第70話 幼馴染の気持ち

 朝早くに西条さんとの特訓を終えて部屋に戻ってくると、部屋の中では先輩が何やら様々な工具を取り出して作業をしようとしている真っ最中だった。部屋に戻ってきた俺に気がついた先輩は、手でちょいちょいっと動かしてこっちに来いと伝えてきた。


「こんな朝っぱらから何やってるんですか」


「いや、ちょっとな……そういや、今日はお前暇か?」


「いえ、この後は菜沙を連れて家の掃除をしに行こうかと。それと墓参りですかね」


 月に何度も行く程ではないが、俺は家に戻って掃除をしていた。もう帰りを待ってくれる人もいないが……それでも、あの家は俺の家だ。仕事が一段落して、やることもなくなったらあの家で静かに暮らそうと思う。実家の安心感は、やっぱりかけがえのないものだ。


 それと、秘密裏に処理されたとはいえ両親の墓はちゃんと買って建てた。墓が思いの外高かったことに驚いたが、それでも日頃の感謝も込めて中々高くて上質なものを買うことにした。それで、たまに墓参りをしに行って、軽く掃除をしておく。せめてもの親孝行だ。


 ……生きているうちに、もっと話しておくべきだった。後悔しても遅いが、やっぱり……両親に会いたくて堪らなくなることもあるのだ。


「そっか……。いや、ならいいんだ。ちょっと煩くなるかもしれないからな。部屋にいるなら出かけてもらおうと思ってたんだ」


「何をするんですか?」


「この前、西条が夜間の市街地で撃つなって言っただろ。俺はどうしても、デザートイーグルにだけはサプレッサーをつけたくねぇんだよ」


 先輩が手元でデザートイーグルを弄り始めた。先程磨き上げたのだろう、綺麗な銀色の銃は重々しくも頼りがいのある造形をしている。威力は高いが、反動もすごいし音もでかい。そう易々とは使えないだろう。


「氷兎はスライドロックシステムって知ってるか?」


「……いえ、知らないですね」


「銃ってのは弾を撃ち尽くすとスライドが下がりきってホールドされる。映画とか漫画だと、ホールドされない状態で描かれる。カチカチ音が鳴るだけで弾が出ないと、クソっ弾切れか……なんて言ってたりするが、まぁあれは銃の機構が一般人にはわからないからって理由でそうなってる。スライドが下がるのは、弾薬の排莢を確実に行うためだな」


「確かに、映画だと拳銃撃ち尽くしてもホールドされないんですよね」


 初めて銃を扱った時に弾切れの状態を見て驚いた。スライドが下がりきって、中にあったバレルが半分ほど見えていたからだ。先輩はデザートイーグルの弾が入ってないことを確認すると、スライドを動かして銃の機構を確認していた。


「んで、スライドロックシステムってのは……このスライドが下がることをさせないようにするってことだ。スライドが動くから、音は外に漏れる。つまり、こいつを固定することで音を小さくすることが出来るんだ」


「……それ弾詰まりジャム起こしません?」


「そうだな。弾詰まりジャムが起こりやすくなるが、それはまぁアレだ。俺の起源がなんとかするだろ」


「雑過ぎませんかね。もうサプレッサーつけましょうよ」


「氷兎、男には譲れないプライドってもんがある。俺にとってデザートイーグルとは、そういうもんなのさ……」


「そのプライド、今まさにバラバラに分解されようとしてるんですがね」


 細けぇこたぁいいんだよ、と先輩は言って作業を始めた。先輩の銃好きがまさかガンスミスとしての道を歩ませることになるとは思わなかった。俺は邪魔にならないように部屋から出よう。そう思って出ていこうとしたその時だ。先輩が俺のことを呼び止めてきた。


「おっと忘れるとこだった。氷兎、お前は自分の動きと銃の重さミスマッチしてないか?」


「……そうですか?」


「傍から見てるとな。槍持ってるせいで、お前の銃の撃ち方ってのは少し変だ。だから、俺がお前に扱いやすいように改造してやるよ。軽量化と、低反動化だな。威力はちっと落ちるけど、まぁ気にすることでもない」


