第69話 願う強さ
俺の力というのは、決して独りでは機能しないものだった。知らず知らずのうちに、周りの誰かに機能するようなものだった。それを知った時、どう思ったか?
……別に何も。それこそが俺をこのような境遇に貶めたのかと思うと、少しイラつく。けど同時に、俺の今まではきっと無駄ではなかったのだろうとも思うようなものだった。俺がいたから、皆は強くなれた。そう考えると少しだけ優越感に浸れる。
だから……こんな力は、いらなかったんだ。俺はただ、彼女と生きていたかっただけなのに。皆と過ごしていたかっただけなのに。
俺はその辺に落ちていた手頃な木材を拾い上げると、半ば八つ当たりのように廃墟となった壁に投げつけた。木材は人の手で投げられたのだと思えない程のスピードで飛んでいき、壁にぶつかると四散するように壊れていった。
……こんな魔術で何が出来る。俺が欲しかったのは、誰かを守るための力だ。何かを殺すための力なんて、欲しくなかったのに。
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夢から覚めると、不思議そうに俺を見ている先輩と目が合った。何か身の危険を感じる。俺は咄嗟に先輩から距離をとると、先輩は悲しそうに顔を歪めた。
「いや何もそんなに嫌がらなくても……」
「起きてすぐそこに野郎の顔があれば驚きます」
「魘されてたから様子を見に来てやったってのに」
どうやら魘されていたらしい。いやあんな夢見たら流石に魘されるだろ。ナイアとか言ったあの女性、見てるだけで心臓が痛くなるのだから。下手な悪夢より酷い。それはそうと……一応先輩には伝えておこうか。
「先輩、俺魔術師になりました」
「童貞こじらせちゃったか……」
「魔法使いじゃないです。それに俺まだ30才過ぎてないです」
先輩に夢で起きたことを説明した。VR室で実際に実演もしてみた。どうやら俺の夢は夢のようでいて、そうではなかったらしい。確かに俺は魔術を使うことが出来た。まだ一種類しか使えないけど。
そのことを理解した先輩は、驚きつつも俺に忠告してきた。
「氷兎、確かにお前の戦闘バリエーションが増えたのは嬉しい。厨二病感満載な魔術というのが手に入ってどこか嬉しさを感じているのもわかる。けど……あまり多用するな。隼斗みたいに発狂してほしくない。ただでさえ、お前は色々と抱え込みやすい性格なんだから」
心底心配そうに、彼は俺に言ってきた。俺も重々承知しているつもりだ。使用せざるを得ない状況にならない限り使う気は無いし、そんなに多用しようとも思えない。我が身がかわいいのは、俺とて同じだ。
「わかってますよ。そんなやたらめったに使う気は無いです」
「それならいい。もっとも、そんな状況にさせないようにしなきゃいけねんだけどな」
そう言って彼は俺の頭にポンッと置いてから、部屋から出ていってしまった。俺のことを数個年下の幼女とでも思っているのだろうか。男が男に頭ポンッてしたって効果はない。
……先輩はホモ化が進んできたようだ。心の中で先輩と少しだけ距離を離そうと決意し、俺もまた先輩に続くように部屋から出ていった。
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魔術が使えるようになったとはいえ、それは緊急事態の時のみ使う予定だ。それと共に身体能力も向上したが、未だに俺の戦い方というのは甘い部分が多い。西条さんに言われた通り、俺の戦い方というのは棒術なのだ。決して槍術ではない。
それでも強くならなくてはならない。決して一人で戦う為の強さではなく、誰かをカバー出来る、継続して戦い続けられる負けない強さを俺は手に入れたい。何かを殺す強さなんてものは、こっちから願い下げだ。
「……それで、わざわざ俺のところまで来たということか」
VR室を出てすぐの場所にある休憩スペースで、俺は西条さんと面を向き合って話していた。彼に自分と手合わせをしてほしいと頼み込んだ時、それはもう睨み殺せるのではないかと思う程の眼光を向けられた。
だが俺の考えを聞いた彼は、睨みつけるのはやめなかったがその顔を少しだけ緩ませたのだ。
