幕間
セレストの回想
『村に帰るって、どういうことだよ!?』
いつも遊び場にしているバラ園で、セレストはドリスを問い詰めた。蜂蜜色の可愛らしいドレスに身を包んだ彼女は、無表情でセレストを見上げた。きょとんと大きな藍色の瞳は、まるでインクで塗りつぶされたように光を失っていた。
『わたしがここにいたら、きけんだから。かえらないといけないの』
淡々と発せられる声からはまるで感情が読み取れない。セレストは、胸の奥がざわめくのを押し隠すように奥歯を軋ませた。
『おとうさまがいったの。もう、セレストさまにはあえないって』
王宮に突如として現れた沈黙の魔女リプリィの呪いにより、ドリスは魔力を封じられた。
彼女は一生、自在に魔法が使えないどころか、人としての感情をあらわにすることも許されないのだと、侍従や女官たちの噂話で聞き知っていた。
もしも、自分がもう少し大きかったら。
魔法使いとしての将来を断たれ、途方に暮れているドリスを気遣うことができたかもしれない。ドリスが懸命に自分の感情を抑制しようとしていることに、気づいてあげられたかもしれない。
けれど、わずか八歳のセレストには相手を思いやる余裕がなかった。自分の感情に流されるままに、ドリスのいじらしいまでの努力を踏みにじる言葉を口にしてしまった。
『こっちだって、お前がいなくなったらせいせいするよ。そんな幽霊みたいな顔でうろつかれたら気味が悪いもんな。それに、魔法が使えないお前なんてただのグズなチビだ。未来の魔法師団幹部が聞いて呆れるぜ』
ドリスがいなくなったら寂しい。
彼女に何もしてあげられない自分が悔しい。
前みたいに、笑ってほしい。
大切な気持ちを何一つ伝えられないまま、セレストは一方的にドリスを傷つけた。
『もう誰も、お前なんかに見向きもしないさ。村でも山でも、好きなところにさっさと帰れよ! お前なんか顔も見たくない!!』
『わ、わたしだって……』
平坦だったドリスの声が、涙を含んだものに変わった。
『わたしだって、セレストさまなんかだいきらい! セレストさまなんか……っ』
色白の頬を熟れたリンゴのように赤く染めて、ドリスは泣きながら叫んだ。
『きえちゃえ!!』
セレストが息を詰める間もなく、無数の鋭利なものが全身を斬りつけた。
目の前で舞い散る真紅の花びらは、庭園を彩るバラではなく、自分の血飛沫だった。数歩先に控えていた護衛も、こちらへ駆け寄る前に悲鳴をあげて倒れ伏した。
見えない凶刃と化した風に斬り裂かれたのだと気づいた時には、セレストの手足は炎に包まれていた。橙色の蛇のような炎が、細い四肢をなめるように炙っていく。
驚きと恐怖のあまり、声も出なかった。
魔力を察知して駆けつけた宮廷魔法使いの処置が迅速だったおかげで、セレストは一命を取りとめ、護衛たちは軽傷で済んだ。
初めて魔力を暴発させたショックからか、ドリスはこの時の記憶を一部失った。
そして、治療中のセレストとの面会を許されないまま王宮を去った。
十年経った今も、ドリスはセレストが命を落としかけたことを知らない。
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