第68話 黒い女と魔術書

 気まずい雰囲気が残る中、俺達はオリジン本部へと帰ってきた。外はもう明るい。それとは対照的に、俺達の心境はまだ夜の出来事を引きずり、暗いままだ。


 任務の報告のために司令室までやってきた。そこにいるのは、いつもと変わらぬ表情で、指を組んで待っている木原さんだ。


「……任務から帰還しました。犯人は行方不明、被害者は……全員、死亡しました」


 苦々しく伝える先輩に対して、そうか、と冷淡な返事をした木原さん。あぁ、この人も人でなしだ。それが大人というものなのだろうか。大を助けるために小を切り捨てる。きっと犠牲者に対して何の感情も抱いていない。


 それに対し、西条さんはどうだろうか。確かにこの人も人を斬り捨てる。だがしかし、そこに感情が篭っていないかと言えば、おそらく否だ。彼には彼なりの独自の価値観と、培った知識とでその結末を想像し……その上で斬り捨てるのだ。まだ、こっちの方がマシだ。俺は目の前で座っている仏頂面に対して心の中で毒づいた。


「犯人の行方は現在も追っている。見つかったらお前達にまた任務が下されるだろう。それまでは他のことをして待っていろ。それと……西条に関して、お前達はどうするつもりだ?」


 西条さんをチームメンバーに加えるのか、という質問だ。俺の時も、藪雨の時もそう尋ねてきた。今回は……どうしたものか。先輩の方をチラッと見てみたが、俺と同様に悩んでいるみたいで、俺の視線に気が付かなかった。


 七草さんの方を見れば、彼女はまた、氷兎君に任せるよとでも言いたげな目で俺を見てきた。困ったな……。


「まぁ、答えなんて決まっているようなものだろう。この面倒なタライ回しにも慣れたものだ」


 西条さんは腕を組んで目を閉じたまま、そう言った。誰も彼の価値観にはついていけなかったのだろう。それか……人をいとも容易く殺す彼を怖がったか。他人の弱さを本人に容赦なく叩きつけてくるのも敬遠される理由だろう。


「……なぁ、氷兎。今回は俺に決めさせてもらっていいか?」


 先輩が真剣な面持ちのまま、そう聞いてきた。別に俺は先輩の意見に反対しようなんて思いはない。俺は頷いて、先輩に任せますと答えた。先輩は一呼吸おいてから、答えを言った。


「西条を俺達のメンバーに加えます」


「………」


 その言葉に一番驚いていたのは、おそらく西条さんだろう。珍しいことに、普段鋭くしているその目をいつもより開き、何度か瞬きを繰り返していた。なんとなく、その人間らしい行動に笑いがこぼれる。なんだ、この人も普通の人じゃないか。どうにも……彼を超人的な何かだと思い込んでいたらしい。俺達とは立っている場所が違うのだと、勝手に決めつけていたようだ。


「……後悔するぞ」


 西条さんの低い声が響く。最終警告とでも言いたげだった。今ならまだ俺のことを捨てれる。捨てた方がお前達の身のためだ、と。そう言っているように聞こえてならなかった。


 なんとなく、西条さんをチームメンバーに加えてやりたいという思いが強くなった気がする。天邪鬼みたいだな、と口元をニヤリと歪ませた。


「後悔するかもしんねぇ。けどよ、それはきっと必要な事だ。この世界でやっていくには、俺も氷兎も、まして七草ちゃんも、思考が寄りすぎてんだ。だから、俺達とはまた別視点のお前が欲しい。でないと……きっと、俺達は大きな間違いを犯すような気がするんだ。そんでもって……できるなら、お前だけに責任を負わせないようになりてんだよ」


 先輩の言葉に、西条さんは言葉を失っていた。そう言われるのが初めてなのか、先輩から気まずそうに視線を逸らした。先輩の言葉はまだ続いていく。


「人間、一人じゃ全部はできねぇよ。俺は一人じゃ戦えない。氷兎も、そんで七草ちゃんも、誰かが隣にいないと戦えない。お前は一人でこなしすぎたんだよ。そろそろ……誰かを頼れ」


