第7話ーーおっさん罠に嵌る
「フハハハハ!我!正解!」
どこぞの閣下のように笑うおっさん。そこはダンジョンの5階ボス部屋に置いたベッドの上だった。
先日2階層から5階層まで無双しながら迷走していた時気付いたのだ、侵入してきた階段上には倒した階層主だろうゴブリンの姿が見えなかった事に。他のモンスターはそれなりにリポップして行く道を塞いでいる事から考えると、リポップまでの時間が長いのかそれともダンジョン内もしくは部屋内ににいる限りリポップしないのかである。
そこで実験してみる事にしたのがボス部屋宿泊である。1度は部屋の隅にテントと寝袋を設置してみたのだが、もし万が一リポップして襲って来る事を考えたらすぐ動けないのは致命的である。そこで運んできたベッドで寝る事にしたのだ。だがまだまだ不安である、もしもぐっすりと寝落ちてしまっていたら絶対絶命間違いなしなのだ。そこで新兵器の登場である、買ってきたは画鋲。それを部屋中に隙間なくばら蒔いていた、もし現れても踏んで声を上げるであろう事を想像して――罠設置も考えたのだが、罠は武器扱いになる事も有り得るために文房具にしたのだ……決して安いからとか、罠の作り方などわからなかった訳では無い。
そして現在に至る。
最初の5時間ほどは武器防具は付けたまま、手元には山ほどのコショウ袋を置いたままうつらうつらとしていた。だが当然装備着用ではしっかりと寝れるわけもないので寝足りない。ボス部屋内を見渡しても一切変化がない事にある程度の安心をした後は、防具は外し、剣は抜き身の状態で立て掛けたままで寝たのだ。もちろんコショウ袋は山ほど出していたのは云うまでもない。
「風呂に入れないのはキツイけど、取り敢えずは睡眠確保だな。ベースキャンプは当分ここにしよう」
持ち込んだ水で顔を洗い食事を済ませたおっさん。トイレはベッドから1番離れた部屋の隅で済ませている。オシメ着用も考えたのだが、36にして大人用オムツ購入は恥ずかしかったのだ、Webショッピングも考えた――考えたが、介護用オムツしか探す事が出来ずにまだ若いと思いたいオッサンはプライドから購入ボタンを押せなかった。
「さてそろそろ行くか」
装備を身につけ散らかした物を仕舞う……だが画鋲は拾わない。撒くのは簡単だが拾うのは細かくて大変なのだ、しかも無駄とも言えるほどに部屋中にばら蒔いたせいで。
少し躊躇した後にベッドもしまい込んだ。ベースキャンプと言いながら何故?そして躊躇の理由とは?……もし放置して置いた場合、万が一部屋から出た時にボスがリポップしたら破壊されるかもと恐れた――だけでは無い、それよりもあのボスと取り巻き2匹に利用されたら腹がたつという嫉妬が大きかったのだ。
おっさんが開いたのは5階層への扉だった。下層へ進むのではなく、既に攻略済の階層に足を向けた。コショウ無双しているとはいえ、おっさんは小心者でヘタレなのだ――元来ゲームでも旅立ちの村近辺で延々とレベル上げしたり、チュートリアル中に制度限界まで狩り続けるタイプだった。
5階層をコショウ無双した後4階層へと戻った。何もこのまま部屋まで帰ろうと言うわけではない、そろそろコショウを利用せずとも剣のみで勝てなければマズいと思い始めた為だった。もし効かない相手――例えばスケルトンなど鼻や口、喉などない相手の場合詰んでしまう事に気がついたのだ。こう見えて一応今後の事も考えているおっさんなのだ、決してパーティーゴブリンを見るのが悔しいだけじゃない。
初級とはいえ剣術スキルを自力取得した事に自信がついたおっさん、以前よりも腰は引けてはいない。だが怖い事には変わりないので、斬られるよりも殴られる方がまだマシと棍棒タイプだけを相手にしている。
