第8話ーーおっさん舐め尽くす
「どこでもーコーラー!」
ずんぐりむっくりの体型、まん丸の手、そしてアイテムボックス――未来から来たロボットのマネをしながら物を取り出してはしまう事を繰り返すおっさんの姿がそこにはあった。
何故こうなったか……
病院に行く程の怪我ではないが、痛みには変わりないし膿みでもしたら大変である。そこで洗浄した後消毒液を山ほどかけた迄は良かった、ただその後が問題である。バンドエイドでは上手くいかないのだ、そこでオ〇ナインをガーゼに塗り付け貼り、包帯で固定する事にした。だが生まれてこの方大した怪我などの覚えがないおっさんは巻き方などわかるはずもない……
結果おっさんの左手は真っ白だった……過剰なまでの包帯で。その姿はまるでどこかの厨二病患者のようでもある――実際おっさんは「なんかカッコイイ」とか「名誉の負傷」とか呟きニヤついていた。
その後モノマネを仕出したのである……純心なのだおっさんは――他人はそれをイタイ人と呼ぶのだが。
数日後からまたおっさんの低層無双修練は始まった。
基本的には、しっかりと時間を掛けて2層〜5層で修練をしながら降りる、そしてボス部屋で1泊する。翌日は逆に5層から部屋へと向かって剣を振り続けるのだ。
コショウ爆弾は使って――いた、ボス部屋では相も変わらず投げつけてから剣で切り刻んでいた。例の3匹だけにはどうしても思うところがあるらしい。
ようやく5階層の武器を持った複数ゴブリンを相手にしても、危なげなく戦えるようになったのは20日程経ってからだった。
36歳になるまで1度たりとも武器を扱った事などないどころか、スポーツでさえ高校生時に授業で嫌々行った事が最後。そんなおっさんが突然武器を持って襲いくるモンスターを相手にするなど簡単な話ではなかった。その為多大な時間が掛かったのも致し方ないだろう。おっさんにとって5階層までの道程はチュートリアルと化してた。
自分の成長具合に納得したおっさんは声を上げる。
「ステータス!!」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
大磯保(36)
Lv27(11up)
体力・・・82(31up)
筋力・・・79(32up)
魔力・・・114(62up)
敏捷・・・52(21up)
精神・・・100(20up)
運・・・27(11up)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
<スキル>・・・アイテムボックス・水魔法(全)・剣術(初級・中)・忍び足・環境適応
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
さすがにレベルの伸びは悪くなっていたが、それでもステータスはそれなりになっていた。魔力だけ突出してupしているのは、毎晩寝る前に気絶するまで魔法を行使している為である。
「剣術に中が付いている!目指せ剣神!!」
目標が高い事はいい事である……身の程を知らないのは幸せな事だ。
「環境適応……そういえば最近迷わなくなってきたけどそういう事なのか?何となく階段の方向わかるし」
毎日ダンジョン内にずっといるのだ、そのようなスキルが付くのも納得である。だがおっさんの推測は大きく違っている……迷わないのはそれだけ同じ場所を行き来しているからであった。これで未だ迷うようであれば、極度の方向音痴――いや、方向音痴も怒り出すレベルだろう。
「よし!明日からは6階層へ進出だ」
ステータス上昇に気を良くしたおっさん、ようやくチュートリアルから進む気になったようだ。
「弁当やドリンク類が心許ないな……金あったっけ……あっ!」
買い出しに行こうと考えたところで気が付いた、会社を辞める事を決意した時以来、疲れや面倒さから一切換金していなかった事に。
「溜まってるしどれほどかな……えっ?ええっ!?」
換金出来る場所に立ったおっさんは驚いた、思わず硬直してしまうほどに驚いていた。何故ならボードには知りたくて仕方がなかったものが書かれていたのだ。
<初級棍棒術スキル玉><錆びた剣><棍棒><初級回復薬><初級毒薬>……etc.……
そう、求めて仕方がなかったドロップアイテム詳細である。
「はぁはぁはぁ……も、盲点だった」
驚きに息を荒くするおっさん。