 先輩は一人じゃ戦えない。それは接近戦ができないから。俺も一人じゃ戦えない。俺はまだ精神的に不安だから。七草さんも、戦えても誰か信用のできる人が隣にいないと、戦い続けることは出来ない。


 しかし西条さんは、ずっと一人だった。仲間と協力なんてせず、一人で全てをこなしてきた。そんなことをずっと続けていたら……間違いなく壊れる。身体が先か、心が先かはわからないが。彼の性格的にも、責任を全て自分一人で負うことを厭わない。だからこそ、西条さんの隣に誰かがいないといけないのだ。きっと、先輩はそう思ったに違いない。


「……まぁいい。メンバーの変更の申し出なんてものは、いつでもできるからな」


 そう言って、西条さんは部屋の扉を開けて出ていってしまった。まったく勝手な人だ。けど、今の状況だとあの人が照れ隠しで逃げたのではないかと思えて仕方が無い。頭の中の西条さんのイメージがぶち壊しである。ツンデレインテリヤクザ系男子って誰得ですか……?


「……これで良かった、のか」


「何今更後悔してるんですか……間違っちゃいませんよ、きっと」


 そう言って俺は先輩の肩を軽く叩いて、七草さんを引き連れて部屋の外へ出た。もう報告は終わったのだ。やることもないし、部屋に戻るとしよう。


 ……先輩は最後まで部屋に残ってたんで、報告書お願いしますね、と内心ニヤつきながら、俺達は自分の部屋へと帰っていった。徹夜の任務だったから、果てしなく眠い……。





〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜





 ……久しぶりの感覚だった。あぁ、自分は今夢を見ているのだと実感していた。最近は疲れてるのか、夢を見たり見なかったり。見ても忘れてしまったりと認識出来ていなかったが、ここまでハッキリと自分を意識したまま夢の中に入ってこれるのは本当に久しぶりだ。


 最近は疲れることばかり。たまにはのんびりする夢でも見させてもらいたいものだが……周りに何も無いな。真っ白な空間がずっと向こうまで続いている。まるで菜沙の胸みたいだ……。


 ……胸のこと言ったら菜沙が出てくるかと思ったが、そう上手くはいかないらしい。さて、どうしたものか。やることもないし、適当に周りでも見てみようと思い、後ろを振り向いた。


「……やぁ」


「──────────ッ!?」


 アレがいた。あの真っ黒な女がいた。旧友に話しかけるように、片手を上げて挨拶してきた。ちょいと、夢にしては酷すぎるんじゃないですかね。トラウマになってんじゃねぇかちくしょう!!


 心の中で悲痛な叫びをあげながら、俺はその場から逃げ出した。全力で、振り向きなんてせずに。だというのに……。



「どこに行くんだい?」



「随分と心の中は余裕そうだ」



「しかし身体は落ち着きが足りないね」



 逃げる先逃げる先、全て先回りして退路を塞いでくる。黒い水のようなものが地面にできたと思ったら、そこから生えるように出てくるのだ。相変わらず顔はなんだかわからないし、見てるだけで心臓が苦しそうに悲鳴をあげる。早く目を覚ましてくれ、現実の俺ッと本気で願っていた。


「そうやって慌てふためくのを見てるのも楽しいけど……ちょっと止まりなよ」


 黒い女が俺に指を向けると、ピタッと俺の身体はまるで時が止まったかのように動かなくなってしまった。それどころか、声すらあげられない。なんだ、これは。身をよじろうとしても全然動かなかった。


 女が俺の目の前まで歩いてくる。その顔は、わからないはずなのにとても美しいのだとわかる。その身体はとても素晴らしいものなのだとわかる。しかし、お前はとてつもなく醜いものなのだともわかっている。背反する二つの思考がせめぎ合い、それは頭痛として浮き出てきた。


「ふふっ、君は昔はこんなに弱々しかったかな。まぁいいや、それよりも……何か質問したいことはある?」


 語りかけてくる。質問したいこと……あぁ、そんなものいくらでもある。お前は誰だ。俺をどうしようというのだ。


 ……いや、待てよ。この声は、この声だけは聞き覚えがある。あの館の地下室で会った時は色々な声が混ざっていたのに、今はたった一つの声しか聞こえなかった。その声はまさしく……俺に力をくれた、あの女声だ。


