第5話--おっさんハイパー化する

 現在おっさんは5階層にて無双中である……コショウ投げまくりという事でもある。

 3階は素手ゴブリン、4階は棍棒や剣を持つ武器ゴブリン、5階はに2〜3体が纏まっているパーティーゴブリンだ。

 既に現実では明け方になろうというのに、おっさんは一睡もせずにコショウを振り撒き続けている。無双出来てテンション上がりまくって――というだけではないようだ。「緑のくせに」「唐揚げの恨み」「チーレムの夢を返せ」「くっ殺どこいった」等々、おっさんはいつまで唐揚げを引き摺っているのか、チーレムとかまず鏡見てから言えと言いたいところだ。5階に到っては「ゴブリンの癖に……癖に!パーティー組みやがって!」と咆哮とも言える叫びをあげていた、時折目の端には光るものがあったとかなかったとか。まぁ要するに1人で勝手にブチ切れて八つ当たりと逆恨みをしていた。これにはきっとゴブリンさんも涙目である、コショウと合わせてのダブルパンチだ。

 無双しだした――いや、暴走しだした当初は魔晶石以外のアイテムが落ちる度に喜んでいた、喜んではいたがそれが何かはわからない。故に数を重ねる毎に無言でアイテムボックスに放り込むという作業と化していた。


「遂に来た……遂にボスだ」


 目の前にあるのは所々に錆が浮か赤黒い扉だった。毎回階段前に居たのもボスだったのだが、おっさんはこちらの方が好みだったらしい。


 ギギギキッ


 音をたてながら開け入ったそこに居たのは、ここまで見てきたものよりも一回り大きな体躯をしたモノと部下らしき周りを固めているゴブリン2体だった。


「ふふふふふふざけやがって!コロス!」


 おっさんはブチ切れた。

 今までもブチ切れて暴走して八つ当たりしてきたが、更にブチ切れていた。

 なぜか……それは脇を固める2体の部下らしきゴブリンが関係している。その身体は胸部が大きく膨らんでいた――つまりメスだったのだ。しかも真ん中のゴブリンの腕は2体の腰へと回されていた。そう、おっさんが夢見たハーレムパーティーだったのである。


「グギャッギャッギャッ」「グギャッギャ」「グギャー」

「あいつ1人じゃね?男一人だって!ダサーイだと……俺を笑いやがって!」


 ゴブリン語を勝手に被害妄想全開で訳し、入った場所すぐで地団駄を踏むおっさん。後ろで扉が自動的に閉まった事など気付きもしていなかった――それほどまでに血走った目でゴブリンボスを見つめていた。


「やるよ、やってやる!ゴブゴブの〜ガドリング!」


 麦わら帽子を被っているわけでも、腕が伸びる訳でもない……他人より贅肉で皮だけは伸びているが。ガドリングというほど早くはないが、おっさんのコショウ袋全力投球だ。目標は何故か真ん中のボスだけである。非力な為にいくつかは途中でぽすんと音を立てて落ちたが、何とか顔にヒットもした。


「くくくくっ平伏せぇ!苦しめっ!泣いてフラれてしまえっ!」


 妬み全開だ、これでは週刊少年誌も全力拒否だろう。どうやらおっさんの若き日のトラウマを刺激していた――物心着いた時から今まで彼女などいた事はない。いつも一方的な片思い、告白した事は1度としてない。もちろんされた事などあるはずもない。大人になってからはプロの方にお願いしようかと何度も考えたりしていたが、基本的にヘタレで小心者の為に夢想するだけなので、未だ純潔を守り続けるおっさんなのだ。


「なっ!」


 高笑いするおっさんだったが、突然目を見開き驚いた。何故ならハーレムメンバーのゴブリンがおっさんに向かって来たのだ。


「な、なぜ助けないっ!そこに愛はないのかっ!」


 もしかしたら愛する相方を傷つけられて怒って襲ってきているのかもしれない事には気付かない――いや、そこには気づきたくない何かがあるのかもしれない。

 フラれろと言っているくせに、そこに愛を求めるおっさん。矛盾しまくりで夢を見すぎである。

 あくまでも侵入者を排除する為に配置されているモンスターなのだ、襲って来るのは当然だろう。


「お、女だからって容赦はしないっ!ゴブゴブのゴブーッ」


 もはや何を口走っているのか……

 そしてモンスターを女性として見だしたら、人として危険である――その事におっさんは気付くことはない。


 おっさんの危うげな女性への渇望はともかくとして、これまでの雑魚ゴブリンと同じく顔を抑えもがき苦しむ3匹。それを慣れた様子で突き刺し、突き刺し、切り刻んだ……切り刻んだ――どの個体を切り刻んだかはいうまでもないだろう。

 ドロップを拾い集めた所でヨタヨタと隅まで歩き腰を降ろしたおっさん。


「ふぶぅ……疲れたな」


 怒りと妬みのブーストはボス部屋で更にハイパー化していたが、殺し尽くしたことでスイッチが切れたようだ。

 おっさんは気付いてないがオールである。そろそろダンジョンに侵入して16時間経過するのだ、その上慣れない戦闘の連続なのだからここまで無事であった方が驚愕だろう。


「ダメだ……動けん……呪いか?」


 一方的なコショウによる蹂躙であったのに、呪いであるわけが無い。

 1度スイッチが切れてしまえば再度立ち上がるのは難しい。ただでさえおっさんは巨大な贅肉というハンデを背負っているのだ。若ければ気合いを入れれば何とかなっても、よる年波には更に勝てるはずもない。


「……ぁぁ……があれば……」


 おっさんが崩れ落ちるように呟いた瞬間だった、突然床にが光りだしおっさんを包み込み消えた。そこには何も誰も残っていなかった。



 ガガッ


「イタッ!……て、敵か……くっ重いっ」


 ガ・・ガタン


 力を振り絞り押しのけ剣を構えるおっさん、もちろん手にはコショウ袋。そしてすぐさま投げつけた。


 ぽすんっ


「えっ……ベッ……ド?……あれっ……部……屋?」


 敵だと思って剣を構え必殺技を繰り出した相手は、自ら置いたベッドだったのだ。

 そう、おっさんは転移してきたのだ。元々ボス部屋の隅には転移用魔法陣が床に描かれていたのだが、疲れもあってか気付かず偶然その上に座り込んでいた為、意識せず呟いた願いが叶ったのである。


「換金は後だ……取り敢えず眠りたい」


 もう限界なのだろう、ふらふらとベッドへと座り込み覚束無い手で武器防具を外し床へと落とす。


 バタンッ


「ギャッ……グゥ……ウゥゥッ」


 倒れ込むように寝落ちた先は自らの必殺技の上だった。その後ゴブリンに与えた苦しみを身をもってして存分に味わったのである。

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