第33話 山奥の村へ
車でうとうととしながら走り続けること数時間。山道の舗装されていない道路のでこぼこのせいで車が跳ね、その衝撃で目を覚ました。運転席に座っている先輩は、普段の様子とは違い真面目な顔付きで運転しているようだ。そして、後部座席に座っている俺と七草さんはというと……。
「……すぅ………」
「………」
彼女は俺にぴったりとくっつく形で眠っていた。彼女の口や鼻から漏れでる息が首元などにかかって擽ったい。それに、彼女から甘い香りが漂ってくる。色々とキツい物がある。
「ん、起きたか氷兎」
「……お疲れ様です。あとどれくらいですか?」
「まぁあと30分ってとこじゃねぇかな……。後少ししたら七草ちゃん起こしとけよ」
「了解です」
彼女を起こさないようにしながら、もうしばらく身体を休めることにした。彼女の方を見ていると変な気分になるので、しばらく窓から外の景色を眺めようとしたが、生憎見える景色は大量に生えた木だけだった。本当にこんなところに田舎町があるのだろうか。天在村でさえもう少し開拓されていた気がする。
「……どうだ、お姫様に寄りかかられる気分は?」
前から聞こえてきた先輩の言葉に、俺は小さな声で返事を返した。
「……一言で言うなら、柔らかいですね」
「その台詞、帰ったら菜沙ちゃんに言いつけるからな」
「勘弁してください」
なんて言葉をやり取りしながら、俺達は目的地である
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
「ぬわーん、疲れたもぉーん……。やめたくなりますよー、車の運転……」
「お疲れ様です、いや本当に……」
中々に長い距離を車で移動してきたせいで、先輩は既に体力の限界だった。反して俺と七草さんは体力は有り余っている。強いて言うなら、ずっと同じ姿勢だったせいか少し身体が痛い。
「んー、なんかここら辺空気が美味しいね!」
ぐっと身体を伸ばして息を深く吸い込んでいる七草さん。その身体の誇張している一部分に危うく目を奪われるところだったので、そっと目を逸らした。
「いやー、流石田舎。空気は美味いし、景観は綺麗だし、宿も前みたいにボロくはないし、いい感じだな」
今回泊まる予定の宿は、天在村の民宿よりも少しだけ豪華だった。とはいうものの、やはり都会にあるようなものとは天と地ほどの差があるが。それは仕方がないだろう。
ざっと周りを見回してみたが、景色はあまり天在村とは変わらない。ただ、向こうとは違って田圃や畑が少ないように思えた。代わりに民家は増えている。道の舗装具合は……どっちもどっちと言ったところか。
「ねぇ氷兎君、部屋割りってどうなってるの?」
「………..あっ」
七草さんに言われるまで失念していた……。流石に男と女が一緒の部屋で寝るというのは良くないが……前の一件がある。できれば目の届くところにいて欲しいというのが切な願いだ。戦闘能力云々は置いておいて、彼女は少し世情に疎い。何かあった時に対処しかねるだろう。困ったので先輩の方を見たら、どうやら既に部屋は取ってあるらしい。
「一応二部屋取っておいたが……どうする? 男女で分けるか?」
「……どうしたもんですかね。なるべく七草さんを一人にしておきたくないってのが俺の考えなんですが……」
「なら答えは簡単だな。俺が一人部屋でお前ら二人」
「そりゃダメです。もうこの際三人で一部屋使っちまいましょう」
「皆でお泊り? 枕投げする?」
「あー、それはまた今度な……」
先輩が頭を掻きながら七草さんを説得した。流石にこんなところで七草さんの全力枕投げが炸裂したら下手すると壁が壊れる。だから残念そうな顔をされても、俺達は妥協できない。ビーチバレーでさえあれだったからな……。
「よし、じゃあ荷物下ろすぞ」
「はーい」
七草さんの明るい返事を聞きながら、荷物を下ろし始めた。持ってきた荷物は前回と変わりはない。着替え等を突っ込んだ鞄と、槍の入った袋だ。先輩も同様、着替えと武器の入ったアタッシュケース。七草さんに至っては普段の靴や戦闘時につける手袋を除けば武器がないため、ほとんど着替えしか持ってきていない。その身軽さがちょっと羨ましい。