「……貴方が、俺に力をくれたんですか」


 問に答えようとしたら、簡単に声は出た。俺のその質問に、黒い女は赤い口をニヤリと歪めて頷いた。その口から漏れる声が……段々、魅力的に思えてきた。俺の思考はどうかしている。


「そうだね。あの時、いやずっと前から。私は君のことを見ていたよ。どう? 少しは私があげた力にも慣れた?」


「……多少は」


「そう……。まぁ、一応身体能力を少しだけ上げておいたけど、流石に今の状態でもっと上げるのはね……うん、つまらない」


 ……つまらない? 頭がおかしいんじゃないのか。こっちは死にものぐるいだ。死にたくないから、助けたい人がいるから、こうやって殺し合いに身を投じているのに、それを……つまらなくなるから、力をこれ以上あげないと?


「そうそう。そうやって私に負の感情を向けていいんだ。それこそが私の糧になる。君はどう転ぼうと……ずっと、私の掌の上だ」


 俺の考えていることがわかっているかのように、女は嘲笑わらった。意味がわからない。その動作がとてつもなく俺の嫌悪感を湧き上がらせるのに、なんで……お前を綺麗だと思ってしまうのか。こんなにも、醜いはずなのに。


「その答えは、まだ君が中途半端だからさ。どっちにも傾向していない。いや、どちらかと言うとまだヒトだね」


 わからない。わかりたくもない。きっとそれを理解した途端に、俺は取り返しのつかないところまで堕ちることになるのが予想出来た。なるべく、この女とは関わりたくない。例えそれが命を救ってくれた相手であっても。


「さて、今回君の夢を介して会いに来たわけだけど……その前に君に質問がある」


 ……なんだ、と俺は返事を返した。いつの間にか身体は自由に動くようになっていたが、もう逃げようだなんて思えなかった。逃げても無駄だ、とわかっていたから。仕方なく俺は目の前の女の話に耳を傾けるしかなかった。


「力を得るためには、犠牲が必要だ。君はそれを理解しているかい?」


「………」


 西条さんに言われて、ずっと考えていた。強さとは、何かの犠牲の上に成り立つものだと。けど……じゃあ俺は何を犠牲にできるというのか。誰も犠牲にしたくはない。何も周りのものを失いたくはない。


「あぁ、声に出さなくても君の考えていることはわかるよ。理解はしていても納得はしていない、ってところだね。うんうん、実にヒトらしい考えだ。でも……それってこう捉えることもできるんじゃないかな?」








「───君が犠牲になればいい」







 ……その言葉はあまりに残酷で、冷徹な響きであった。あぁけど、それが最適解なのではないのかと心の奥底で納得している自分がいた。周りの物を何も犠牲にしたくないのなら、自分を犠牲にすればいい。それはごく単純で、明快な答えであった。


 けど……それをできる人が、一体どれだけいるというのだろうか。


 俺の心の声がわかっているらしい女は、血を塗りたくったような赤い口を愉快そうに歪ませた。


「わかってるんだね。じゃあ、私から君にとっておきのプレゼントをあげよう」


 女が右手を前に突き出すと、その掌の上にどこからともなく薄暗い青色の本が出現した。それは掌の上で宙に浮くように存在している。それを見ていると……自分の手が勝手に伸びていきそうになる。その本を手に取ってみたくなる。その衝動を俺は必死に抑え込んだ。


「これは一種の魔術書だ。この中には神秘が眠っている。君の知りえない情報が、嫌という程ね」


 宙に浮いた本が、触れられてもないのに開いてペラペラとページが捲られていく。その異様な光景を目のあたりにして、背筋が凍りついたような気がした。けれども俺の身体は未だにその本に手を伸ばそうとしている。


 そんな俺の状態を見て、女はずっとニヤニヤと嘲笑わらっていた。


「普通の人がこれを読めば、いとも容易く発狂する。君だって例外じゃない。むしろ、今の君は精神的にやられているから尚更だ。それでも……君はこの力が欲しくてたまらないはずだ。これを君が使えるのなら、君は色々な魔術を扱えるようになる。それは敵を一瞬で灰にしたり、吹き飛ばしたり、はたまた相手の肺に海水を満たすことも出来る」


