第4話ーーおっさん涙する

 おっさんが安アパートに帰ってきたのは会社を出てから4時間を過ぎた頃だった。

 会社から自宅までは遅くとも30分、何故そんなに8倍もの時間を要したかといえばーー大量の弁当とコーラなどのドリンク類等々飲食系を、そして衣服を買っていたのだ。押し入れの中身はエロDVDなどだけではなかった、普段着から下着までのほとんどの物も消え去っていた為だ。残っていたのは干した物を取り込んで、仕舞うことを面倒くさがって部屋に放り込んだままにしていた物だけだったのである……


 身体は不摂生の塊の挙句、ダラしないなんて救いどころがないような気もするが、本人は運が良かったと信じていた。無駄にポジティブ……それがおっさんである。


 買ってきた物をそれぞれしまったり整理した後、すぐさま武器防具を身につけたおっさんはやる気に満ちていたーー否、調子に乗って買いすぎてお金を使いすぎて焦っていたのだ。


 慣れた様子で石畳へと歩みを進める、そして2階層への階段が見えたのだが、その前にはまたゴブリンが立っていた。


「このゴブリンは定位置なのか?っという事は階層ボスという立ち位置か」


 昨日とはまるで違い余裕の表情でゴブリンを見つめていた。

 おっさんは右手で抜きはなった剣を持ち、左手を徐に上へ挙げた直後振り下ろした。


「ゴブリンよ我の前で跪けぇっ!」


 なんということでしょう、おっさんの言葉通りゴブリンは膝を付いたのだーーなんて新たに得たおっさんのスキルでは無い。現にゴブリンは跪いたのではなく、顔を押え苦しんでいた……床には白く小さい布袋が1つ転がっていた。

 白い布袋、それはテーブルコショウを詰めたものであった……ゴブリンは顔に当てられ吸い込んでしまったのだった。

 武器防具は持ち込めないが、調味料は大丈夫だろうというおっさんのルールの盲点を突いた仕業が成功したのだ。


「くくくく平伏したか、我に正義あり!」


 正義どころか卑怯と言えなくもない、ゴブリンからしてみたらふざけるなと怒りたいところだろう。


「苦しかろう、息も出来ぬであろう!我がオーラに圧倒されておるな」


 オーラなわけではないが、苦しんでいるのは確かだった。コショウを鼻口辺りで吸ってしまうと、漫画やアニメのようにクシャミが出るのではなく、まずはひたすら苦しいのだ。おっさんは身を持って知っていた、小学生の頃に漫画を見てどんなものかと自らを犠牲にして実験したのだーー決して試し合う友達がいなかったわけではない、崇高なる実験に身を投じたのだと科学者気分だった。


 ゴブリンの横を慎重に忍び足で大きく後ろへと回り込んだおっさん。相変わらず言動とは裏腹にビビりまくっていた。前回腕が痛かった事を踏まえ、両手でしっかりと剣を持ち背中へと突き刺した……突き刺した突き刺した。

 やがてゴブリンは光へと変わり魔晶石と鈍い銀の指輪を1つを残し消えた。


「初ドロップアイテムキター」


 初ドロップアイテムは本来昨日のゴブリンの魔晶石なのだが、おっさん的には違ったらしい。


「指輪はわかるが、なんの効果を持ってるんだ?さすがに1階層で即死とか呪いのアイテムとは考えにくいけど……あっそうか」


 魔晶石と指輪を徐にアイテムボックスに放り込んだ後、すぐさまアイテムボックスを呼び出した。


「くっ、これで名前がわかるかと思ったのに<指輪>としか表示されていない」


 そんなに都合よくはいかなかったようだ。おっさんは諦めた表情でアイテムボックスを閉じ2階層へと歩き出した。しっかりと白い袋を拾い、手元で量を確認するのは忘れない。


 2階層ではスライム相手に再び無双である。その際「ウキャー」とか「ヒヒヒ」など人ならざる声をあげていた。若干スライムが逃げ気味だったのは、殺される恐怖なのかそれとも……