「……口に出したくもないが、俺と貴様らは一時的な共闘関係にある。射撃ができる相方もいることだ。それに俺という近接特化もいる。貴様の考えは妥当と言ったところだ」
「……西条さんの言った強さは、俺には必要ないです。いや、こんな世界ですし、いずれ必要になるかもしれない。けど今じゃないです。それに、そんな状況にしたくはない。だから俺は、何かを殺す強さではなく、何かを護る強さが欲しいんです」
「それがどれほど難しいのか理解しているのか? 一般的に、攻撃から身を守る為に必要な力は、相手の三倍は必要だと言われている。貴様はより困難な道を歩むと宣言しているのだ」
「……理解した上で、俺は貴方にこうして頼み込んでいます」
俺は彼に対して頭を下げた。西条さんは顎に手を当てて考える素振りをしながら、しばらく黙り込んでいた。休憩スペースの中が静寂で満たされ、彼特有の斬りつけるような雰囲気だけが俺の身を包んでいる。
数分か、いや一分も経っていないかもしれない。時間の流れがわからないくらいの緊張を身に受けていた俺の耳に、彼の小さなため息が聞こえてきた。顔を上げて彼の顔を見てみると、相変わらずの仏頂面が俺を見据えていた。
「……いいだろう。貴様と戦ってやる。ただし、これは殺し合いでも手合わせでもなく、特訓だ。貴様の戦闘スタイルも何もかもを変えるつもりでやってやる。槍だけじゃない。貴様はどの武器も使えるという結果が出ているからな。様々な武器種の戦い方を叩き込んでやる。やがて貴様が槍以外を扱う時が来るかもしれんからな」
「……ありがとうございます。けれど、槍以外もですか」
「当たり前だ。貴様は才能がない。ある一定以上の成果を出せないという稀にいるタイプの人種だ。だが、どんな武器に得意も不得意もないというのはある意味才能でもある。武器についてわかっていれば、その武器を使う相手と戦う時にどういった動きをするのかがわかる。時に別の武器の扱い方が、今持つ武器の新たな戦法になる可能性もある。その才を活かせないのならば、貴様は凡人以下だ」
棘のある言葉が突き刺さる。けれど……彼は俺の武器の得意不得意のなさを、才能と言ってくれた。何も極めることの出来ない、一定レベルで止まってしまうような俺のことを、彼なりに育ててくれると言った。
きっと、彼以外の人はこんなことをしてくれないだろう。俺はこれから待ち受ける困難な訓練に身を震わせながらも、確固たる決意を表すかのように、頷いて彼の瞳を見据えた。
「……良い眼をするようになった。俺を呆れさせるなよ。先にVR室に行っておけ。ただし……覚悟はしろ。死ぬ気でやらねば、俺の刀は貴様の首を即座に斬り落とすぞ」
……ちょっとやりたくなくなってきた。けどもう後戻りはできない。俺は震える足に喝を入れながら、VR室へと向かっていった。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
月明かりが差し込む廃ビルを模した仮想空間。そこでは鉄と鉄がぶつかり合うような甲高い音が何度も響いていた。
眼鏡をかけた男、西条の振るう刀は全ての物を斬り裂いていく。氷兎が頭を下げて横薙ぎの一閃を躱すと、その背後にあった柱に横一直線の切れ込みが入った。
『斬人』の起源を持っている西条の一撃は、斬れぬものなどないと言わんばかりに周りのものを斬りつけていく。しかし氷兎もそこで回避するばかりではなかった。
「………ッ!!」
気合を込めた一撃。槍で下からかち上げるように放たれた一撃は、しかし西条の刀の腹で流すように受け流され、そのまま攻撃後の硬直を狙われて氷兎の首元に刀が突きつけられた。
「力を込め過ぎだ。槍の間合いよりも中に入られたのなら距離を取ることを意識しろ。剣の間合いで戦おうとすれば、簡単にいなされるぞ!!」
「ぐぅッ……!!」
罰だとでも言いたげに、西条の蹴りが氷兎の身体に叩き込まれる。とても人に対して放っていいものでは無い威力だ。現に氷兎はその場から少しだけ後ろに飛んでいったのだから。
腹を抑えて咳き込む氷兎を見ても、西条は顔色ひとつ変えなかった。刀を地面と平行に構え、刀の刃を上向きにする。西条の独特な構えだ。
