第5章 おとぎ話の向こう側

 ドリスとユーフェミアが銀翼の間にて、従姉妹姫たちの陰謀に巻き込まれている頃。

「もしも、ユフィの呪いが、一生解けないとしたら……どうする?」

 執務室と続き間になっている休憩室で、セレストはおもむろに問いかけた。

 午後の白い光が射し込む中、テーブルを挟んで向かい側に座るパーシバルは、大好物のチーズタルトにフォークを入れる手を止めた。切れ長の琥珀色の目をきょとんと見開くと、十九という年齢よりもあどけなく見える。

「……悪い。今のは聞かなかったことにしてくれ」

 早口で言うと、セレストはぬるくなった紅茶を一息で飲み干そうとして、むせた。

 さすがに、一生というのは飛躍しすぎだと反省する。せめて、五年か十年と言うべきだった。

「婚礼の儀は……夜にしたほうがいいよね?」

 居ずまいを正して再びカップを手にしたところで、まるで見当違いな問いを投げかけられ、セレストはつい「は?」と、間の抜けた声をあげてしまった。

「ユフィはきっと、式ではきちんとしたドレスが着たいんじゃないかと思うんだ。それなら、猫になっちゃう昼間よりも夜のほうがいいだろ?」

 パーシバルはいやに生真面目な顔で言うと、切り分けたタルトを口に運び、何かをたしかめるようにうなずきながら咀嚼した。

「うん、おいしい」

「いや、そうじゃないだろ」

「セレスト、チーズタルト嫌いだっけ? 食べないなら僕が」

「呪われてるんだぞ?」

 そうだ、ユーフェミアは呪われている。あらためて口にすると、その重みが肩にのしかかってくるように思えた。

「うん、そうだね」

 それで? と問いかけられ、セレストは言葉に詰まった。

 王族に呪いはご法度だ。アンブラー公爵家は、直系ではないとはいえ王家の血を色濃く受け継いでいる。パーシバル本人が受け入れても、彼の両親は今回の婚約を白紙に戻したがるだろう。婚約を解消したら、ユーフェミアはおそらく、王都から遠く離れたどこかの城館に人知れず幽閉される。

「ねえ、セレスト。誓いの言葉、唱えてみて」

「え?」

「婚礼の儀で神父様が唱えるやつ」

 小柄なセレストよりもずっと長い脚を優雅に組み替え、パーシバルはねだるように目を細めた。この、妙に色っぽい仕草が無意識だからタチが悪い。彼の色香に惑わされ、叶わぬ恋に落ちてしまった淑女が宮廷内にどれだけいることか。

「……汝、パーシバル・アンブラーは、花嫁、ユーフェミア・リネット・ベイリオルを妻とし、穏やかなる時も苦しき時も、いかなる災いが降りかかろうとも、生涯……」

「そう、そこ」

 まだ唱え終わらないうちに、パーシバルが短く言った。

「豪雪や時化しけと同じだよ、呪いなんてさ。ユフィが悪いわけじゃない。もちろん、ドリスもね」

 呪いは天災と同列なのだと、パーシバルは朗らかな笑顔で言い切った。

「いかなる災いが降りかかろうとも、僕は生涯、ユフィを愛することを誓うよ」

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