盲点も何も、最初に<ゴブリンの魔晶石>や<草スライムの魔晶石>などと表示された時に疑いをもってもおかしくないはずだ。
目を皿のようにしてボードに示されたアイテム名を見る。
「あ……初級剣術……環境適応……」
苦労して得たスキル名がそこにはあった――おっさん涙目である。
「か、鑑定きたっ!」
待ちに待った鑑定スキルがそこにはあった。先程までの落ち込みから復活したおっさんは歓喜した。
早速取得しようとして気が付き呆然とした、アイテムボックスに手を入れても<スキル玉>としか出ない事に……
「一体どうしたら……取り敢えず魔晶石の換金だけ済ませよう……ええっ!?」
悩んだが取り敢えずスキルは後回しにして、換金作業をする事にしたおっさんだったが、そこでまた驚き大声を出した。
「せ、1180万??」
まさかの金額に驚き、震える指で<y>を押すと、目の前にぼとぼとと音を立てて落ちる札束。
「どどどどどうしよう……お、俺セレブ」
わかりやすく取り乱していた。
強盗に狙われたらどうしようなど呟きながら、ズボンのポケットに札束を押し込んでいた――動転のあまりアイテムボックスの存在などすっかり忘れている。
まぁ突然大金が降って湧いたら驚くのも無理はない……おっさんはそんなお金とは無縁だったのだから。
「よ、よし、今日はDX生姜焼き弁当にしよう」
所詮は小市民のおっさんである。
倹約家ではない、倹約家ならば自炊する。自分に甘く優しいおっさんが、更に少し甘くなっただけの事だった。
何とか落ち着きを取り戻したおっさんは、部屋から持ってきたテーブルの上にドロップアイテム全てを取り出した。一つづつ持って換金ボードで内容確認する事で解決をする事を思い付いた為だった。
結果は……
・初級剣術スキル玉×168
・初級棍棒術スキル玉×293
・初級鑑定術スキル玉×2
・環境適応スキル玉×2
・初級気配察知スキル玉×5
・初級生命探知スキル玉×9
・初級看破スキル玉×7
・初級精神耐性×3
・初級土魔法スキル玉×4
・棍棒×36
・錆びた剣×41
・鉄の指輪×1135
・初級回復薬×481
・初級魔力回復薬×153
・初級毒薬×93
・性豪スキル玉×21
溜めすぎである。
まずは要らないと思われる錆びた剣と棍棒は1つ残した以外を、鉄の指輪は全てを売り払った。回復薬、毒薬はアイテムボックスへ全てしまい込む。
そこで残ったのはスキル玉である。
ビー玉程のような石を持って握り込む。
「スキル!習得っ!」
……何も起きなかった。
「スキル解放っ!」
「俺は人間を辞める!」
……何も起きない、石は変わらず手の平に残ったままである。
腰に手を当てて腕を上に掲げでみたり、床に置いて石に向かって「スキルを我に給う」などと言いながら土下座してみたり……
様々な事をしてみてみたが、一向にスキルが取り込まれることはなかった。
「もしかして、この大きさって事は……」
意を決した表情で数がある初級棍棒術の玉を口に入れたおっさん。
「あまーい!……これはオレンジ味だっ!」
体型から見ても分かるように、甘い物が大好きなおっさんは喜んだ、夢中で舐めた。
その後ステータスを確認してスキルが無事発現している事がわかった。
そして全ての石を舐め尽くしたおっさん――同じ種類の物を全て平らげたのは、数が重なれば上のスキルに成り代わるかと思った為である……決して意地汚いわけじゃない……多分。
そして性豪スキルも全て平らげていた――使う事があるかどうかは別として……いや、いつか使う事があるだろうと信じていた、心から。
……切ない。
スキルがステータスにしっかり発生している事を何度も眺めてはニヤニヤし続けるおっさん。
その喜びの元であるスキル玉が、全て床に落ちていた事に気付くのは後日の事である……その時絶叫がダンジョン内に響き渡ったという。
「見える!見えるぞ!!」
喜び勇んでそこら中を鑑定しまくるおっさん……
魔法を使用すると体から何かが抜けていく感覚がある、持てる魔力以上に使おうとすれば身体が危険信号を発する――頭痛を感じたりするのだが、おっさんはテンションが上がりまくっていて気付く事も無い。
そして突然また石畳の上に倒れたのはいうまでもないだろう。
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