 またも迷いつつスライムを光に変え約4時間後、3階層への階段と仁王立のゴブリンを発見した。


 そして1階層の時と同じ手法で光へと変えた……忍び足で大きく後ろに回るのも変わらないおっさんだった。慎重?いや、ただのヘタレである。


「明日会社へ行かなくていいとは素晴らしい……今日は気分もいいので更なる伝説を築きに行こうか」


 おっさんは時間経過を知らない、ダンジョン内では電波が届かないのだ。テンション高く無双していた為に、自らの疲れにも気付いていなかった。


「よく歩いた為か腹が減ったな……まぁ今日は買ってきた弁当があるーーアイテムボックスゥゥ」


 買い物時はもちろんの事だが、今日はもうダンジョン内でもアイテムボックスなど言ってもなかったのだが、温かいままの弁当がある事がよほど嬉しいのか叫んでいた。誰に見られるわけでもないのに、独りドヤ顔をしていたおっさんである。


「いただきまーす」


 いそいそと唐揚げ弁当大盛りを取り出し、満面の笑みを浮かべ割り箸を2つに分けたその時だった。


「グキャッ?」


 階段下からゴブリンがおっさんを見つめていた。

 モンスターの巣窟であるダンジョン内で叫べば、こうなる事は予想できそうなものであるが、残念な事におっさんは考えてもいなかった。


 直ぐにでも相対するーー戦闘準備をしなければならないはずなのだが、何故かおっさんは一応ゴブリンに目を遣りつつも唐揚げに箸をのばしていた。

 階段には登ってこないと、おっさんは何故か信じていた。それは以前に読んだライトノベルからだったーーフィクションのような出来事がその身に起こった為に、それもあると信じてしまっていたのだ。


「グギャッギャッギャー」

「えっ?……ああっ!」


 まさかの事態であった、ゴブリンが2段ほど登ったのだ。

 驚いたおっさん、掴んでいた唐揚げを落としてしまい思わず声を挙げた。

 ゴブリンを見ると、転げ落ちる唐揚げに目を奪われているようだった。そしてそっと摘み匂いを嗅ぎ口にいれたゴブリン。


「よ、よくも俺の唐揚げを!!」


 弁当をそっと丁寧にーーまるでこれ以上唐揚げを失わないように近くに置いたおっさん。怒りの表情でコショウ袋を投げつけ、すぐさま剣を振りかざし、未だ夢中で咀嚼するゴブリンの頭へと振り下ろした。怒りでのブーストか、それとも剣の扱いが上達したのかーーゴブリンは真っ二つとなり光へと変わり魔晶石へと姿を変えた。

 初めての絶体絶命のピンチを乗り切ったおっさん、最大の功労者はゴブリンに美味しく頂かれた唐揚げであるのはいうまでもない。


「はぁはぁっ」


 肩で息をしつつ3階層へと降り立ち、辺りをしっかりと見渡した後、元いた場所へと上り座り込んだ。


「話が違う……まぁゴブリンなど俺の敵ではないがな」


 重ねて言おう、功労者は唐揚げである。あえておっさんの功労を考えるならーー唐揚げへの並々ならぬ執着心位である。そもそもこの事態を招いたのはおっさんである。


 また現れても困ると、一気に弁当を飲むように掻き込んだ。


「ふぅ、やはり食事や休憩には見張りをするパーティーメンバーが必要だな」


 自らの安全を考え、夢を見る。


「俺が勇者だから……ヒーラーに剣士、シーフに魔法使いか」


 あくまでもおっさんは勇者らしい。


「まずはヒーラーか……ふむ、そう言えば新木さんとか似合いそ……んっ?」


 退社時に追いかけてきてくれた新入社員の女性の事を思い出し、勝手に戦闘スタイルとメンバー加入を考えたところでおっさんは固まった。


「あれっ?……もしかして……あぁぁ」


 おっさんは気づいてしまった。

 <ダンジョンの事を口外できない>というルールを。即ち口外できないという事はパーティーメンバーに誘う事など出来ないという事に。


 その時おっさんの頬には一筋の涙が零れ落ちた。

 奇しくもそれは、初めてのアクアボールと同量だった。

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