25 カウンセリング
私は、ある事情から一年ほどカウンセリングを続けている。当章は、その中の私にとって最も特別だった一日の記録である。
さて、まずは主治医について触れておこう。主治医は女性で、年齢はおそらく二十代後半から三十代前半といったところだろう。転移という色眼鏡を抜きに考えても、細身で美しい人だ。そして何より、私はカウンセラーとしてのその知識と、柔らかくも治療者としての立場を決して失わない人間性に、絶大な信頼を置いている。
その日、私は人間関係の話から、その終末…詳しく言えばその終末への一種の予感…についての話をしていた。
「私は、いずれ全ての人間関係や何がしかの関係性を切り捨てて、孤独の果てにただ独りで死ぬのかもしれません」
これは私が昔から抱えていた、ある予言めいた予感だった。それを他者に話すのは、この日が初めての試みだった。この予感は、当章を執筆している今でも、何ら変わるところはない。
「それは、寂しいです」
「……寂しい、ですか」
「ええ、すごく」
寂しい。寂しいと彼女は言った。最初は理解ができなかった。あまりにも私にとって想定外な返答だった。だが、彼女が『寂しい』と言ってくれたこと…悲しいでも、辛いでも、戒めでも、否定の言葉でもなく…ただ『寂しい』と言ってくれたことに、私は心の底から動揺と感動を覚えた。その一言で、私はこの人に全てを話そうと思った。そして、私の、いつどこで飛び去るか自分でさえわからない放埓な命を預けようとさえ、思った。
その日のカウンセリングの最後に、私は一つだけ約束を取り付けた。それは勇気の必要な申し出だった。
「もし、私が死のうとしたら、止めて下さい」
簡潔な願いだった。そして私の中では相反する願いの、片方だった。
「必ず。約束します。その時は、絶対にこの部屋から帰しません。ですから、とにかくここに来てください。来てくれさえすれば、例え何があっても、帰しませんから」
「…そうですね。どうしようもなく死にたくなっても、先生の綺麗な顔を最後に見に来ることにします」
「もう、それでもいいのでとにかくその時は来てください。…来週も月曜に来てくれますか?」
「ええ、勿論」
苦笑しながら、そこに若干の女性らしい恥じらいを漂わせながら、彼女はカウンセリングを締めくくった。
その日から私には、現世に私自身を縛り付ける頑強な鎖が、一つ増えた。
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