

 筋力・・・128(49up)

 魔力・・・245(131up)

 敏捷・・・88(36up)

 精神・・・135(35up)

 運・・・44(17up)


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 <スキル>・・・アイテムボックス・水魔法(全)・土魔法(初級)・火魔法(初級)・剣術(初級・中)・棍棒術(初級・中)・槍術(初級)・弓術(初級)・投擲術(初級)・忍び足・環境適応・気配察知(初級・中)・生命探知(初級・中)・看破(初級)・鑑定(初級・中)・罠感知(初級)・罠解除(初級)・性豪


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 ステータスは各種は伸び、スキルもかなり増えていた。

 さすが『初心者村の永久住人』『チュートリアルバカ』と、これまで遊んだ事のあるゲームで言われただけはある。


「鑑定が上がってる!」


 おっさん大喜びである。ここまで散々戦闘訓練を繰り返したのであるから、他の事を喜ぶべきであるが、やはりファンタジーの定番である鑑定は重要のようだ。

 これまでは<スケルトン Lv12>といったように種族名とレベルしかわからなかったが、これからはスキルなどがわかるのではと期待していた。


「よし、ボス討伐行くか」


 ギギギッ


 錆びた鉄の扉を押し開けると、そこには1匹のモンスターが立っていた。


「鑑定!」


 早速鑑定を使って見ると、<サージェスト 種族名スケルトンナイト Lv27 >とモンスターの頭上に表示されていた。


「なっ!名持ち?!特殊個体か!!……大丈夫だ、俺なら勝てる勝てる」


 種族名とレベル以外に名前らしきものが表示された事に驚いたが、これまでの修練を思い出し己を鼓舞するおっさん。


「行くぞっ!」


 棍棒を握り締め、モンスターに1歩を踏み出そうとした時だった、目の前のモノから声が聞こえた。


「今鑑定されました?」

「くっ!……喋るだと?」

「ちょっとそこの貴方聞いていますか?今、勝手に鑑定されました?」

「えっ?……まぁ」


 狼狽えるおっさんに、冷静な口調で問い詰めるモンスター。


「まあ、じゃないですよ。人を勝手に鑑定して個人情報を得るとかマナーがなっていないんじゃないですか?」

「えっ……あっ、はい」

「この時代に個人情報の大切さを理解していないとか、貴方はどのような御生活をなされているのです?」

「…………」

「ちょっと貴方!聞いているんですか?」


 確かに個人情報は大切である。読んだライトノベル等でも人を勝手に鑑定するな等と読んだ気もする。だがそれはあくまでも人の話であってモンスターではなかった。それがまさかのモンスターに怒られているのだ、おっさんは戸惑い狼狽えまくっていた。

 だが確かにスケルトンナイトさんの言う事は尤もでもあるのだが……


「だいた未だに1度も謝罪を頂けていないのですが、どのように思っていらっしゃるのですか?」

「……すみません」

「あまり誠意が感じられませんが、まぁいいでしょう。それで、名前持ちとか言ってましたね?名前があったらおかしいのですか?」

「えっ……いや……」

「名前という概念があるという事は貴方達種族にも個体名があるのですよね?他種族にそれを認められないのはどういう了見でしょうか」

「……すみませんでした」


 スケルトンナイトさんによる怒涛の説教である。会社勤めの際の説教と同等以上のしつこさでもあった。


「まだ分かってないようですね、社会人……いえ、人としてどうなんでしょうね?全く身体ばかり大きくなって、これだから……」


 ふつふつと湧いてくる怒り。

 それは会社勤め時代も思い出し、加速化していく。


「で、人の個人情報を勝手に得ておいてご自分の情報を提示されないんですか?」


 遂におっさんの目からは光が消えた。


「申し訳ございません、名刺を……」

「ふんっ、一応持ってるんですね生意気にも」

「ええ、受け取って頂けますか?」

「しょうがないですね、寄越しなさい」


 棍棒を握り締めたまま、会社勤め時代の名刺を左手で持ちスケルトンナイトに近付くと差し出した。


「名刺の渡し方などは習わなかったのでしょうか?これだから…………」


 ブツブツ言いながら受け取り、名刺を見ようと目を……頭を向けたスケルトンナイトさん。

 その時おっさんは全力で棍棒を振り抜いた。


「ぎゃああああっ、貴方何を!」

「うるせぇっ!死ね死ね死ね死ねっ!」


 ガツンガツンと鳴り響く棍棒が骨にぶつかる音。


「やめ、止めなさい」

「モンスターがふざけんな!黙れっ!俺だって頑張ってるんだよっ!」

「わ、わかったからやめ……」

「ウォターアロー!ファイヤーボール!アースアローッ!ウォターアロー!」

「…………」

「消えろ!死ね!黙れ!」

「…………」


 夢中で殴り、魔法をぶつけ続けるおっさん。

 それはスケルトンナイトさんが光に変わり、ドロップアイテムだけとなっても続いた。


 静寂がボス部屋内に訪れたのは、魔力切れでおっさんが倒れた時だった。


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