「それならお願いします」


「はいよ。帰ってくる頃には終わってるだろうし、使って確かめるぞ。多分自分じゃ撃ってる時のことはわからないしな」


 先輩に俺の銃を入れた箱の鍵を預けてから、俺は菜沙が待っている場所へと向かっていった。今日はやることが多くて、中々大変な1日になりそうだ。





〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜





 部屋の掃除も終わり、墓参りも済ませた。もう帰ろうかと思っていたところで、菜沙が俺の街にあった高台に行きたいと言ってきた。別に拒否する理由もないので、俺は菜沙と二人でいつものように手を繋ぎながら高台へと向かうことにした。


「菜沙は、ちゃんと両親とかと話してきたか?」


「したよ。ひーくんのことも、たくさん話してきた」


 俺のことを見上げるように笑ってくる菜沙。知らないところで自分の話をされていたと聞いて、少し恥ずかしくなった。照れを隠すように、俺は菜沙の頭を少し荒く撫でる。


「……もうちょっと優しく撫でてよ」


「喜んでんじゃねぇか」


「喜んでないもん!」


 本人はムスッとしているつもりなのだろうが、顔はもう完全にニヤけていた。何度やられても耐性がつかないらしい。そんなに頭を撫でられるのは気持ちがいいのだろうか。そんな疑問に、菜沙は答えた。


「多分ね……私が女の子だからだと思うよ?」


「……どういう意味?」


「女の子は、好きな人とかと手を繋いだりするだけで落ち着くし、幸せな気分になれるの」


「ふーん」


「男の子は、その……女の子と、そういうことしたりとか……」


「恥ずかしがるくらいなら言わなくていいから」


 少し頬を染めて顔を逸らした菜沙を見て、少し笑いがこぼれた。前はこんなにも平和だったのに、今となっては……こういった時間が本当に大切なものだったんだなと気づかされた。何気ない日々として、吐き捨てるように過ごしていたあの時間。今では、勿体ないと思うようになった。そう思えるようになったのは、きっと少しでも成長出来たということなんだろう。


 そうして他愛もない話をしながら歩いていくと、やがて山の麓に辿り着いた。その山には少し出っ張っている部分があり、そこは街を見下ろせるくらい高い場所で、景色がとても良かった。ちょうど、高層ビルが立ち並んでいないような地帯だったからだ。


「あと少しだな」


「ここに来るのも、久しぶりかもね」


 土と木枠で作られた簡素な階段を登っていき、やがて開けた場所に辿り着いた。屋根のついた小さな休憩スペースと、落ちないように囲われた木の柵の近くに設置されているベンチ。その光景を見て懐かしさに襲われた。昔はよくここで菜沙と一緒に星を見たりしていたものだ。俺にとっても、菜沙にとってもここはお気に入りの場所だ。


「やっぱり、ここの景色って綺麗だね」


 菜沙が柵に両手をついて、街を見下ろした。俺も彼女の隣にまで歩いていき、その景色を目に焼き付けた。眼下に広がる街並みと、地平線の向こうへと消えていきそうな夕焼け。平和な世界だ。なんとなくその光景を残しておきたくて、俺は携帯を取り出して写真を撮ろうと思った。


「写真撮るの? なら、一緒に撮ろうよ」


「一緒に……?」


「ほら、もっとこっちに来て」


 菜沙に引っ張られて彼女と身体をくっつける。そして彼女が手で持っている携帯で自撮りをする形で、後ろの風景の写真を撮った。シャッター音が鳴り、二人で撮れた写真を見てみると……微笑んでいる菜沙と、無愛想な俺が映り込んでいた。それを見て菜沙は吹き出した。


「ふふっ、ひーくん無表情だ。もっと笑ってよ」


「急にやられたらそりゃ驚いて表情作れないって。むしろ俺の驚き顔が写って事故画になってないことを喜ぶべきだな」


「それはそれで欲しいかも。もう一枚撮ろっか?」


「いやいいって……もう十分だ」


 後ろを向いて、俺は柵に背中を預けた。両肘がちょうど柵に乗っかる高さだから、中々リラックス出来る姿勢だった。菜沙は俺の身体に自分の身体を押し付けるような形で楽な姿勢をとった。菜沙は軽いから、押されてもそこまで気にはならない。彼女を見下ろす形になって、その身体を見たが……やっぱり、その胸の起伏は主張をしていなかった。