 ……なんて恐ろしい魔術だ。本人は軽々しく言っているが、その内容はとんでもない。普通の人が聞けば、頭がイカレているとしか思えない話だ。


「さぁ……どうする? 取るも取らないも、君の自由だ」


 女は嘲笑わらっている。いい加減その顔にイラついてきた。一発ぶん殴ってやりたいとすら思えるほどだ。


 しかし……目の前の本をどうするか。取れば強くなれるんだろう。その代わり、自分の何かを失うことになる。それはなんだ。俺は何を失うんだ。


 そんな俺の疑問に、女は答えた。


「魔術とは君の精神力を使って扱うものだ。けど、君の知ってるゲームじゃ100以上あるMPなんてものも、君達人間は10程度が精々だ。これじゃ、魔術なんてポンポン使えるもんじゃない。けれど、その足りないものを補うものがある。それは君の正気度とも言われるものだ」


 ……正気度。それは一体どういうものなんだ。それを失ったら、どう言った弊害が出るんだ。


「正気度とはつまり、君の精神状態とも言える。魔術を使えば使うほど、君の正気は削れていき、やがて発狂する。けど、魔術というのはそれを大きく上回る効果を発揮するはずだよ」


 その説明を聞いて、俺の腕は震えだした。確かに怖い。正気でいられなくなれば、自分が自分でなくなる可能性もあるということだろう。だが、精神状態というからには回復する見込みもあるということだ。そういうことなんだろう?


「その通り。君が非日常から離れて日常を謳歌すれば、君は少しずつ精神的に治癒されて正気度は回復するだろうね」


 ……ハイリスクハイリターンな話だ。でも……使わなくてもいいんだろう。ならば、貰えるだけ貰っておくのがいいんじゃないのか。いざという時の、奥の手としてとっておく。それがきっといいはずだ。


 俺はその本に向かって手を伸ばし、掴んだ……と思った瞬間に、その本は光の粒となって霧散し、俺の身体の中へと入っていった。何か、身体の中心付近で冷たいものが蠢いている気がする。


「………ッ」


 口元を抑えて前屈みになった。気持ち悪い。身体の中に、何か異物が入り込んだみたいな感覚が残っている。吐きそうだ。吐いたところで、きっとどうにもならないのだろうけど。


「アッハハハハハハハハッ!! うんうん、そうだよね!! 君ならそうするって思ってたよ!! こうじゃないと、面白くない!!」


 女が嘲笑わらっている。うるさい。今は静かにしてくれ。気持ちが悪くて仕方が無いんだ。冷たい。身体の芯から凍えてしまいそうな寒さだ。あの本を手に取ったことを既に後悔し始めていた。


 女は腹を抱えて俺を嘲笑わらっていたが、ひとしきり嘲笑わらい終わったのか、俺のことを見てまた話しかけてきた。


「あぁ、久々にここまで笑ったよ。うん、いいとも。言い忘れていたけど、君の身体には私の力とも言えるものが入っているからね。魔術を使っても、ある程度は軽減できる。それと、君が読んだら発狂するのは変わりないからね。だから……私が直々に君に魔術を叩き込んであげよう」


 ……次第に俺の身体は調子を取り戻していた。身体の中の違和感はまだ拭いされないが、気持ち悪さでまともに立っていられないなんてことはなくなっていた。


 女は俺に魔術とはどういうものなのかを説明し始めた。


「魔術を行使するには、長ったらしい呪文を唱える『詠唱』と、呪文を必要としない代わりに条件が必要になる『行使』の二種類が存在する。唱えれば誰だって使えるわけじゃない。魔術を使う為には基本的には触媒が必要だ。もっとも、君にあげたネクロノミコンが触媒の役目を果たすからその点に関しては心配いらない」


 俺がさっき手にしたあの本は、ネクロノミコンと言うらしい。それを触媒として魔術を行使できる。生身の人間では扱えないのか……。よかった。七草さんが真似して発動してしまったら大変だ。


「魔術は私が時期を見て夢の中で教えるよ。今回教えるのは、『ヨグ=ソトースの拳』だ。理論的には、空間を捻じ曲げたりした後でそれを元に戻す際に発生するエネルギーを使って相手を吹き飛ばすって魔術なんだけど……まぁ細かいことはいい。詠唱は、ネクロノミコンが君に伝えてくれるはずだよ。使おうとすれば勝手に頭の中に浮かんでくるさ。問題は、行使についての条件だ」