「さぁ立てッ!! まだ終わってないぞ!!」
「ぐッ、クッソッ……」
痛みを無視するかのように氷兎は立ち上がり、素早くその場から後方にバックステップで下がる。ある程度の距離を保たなければ、西条の突きに対処できないからだ。
まだ氷兎がやる気を失っていないことを確認した西条は、口端をニヤリと歪めると、より深く身体を落として今にも斬りかかりそうな雰囲気を身に纏い始めた。氷兎の頬を一筋の汗が流れていき、他に物音のしないこの空間の静けさが彼の心を嫌にざわつかせていた。
「さぁ、槍を使え!! 貴様が持っているのは物干し竿ではないのだからなッ!!」
西条が凄まじい勢いでその場から跳ぶように近づいていく。氷兎はそれに対して槍の持ち方を少し前めに変えると、槍の側面ではなく先端部分を当てるように払った。
刀は弾かれてもすぐに振り払いがくる。それもまた槍の先端でいなす。素早い連撃が氷兎を襲いかかるが、それを必死に防いだ。持ち手を前めにしたおかげで取り回しが更に早くなり、側面ではなく先端で対処するようにしたおかげか、西条の連撃をなんとか防ぎきれている。
「それだ!! それこそが槍だ!! 振り払うだけの棒術ではない、突き穿ち、切り裂くのが槍本来の戦法だッ!!」
西条の連撃は止まるどころか徐々に速さが増していった。
氷兎の焦りが酷くなっていく。心の中では、速すぎてもう抑えるのは無理だと理解していた。それでもこの状況をなんとか打破しなければならない。しかし防ぐだけが精一杯、攻撃に転じることなんて無理だった。
「ハァッ!!」
西条の今までよりも更に速く強烈な一撃が、氷兎の槍の側面を叩きつける。両手だというのに、その勢いは抑えきれず、余っていた槍の後部が氷兎の腹に叩き込まれてしまった。あまりの痛みに、氷兎の手から槍がこぼれ落ちる。当たりどころが悪すぎたのか、手にはもう力が入らなかった。
「ッ───!!」
西条の腕が引かれるのを見た氷兎は、次に突きが飛んでくることを予測できた。しかし槍を取ろうにも時間はなく、また拳には力が入らない。避けることは出来ても、その次の一手で首を斬られる。
……打つ手がない。氷兎は次の一撃を避けてからの行動が何も思いつかなかった。
「これで終わりだッ!!」
突きがくる。それをなんとか身体をよじることで回避出来たが、もう既に西条の身体は次の攻撃姿勢に入ろうとしている。次の攻撃は避けられない。
「ッ、《邪魔だッ!!》」
氷兎の悪あがきの拳が、薙ぐ形で刀の腹を叩きつけた。
───瞬間、西条の刀が勢いよく弾かれて遠くにあった壁に突き刺さった。
一瞬何が起きたのかを理解出来ていなかった西条だったが、事前に色々と聞いていたこともあって、すぐにその現象を理解した。むしろ氷兎の方がその現象を理解出来ていなかったりする。次来るはずの攻撃が来ない事を理解すると、氷兎はその場に尻もちをつくように座り込んだ。
「……なるほど、これが魔術か。代償がどれほどかもわからんが……訓練ごときに使うな」
「いや、今のはホント無意識に近くて……」
「チッ、それだとタチが悪いな……。まぁいい、今日はここまでだ。これ以上やって貴様の魔術を使った事の弊害が出ても面倒だからな」
舌打ちをした西条は、VRトレーニングを終了させる通知を入れると、途端にキューブのようなものになってその場から消えていった。
一人残された氷兎は、今さっき魔術を行使した自分の拳を見ながら、ボソリと呟くように言った。
「……魔術、か。使いこなせるようにならなきゃいけないのに、そう簡単に使えないってのは本当……使いにくいよなぁ」
仮想空間に浮かぶ偽物の月を見上げながら、この力をくれたナイアに向かって彼は愚痴を零した。
もうちょっと便利な力、くれても良かったんじゃないですかねと。そう考えた彼は、自分で自分を嘲笑った。貰えないよりはマシだ。貰ったのにケチをつけるもんじゃないな、と。
───せっかくのプレゼントなんだ。もう少し喜んで欲しいな。
ナイアの
To be continued……
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