「……ひーくん?」


「どうした」


「何考えてたか言ってみて」


「まな板について考えてた」


「……私そろそろ泣くよ?」


「まな板にしようぜ! かなりまな板だよコレ!」


 言ったら全力で腹を殴られた。容赦のない一撃に加えてみぞを的確に狙ったものだった。流石に耐えられなくて、俺はその場に腹を抑えて座り込んだ。俺の幼馴染は暴力を振るうことにためらいがないらしい……。


 本人は、バーカッて言ってそっぽを向いていた。どうやら怒らせてしまったようだ。


「……悪かった。流石に言い過ぎた。プッチンプリンのプッチンする部分くらいの起伏はあるから」


「………」


「あ、待って。流石に無言で首締めるのはッ───」


 菜沙の両手が俺の首を絞めつけてくる。その目は完全にやる気満々で、腕にも相当な力が込められていた。


 完全に怒らせてしまったようだ……仕方がない、甘んじて受け入れよう、と覚悟を決めた時に、彼女の首を絞めてくる力が弱まっていった。かと思えば、そのまま腕を首に回して、彼女は抱きついてきた。もう何がしたいのかわからない。


「……傷ついたから抱きしめて」


「仕方ねぇなぁ……」


 彼女の頭を抑えるように片手を回し、もう片手は彼女の腰あたりを抑えた。これだけ密着してようやく、彼女にも胸があるのだと実感出来る。流石にプッチンプリンのあの部分よりもあった。訂正しておこう。


 なんてことを考えていると、菜沙は俺の胸の部分に顔を押しつけてから、すぅっと深く息を吸い込んだ。そして吸った分を吐き切ると、えへへと笑い始めた。


「ひーくん……」


「お前は本当に昔っから変わらないな……」


「変わんないよ、ずっと。私の行動も、性格も……胸も」


 最後はボソリと呟くようにだったが、やっぱり胸の小ささはコンプレックスのようだ。別に小さくても構わないんだけどな……って言ったら、顔を上げて睨まれた。


「だって桜華ちゃんの胸の方が好きでしょ」


「いや胸に好きも好きじゃないもないと思うんだけど」


「嘘つけ絶対見てるもん」


「なんで見る必要なんかあるんですか」


 悔しいのか、回している腕をきつく締めつけるように力を強めてきた。いや、だって、ねぇ……? あんなに大きなものが視界の中で動いたら目が追ってしまうのも仕方の無いことだろう。だから俺は悪くない。


「……ねぇ、ひーくん」


「ん、どうした?」


 腕の中で寛いでいた菜沙が、顔を動かして街の景色を見ながら言ってきた。


「……仕事辞めてって言ったら、辞めてくれる?」


「……なんで今それを」


「だって、もうお金も貯まったでしょ。ならもう危険なことしなくていいよ。このままゆっくりと暮らそう? そうだ、どこか二人っきりで遠いところに行こうよ。私達二人なら、きっと大丈夫だよ」


「……そうだな。それも悪くない」


 俺の返事が意外だったのか、彼女は目を丸くして俺を見上げてきた。そんな彼女の頭を、優しくゆっくりと撫で始める。


「……でも、やっぱりできないよ。皆を置いて行くなんてことはできない。先輩も、藪雨も、西条さんも。そして……七草さんなんて特にだ」


「………」


「とても魅力的な提案だけど、そりゃまだ無理だな」


「……してよ」


 小さな声だった。それに、震えていた。その声も、彼女自身も。胸に顔を埋め、腕の中で小刻みに震え始めた彼女は俺に訴えてきた。


「もっと、私のこと優先してよ……」


「……俺の中では、優先してると思うけど」


「そんなんじゃ足りないもん!!」


 彼女は完全に泣き始めてしまった。何故、泣いているのだろうか。俺にはわからなかった。できることもなくて、ただ彼女の話を聞くことしかできなかった。


「前はもっと、一緒にいれたのに……今は、全然一緒にいれない!! 寂しいよ……私、もっとずっとひーくんと一緒にいたいよ……」


 ……確かに、前はもっと一緒にいれた。でもそんな生活をしていても、いつかは終わっていただろう。高校の終わりか、大学の終わりか。大人になれば、ずっと一緒にいるなんてのは無理な話になってしまうのだから。


