12 煙草と珈琲
煙草と珈琲は、私の生涯にとって重要なものになっていた。煙草を覚えるのは、おそらく他人よりも遅かった私だが、『煙草』の中に、私は様々な意味を見出した。それは死であり、救済であり、そして宿命でもあった。また、父であり、祖父であり、母から疎まれるものでもあった。その意味では、私にとって『煙草』は、どこかそれそのものというよりも、私の運命について回る死神のようなものであったのかもしれない。
冬の夜空は澄み切り、煌々と星々が己の存在を主張している。寒さを運ぶ夜風は、同時に口元に点る煙草の火を適度に冷却して、その香りをより芳しいものにする。右手に持つ温かいカップの中では、安物の珈琲が湯気を立てて、寒空の下に唯一反抗的な自らの熱情を曝している。
珈琲の苦味を感じながら、マルボロの煙を口に含み、ゆったりと夜空に解き放つ。その単純な行為が、なんと私にとって幸福なことか。そして冬空の下、孤独の内に完結する刹那のこの幸福の、なんと私にとって尊いことか。
この刹那の、自らの健康以外を犠牲にしない、あまりにも尊い幸福に勝る『健康な数年』など、果たして私の生涯に存在しえるだろうか?
近所の煙草屋で五百円と少しで手に取れる私の死神であり、救済者であり、依存対象でもある左手の煙は、今もなお静かに、それを私に問いかけ続けている。
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