 女が指をパチンと鳴らす。すると、俺の目の前に黒い水たまりができて、そこから俺と瓜二つの誰かが地面から生えるように出現した。


 ……人間か、これ。触ってみたが、感触は人間と同じようだ。反応はしなかったが。


「じゃあ、これを相手に今から魔術を叩き込んでみようか」


「……見た目が俺なんだけど」


「え、君は自分を殴れないのかい?」


「……やりゃいいんでしょ」


 悪趣味にもほどがある。わかってやってやがるなコイツ。俺の中でのコイツの株はどんどん下落していく。命の恩人だろうが、鬱陶しいことには変わりなかった。


「基本はイメージだ。心の中で、相手が吹き飛ぶ方向などを詳しくイメージする。後は助走をつけてぶん殴って……最初のうちは心の中で念じた方が発動しやすいかな。声に出してもいい。『吹き飛べ』とか『ぶっ飛べ』なんて、わかりやすいものでいいよ。君の拳の威力があればあるほど、吹っ飛ぶ距離は伸びる。詠唱で使った場合は、吹っ飛ぶ際の衝撃に威力はない。けど、行使なら吹っ飛ぶ際に大きな力が加えられる。相手がなんであれ、昏睡くらいはさせられるよ。扱い方を間違ったり、硬い障害物に勢いよくぶつければ……身体が四散するかもしれないけどね」


 ……もう女のことを見ることすら億劫になってきた。俺は俺で、魔術を使ってみよう。目の前の自分が吹っ飛んでいくイメージ……何か嫌だな。仕方が無いけれども……イメージして、勢いをつけてぶん殴る。とりあえず……《吹っ飛べッ!!》


 俺の右拳が、目の前の偽物の頬を殴りつけた。その瞬間、身体から何かが抜けていく感じがして、目の前の俺の偽物は勢いよく前方に向かって吹っ飛んでいった。軽く10メートル以上は吹き飛んだ気がする。なんだか腕とか曲がっちゃいけない方向に曲がってるけど……あまり見ないようにしよう。俺はそっと目を逸らした。


「うんうん、上出来だ。一発で使えるなら行使は問題ないね。詠唱は……教えるのが面倒だからいいや。自分で現実世界でやりなよ」


 なんて投げやりな。でも、一応ネクロノミコンがサポートしてくれるらしいし……何度か自分で試してみよう。やりすぎには注意だ。まだ正気を失いたくはない。


「今君に教えてあげるのは、これだけ。次の魔術は次回教えてあげるよ。あぁそうそう、魔術は色々と応用が利く。君に教えた『拳』も、君が関わっていれば発動条件を満たす。拳で殴るだけでなくとも発動できるということさ。そこら辺は、自分で苦しんで探すといい」


 ……何故か身体の感覚が薄れてきた。夢の中のはずなのに、身体が重い。瞼が閉じようとしてくる。夢の中で眠りにつくのではないかと思えてきた。


「おや、時間かな。暇つぶしには十分だったよ。おっと……言い忘れるところだった。魔術を格上相手に使う時は気をつけるんだよ。君と相手とにパスが繋がって魔術は行使される。『深淵をのぞく時、深淵もまたお前をのぞいているのだ』なんて言うけど、そういう事だよ。君が魔術を使う時、相手もまた君と繋がったパスを介して、君に魔術を使って反撃してくることもあるってことだ」


 女の口は歪んだままだ。何がそんなに愉しいのか。俺には理解できない。おそらく誰にも理解なんてできない。そういう存在なんだろう、きっと。


 薄れゆく意識の中で、俺は最後にその女に名前を尋ねた。いつまでも女声だとか、女だとか呼んでいるのもアレだからだ。


 女は少し考える素振りをすると……珍しく、嘲笑わらうのではなく、微笑んで言ってきたのだ。


「私のことは、気軽に『ナイア』とでも呼んでいいよ。では……むごい現実を愉しむといい、『唯野 氷兎』」


 ……なんて酷い別れ際のセリフだ。そう思ったのが最後。俺は完全に意識を手放した。





To be continued……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る