「心臓の音、聞こえるよ……けど、いつかこの音も聞けなくなっちゃうかもしれない。ひーくんが、任務で外に行く度に帰ってこないかもしれないって、怖いの……」


「……悪い」


「悪いと思ってるならッ……!! ……ごめん、私、なに言ってるんだろ……」


 ……心配させてしまうのは、本当に悪いと思っている。彼女は俺の帰りを待つことしかできないのだから。一緒に任務に行く訳では無い。それはきっと、たまらなく恐ろしいことだ。


「……菜沙。俺はそう簡単に約束は破らないように努力してるよ。待たせてばかりで悪いけど、さ……」


「……ごめんね、面倒だよね、私みたいな女の子……」


「……何をいまさら。お前がいなかったら、俺はきっともっと前に……父さんと母さんが死んだ時に、発狂してたよ。あの時お前が生きていてくれてよかった。お前は、俺の心の支えなんだよ。そんなお前が面倒なわけないだろ」


「っ……桜華ちゃんじゃ、なくて?」


「……一番の拠り所は、お前だよ」


 いつだって隣にいた。こんな状況になってしまっても、彼女は俺の隣にいた。それが……どれだけ俺の心を救ってくれたことか。きっと菜沙があの時死んでいたら、俺はきっと七草さんに依存していたかもしれない。そしたらもう、俺は録な人間にはなっていなかっただろう。復讐にとりつかれた、それこそ本当の殺人鬼になってしまってもおかしくはなかった。


 そう伝えると、彼女はまた腕の中で泣き始めた。震える彼女の身体を、優しく抱きしめる。大切な幼馴染だ。それを愛おしいと思って、悪いことはないだろう。


 ……もうすぐ、日が沈む。そろそろ帰らなければ。


「……菜沙、帰ろう?」


「……うん」


 身体から離れた彼女は、すぐに俺の手を握ってきた。力強く握られたその手を、俺も軽く握り返した。彼女の頬に残った涙の跡を、指で少し拭ってやる。彼女は少しだけ嬉しそうに微笑んだ。


「……いつか、二人きりでどこか遠くに行こう?」


「……長期休暇が取れたらな」


「絶対取って」


「世の中を守るヒーローに、休みは中々取れませんよ」


 調子の戻ってきた彼女を見て、俺は内心ホッとしていた。彼女が悲しんでいるのを見ると、俺も悲しくなる。そういうものなのだ、俺と彼女の関係というのは。


 手を繋いで、ゆっくりと帰り道を歩いていく。すると、ポケットに突っ込んでいた携帯が数回震えた。誰かからメッセージが届いたらしい。トーク画面には、七草 桜華と書かれていた。


『翔平さんが真っ黒になってた! なんだか楽しそうだったよ!』


 そんな言葉と共に、汚れた顔の先輩と一緒に写った七草さんと加藤さんの写真が送られてきた。菜沙も携帯を横から覗き見て、頬をふくらませた。


「……桜華ちゃんと、私の横で楽しくやりとりしてるの?」


「いや、送られてきただけだから」


「……もっと、私のことを見てよ」


 悲しそうに伝えてきた彼女に、俺はハッキリと答えた。


「俺はいつだってお前のことちゃんと見てるつもりだよ」


 ……その言葉に、彼女は答えなかった。ただ握っている手を、何度か力強く握り返してきただけだった。


──なら、────────私の想いも気づいてよ


 ……菜沙が何か言っていた気がするが、俺には聞き取れなかった。何度か尋ねてみたが、叩いてきたり、頬を突っついてきたりで、答えてくれなかった。



To be continued……

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