第6話ーーおっさん悶える

「ううっ……身体中が痛い」


 おっさんが目覚めたのは11時間後――つまり夕方になってからだった。

 目が覚めたのはいいが、全身が痛く身体を起こすのにも苦労していた。だが体のどこにも怪我などない、ただの筋肉痛である。普段一切運動などしていなかった人間が、突然2日間も歩き回り腕を上下に振り回ったのだ、当然の結果だった。


「次の日に筋肉痛が来るなんてまだまだ若いな……」


 おっさんは一昨日の事などもうすっかり忘れていた。明日にはもっと激しい苦しみが待っている。


「いや、待てよ……これはもしやレベルアップ痛ってやつでは……」


「ステータス!!」

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 大磯保(36)

 Lv16(15up)

 体力・・・51(50up)

 筋力・・・47(46up)

 魔力・・・52(48up)

 敏捷・・・31(30up)

 精神・・・80(65up)

 運・・・16(15up)


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 <スキル>・・・アイテムボックス・水魔法(全)・剣術(初級)・忍び足


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「うおおおおおおおっ!レベルアップしてる……これで痩せて……ない?」


 腹や顎の肉を掴んだ後、ガックリと肩を落とした。

 最初に2回ほどステータスを確認した後、これまで一切見ようともしなかったのは理由がある、決して忘れていた訳では無い。階層を繋ぐ階段にモンスターが侵入しては来ないと思い込んでいたのと同じ理由だ、最近読んだ小説ではレベルアップと共に肉体に変化が訪れ、ステータスに適した身体になると思っていた為、痛みがこない限りレベルアップしていないと思い込んでいたのだ。

 ただ最初に推察した通り、各ステータスの上がり方はバラバラであり行動によって変化していた。


「……となると、これは外骨格タイプか」


 変化するのでは無いのであれば、目に見えぬパワードスーツ的なものを身に纏っており、それがレベルアップと共に変化していくのだと推察した。


「ふふふふ……遂に俺の剣さばきをスキルが認めたか」


 ここまでドロップアイテムは一切使用していないので、これはおっさんの推察通りなのであろう。認めたのかただのシステムなのかは別として。


「それにしても初級か、レベル制であるのに初級とは理解できないな。これは使っていけば中級にあがるのか?それとも他の要因が必要となるのか……まぁ、いっか」


 おっさんは考える事を放棄した。いくら考えても答えを誰かが親切丁寧に教えてくれるわけではないのだ、実践でしか得れない事もあると納得した――だけでもなく、「ファンタジーだからしょうがない」と諦めた事も大きかった。


「でもな……なんで忍び足なんてスキルが生えたんだろ……やはり謎だ」


 謎でもなんでもない、こっそりゴブリンの後ろに回り込み続けた事が原因だが、本人としては正々堂々と戦っているつもりなので仕方がない。



 何とかベッドから身体を起こし、全身筋肉痛を耐えながらトイレや風呂を済ませたおっさん。買い貯めた弁当を平らげベッドへと這い戻る。


「5階層までクリアしたんだ、今日は休もう」


 自ら功績を讃え納得する。学生生活を終えて14年、社会人となってからは誰かに褒められる事などほぼなかった。その為日頃から自分自身を褒めて鼓舞させる事が当たり前になっていた。

 人は誰かに褒められたり、感謝されたり、優しくされないと精神は疲弊するばかりなのだ――優しくし過ぎた結果が今の体型に繋がってもいるのだが……


 休むと決めたはいいがやる事がない。寝ようと思っても、つい先程までぐっすりしっかりと睡眠をとったばかり。これまでの休日に何をしていたか思い出しても、今更と思うものばかりなのだ。スマホで毎日暇を見つけては無課金で頑張ってきたMMORPGも、いつかこんな世界に行けたら、なったらと夢見て読んでいたWeb上に溢れるライトノベルも、現実がそれを勝るものとなってしまった。


「不在着信1件……母さんか」


 ふと部屋に置きっ放しだったスマホを手に取り確認すると、昨夜母親から電話があったようだ。

 ほんの少しの躊躇いの後、画面にそっと指を添わせ耳に当てた。


「あ〜母さん?何かあった?……元気だよ……うん……そうなの?……頑張ってるよ……何も無いよ……分かった、その内1度顔出すよ」


 内容は『元気でしているか?風邪は引いていないか?仕事はどうだ?いい相手は出来た?いつ帰ってくるのか?』といつも通りの言葉、そしていつも通り返す言葉。いつもと違ったのは5つ離れている一昨年結婚した妹に子供が出来たという報告ぐらいだ。初孫の誕生に心なし声が普段より元気だった気もする。

 親とはいつまで経っても親なのだ、もう36にもなるというのにまるで変わらない。若い時はそれが鬱陶しくも感じたが、歳を重ねるに連れ有難みを感じるようになった。


「子供か……出産祝い送らなきゃな、仕送りと合わせて振り込んで、母さんから渡してもらえばいいか」


 妹に子供が出来たと言われ、自分の年齢をしみじみと感じてしまう。これまでだったらそこで終わっていただろう、だが今は「子供のためにも未来を作らなきゃな」等とやる気を漲らせる事となった。


「よし、寝よう」


 決意新たに――活動する気はないようだ。いそいそとベットへと移動した。


「アクアブォール!」


 おっさんは魔法を放つ事によって、気絶して強制的に寝る事を思いついたのだった。だが、思いとは裏腹に意識を失う事はなかった。

 伸ばした腕の先にはサッカーボール大の水色の玉が現れ、10メートルほど真っ直ぐ進み宙に霧散した。


「おおっ!初めて見る事が出来た」


 見る事だけではなく、飛んだのも初めてなのだがおっさんは知らない。


「次は……アクゥアルァーンス!」


 水が槍の形となり飛んでいき、これもまた10メートルほどのところで霧散する。


「うぉぉぉ!スゲー!次はなんだ?カッターか?いや……よし!ダイトゥァールウェーイブ」


 バタンッ


 遂先程までしんみりと親の想いに感謝していた姿はここにはなかった、テンション上がりまくりである。調子に乗った挙句にやはり気絶した――だがその顔は満足気にニヤついていた。


 原因の魔法といえば、サッカーボール3つ程分の水が宙に浮かび、そして力を失ったかのように床を濡らしていた。




 激しい筋肉痛は2日では治らなかった――5日後おっさんは再びダンジョンへと潜ろうとしていた。

 この5日間何をしていたかと言えば、食事風呂トイレ以外は延々魔法行使と気絶を繰り返していた。5日目はさすがに痛みも軽くなったので、リハビリがてら外に買い物に行った。その際店内で品物を前にブツブツと独り言を言いながらニヤついていた――今度は何を企んでいるのか……ゴブリンさんが哀れで仕方がない。

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