43 抑圧

 抑圧の最も恐ろしく、その完全たる所以は「抑圧そのものの忘却…無意識下への沈下…」である。

 我々はあらゆることを忘れる。日常の些事から重要な事柄まで、ありとあらゆることを忘却して生きている。

 疑え。そして問い続けよ。何故忘れたか。何故覚えていないのか。何故思い出せないのか。何故、忘れたことすら忘れているのかを。

 己の無意識に反逆の狼煙をあげ、戦端を開くことから智慧と理性の闘争は始まる。

 沈殿物を拾い上げ、汚れたそれを眺め、分析せよ。理性の光で照らしだし、智慧の風を吹きかけよ。汚泥に覆われた彫刻は、果たして美か醜かわからずとも、己自身の重要な象徴に他ならない。

 我々人間が生きるには、己を考えねばならない。我々は我々の一割も知らない。我々は我々が思うほど知的でもければ、無知でもない。善でもなければ、惡でもない。自己認識を疑い続け、常に問いかけ、分析し、一見無意味に思えるその課題に向き合い続けた先に何が待つか?それは愚問である。

 幸福に至る手段でもなければ、ただ俗世の塵労から逃れるための手段でもない。俗世的幸福を手に入れたいならば、「忘却を忘却」すればよい。パンドラの箱を開けずとも、人は生きていくことができる。その中身は俗世に生きる上で必ずしも必要なものではないだろう。

 しかし、自己問答の末に得るものがないと断ずるのは愚である。少なくとも、智慧と理性に生きるならば、完全なる愚であり、惡である。永遠に続く、無限の回廊を巡り続ける問答の末に、必ずや得るものがあると私は信じている。

 すなわち、ただの社会的生物の歯車たる人としての死と、人間としての真の生の魂を照らす松明は、その先にのみある、と。

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