七草さんの履いている靴や着ける手袋は、耐久性が高くて少し無理な行動をしても身体にダメージが来にくくなっているようだ。もっとも、彼女の身体は元からかなり頑丈だが。
「……おぉ、思ったより広いな。これなら三人でも平気か」
俺達に宛てがわれた部屋に向かうと、中は結構広かった。三人分の布団を敷いて、それぞれ荷物を置いてもまだ余裕がある。
……だが、だからといって着いてそうそうゲーム機を広げ始めるのはやめていただけないだろうか。流石に引きます。
「ふふっ、なんか夜がちょっと楽しみかも。この前は氷兎君がずっと菜沙ちゃんとくっついて話してたから、夜あまり話せなかったもんね?」
「確かにな……。アイツももう少し大人になるというかだな……男に対する警戒心とかを持たなきゃいけないと思うんだけどな」
「あの子は大人だと思うよ俺は。むしろお前がガキ過ぎるんだ」
「ちょっと聞き捨てならないんですけどねぇ……?」
持ってきていた鞄の中からそっと赤色の液体が入った瓶を取り出した。先輩に対する嫌がらせ用に持ってきた俺特性のデスソースである。それを見た先輩は顔を歪めて少し後ずさった。
「待て待て、お前なんてもん持ってきてんだ!? こんなところにまでデスソース持ってくるやつがあるか!!」
「唯のデスソースじゃないです。特殊な製法で編み出すことに成功した二倍濃縮デスソース、通称デスソースセカンドエディションです」
「なんで濃縮しちゃったの!?」
「いや最近先輩への効き目が薄くなってきたもんで……」
耐性でもついたのか、不意打ちにデスソースを混ぜても先輩は辛いの一言で済ませるようになってしまった。なんかちょっと悔しかったから頑張って濃縮させた結果、通常の二倍に濃くなった。普通の人が使えばまぁ……ヤバいだろう。俺は絶対に使わないけど。
「それ美味しいの?」
「いや、七草さんはやめといた方がいいかな……。特殊な訓練を受けている人じゃないとダメなんだよ」
「俺は特殊な訓練受けてないんですけど」
「不意打ちで俺が喰らわせてるじゃないですか。あれが特殊な訓練ですよ」
「ただの嫌がらせじゃねぇかちくしょう」
流石に出しっぱなしにしておくと七草さんが興味本位で使いかねないので、鞄の奥の方に封印しておくことにしよう。おそらく俺がこれを使うのは先輩以外にいないだろう。とりあえず荷物を整えて、服をまくって腹にベルトを巻き付け、ホルスターに銃をしまっておく。前回の一件から学んだことだ。銃は携帯しておくのが一番だ。
「……私もそういったの持ってた方がいいのかな」
七草さんが俺が銃を装備しているところを見て、そう言ってきた。俺は……流石に彼女に銃を持たせたくはない。彼女に人殺しなんてことは、絶対にさせたくない。
「……いらないよ。こんなもの持ってるのは、俺と先輩で十分だから」
俺の言葉に、先輩も続けて七草さんに言った。
「そうそう、俺達だけで大丈夫だって。それに七草ちゃんは俺達にない武器を持ってる……そう、その容姿と胸という最大の──」
「デスソースッ!!」
「痛ッ、あぁぁぁぁぁぁぁッ!?」
とんでもないことを口走った先輩に特性デスソースを口の中に流し込んだ。流石に痛みが凄いのか、先輩は口を抑えて叫びながらゴロゴロと転がっている。一方、言われた七草さんはというと……。
「……わ、私の胸ってそんなに武器になるの? 本当なの氷兎君?」
「いや間に受けなくていいから……」
少し顔を赤くしながら、胸を押し上げるようにして俺に尋ねてきた。そのポーズはやめてほしい。流石に思春期の男にとって、それはとんでもない猛毒だ。顔が赤くならないうちに背けることにした。
なんだか初日から色々と大変だ……。少し先行きが不安になった。
To be continued……
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