24 行軍

「時は過ぎるぞ。それは有限だ。さあ歩け。脇目も振らず、真っ直ぐ歩け。希望は歩んだ先にあらん。絶望などする暇はない。時は過ぎるぞ。さあ、歩け。脇目も振らず、真っ直ぐ歩け」

 教官の、優しくも厳しい言葉が荒野に響いている。照りつける太陽と、灼熱の大地は、我々の歩行を阻害してやまない。私は、足の疲労か、気力の疲弊か、行軍から離れ、ただ独り立ち止まる。

「歩け、歩け、歩け、歩け。歩け……」

 教官の声と、数多の足音が遠ざかっていく。蜃気楼に霞み、やがてそれは亡霊のように、あるいは憧憬のように、消えてゆく。私はただ、それを眺めている。

 私は立ち止まった灼熱の砂の上の、痛んだ右足をそろりと上げる。その下には、私に踏み殺された名前も知らぬ虫の死骸が転がっている。その他には、ただ砂に刻まれた自身の、不恰好な足跡があるばかりである。

 私は左方を眺める。蜃気楼の果て、高さも知れぬ山々の連なりが、朧げに見える。それは私からは、蟻の一匹ほどの大きさにしか捉えることができない。

 私は右方を眺める。そこには何もない荒野が、ただ広がっている。植物の一つさえない。はるか遠方に、微かに人影が一つ見えたような気がした。それは現実か、あるいは、私の精神衰弱による幻覚であるのかもしれなかった。

 灼熱に、喉が渇きをしきりに訴える。どこを見渡しても、泉はない。私は途方に暮れながら考える。振り返り、砂に埋もれつつある無数の足跡を眺めながら、その道中を思い返して懐古に浸ってみたりもする。しかし、その懐古に中身はない。ただ歩いた、そればかりである。

 私は考える。立ち止まったまま、私の心を、この何もない荒野にただ独り残された私の現状を、希望とも絶望ともなく、ただ考える。

 左方の山々に辿り着くことができようか。右方に進めば、あるいはあの人影と対話することができようか。消えかけた足跡を辿り辿り、来た道を戻れば、後続の何者かに出会うことができようか。独りで歩けば、道に迷うのではあるまいか。今からでも、急げば行軍に追いつけるのではあるまいか…。

 私は考える。考える。考える。考える。考える。考える…

 やがて宵闇は迫り出した。灼熱は次第に冷気へと姿を変化させ始めた。歩かねば、ここで朽果てるのではなかろうか。寒さに凍えるのではなかろうか。せめて横に友の一人もあれば、その体温でお互い寒い夜を越えることもできようか。


 私は、立ち止まったまま考える。考える。考える。考える、ただ考える。考える…

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