振り下ろされる棍棒を見極め避ける、剣をその腕にぶつけたり切りつける。少しづつ避ける距離を小さくするのを心掛ける、慌てないようにしっかりとダメージを与える事に集中する。一撃で屠るのではなく、確実に殺す事を念頭におき、量より質と剣を振るい続ける。イメージは出来ていた――全て以前見たアニメからなのが悲しいところだが。
まぁそれでもやっている事は間違っていない。
昨日通った時より時間を掛け修練し、ようやく形になった頃5階へと足を進めた。
今度は複数同時に襲いくる敵だ、身体を半身にし避け振り、振り避ける。今度は致命傷になるようにと首などを狙い斬る――同時に相手出来るほどの技術を持っていないのだ、余裕はない。
何度かの戦闘を繰り返した後、おっさんは慣れた様子でコショウを投げつけながら屠りつつボス部屋へと急いだ。
さすがに疲れを感じていた、それも致し方ないだろう初めての真剣勝負だったのだ。
ギギギキッ
「なっ!?き、貴様ら崇高で神聖なダンジョンの部屋で何をしてやがる!!」
扉を開け中を見た途端、おっさんは激高した。何を以てして崇高とか神聖なのかは分からないが、目を見開き額に青筋を浮かべ顔を真っ赤にしていた――真っ赤なのは怒りだけではなく恥ずかしさもあった、いくら相手がモンスターだろうがおっさんは純粋なのだ。
何故なら部屋の真ん中で3匹が床に横になり、絡み合ってるように見えたのだ。
ボスがいるという事は、部屋を出たらリポップする事を示してしるのだが、もちろんそんな事実には気付くはずもない。
「グキャ」「グギャー」「グギ」
「声まで……俺をシカトしてまだだと!?ナメやが……そ、そう意味じゃないぞ!見てないんだからな!バカにしやがって」
誰に対しての言い訳なのか……
今時の中学生よりよっぽどピュアなおっさんである。
「成敗してくれる!」
剣を高く振り上げ3匹へと走り出す。
先程まで慎重に修練を重ねていた姿はここには無い――怒りに我を忘れ再びハイパー化していた。
だが疲れは中年の身体を裏切らない、数歩進んだところで足を縺れさせ地面に倒れた。
「ぎゃああっ!痛いっ!」
何とか左手で顔からダイブするのを防いだが……手の平に無数の画鋲が刺さったのだ。
そう、自分で撒き散らしたあの画鋲である。
「き、貴様ら俺を愚弄するばかりではなく……こ、こんな卑怯なわ……な……と、とにかく成敗してやるっ!」
卑怯な罠と言いかけたところで手の平に刺さる画鋲に気がついたおっさん。そっと無意識に手を腰の後ろへ回した――まるで誰かから隠すように……やはり少し後ろめたかったようだ。
今度は慎重に、それでも足早にゴブリンに近付くいた所で気が付いた。ゴブリン達はおっさんが羨むような事に夢中な訳ではなく、画鋲がそこら中に刺さり痛みで苦しんでいるという事に。
「くく……フハハハハ!バカめ罠に嵌りやがったな」
何というブーメラン……罠に嵌ったのはおっさんもである。
「くらえっ!天誅爆弾っ!ぎゃあああっ」
「グギャーッ」「ギャギャッー」「ギャー」
弱っているとはいえ未だ体躯の大きいゴブリンは怖かった為コショウを投げつけた、投げつけはしたが左手から画鋲が抜け落ちた傷にコショウの粉が入り込み、痛みを刺激したのだった。
こだまする1人と3匹の悲鳴――カオスである、カオスでしかない。
半泣きになりながらも剣を振り光へと変えたのは、しばらく経ってからだった。
その後無言で画鋲を拾い続けるおっさんの姿がそこにはあった――その背中は哀愁に溢れていた。
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