第34話 新たな発見

 宿で少しだけ休憩を挟んだ後のこと。先輩は完全にグロッキー状態のため放置。俺と七草さんの二人だけで調査を進めることにした。まずやることと言えば……この村に来ている諜報員に話を聞くことだろうか。民宿はここ一つだけなので、夜にでも話を聞きに行くのもいいかもしれないが、やれる事は早めに済ましておくのが人生円滑に行く場合がある。まぁ、そんな事言えるほど俺は生きていない訳だが。


「なんだか、わくわくするね。知らない場所に来て、色々な人と話して……。そういうのって、なんだか楽しくない?」


 隣を歩いている七草さんの言葉に、俺は素直に頷けなかった。新天地に来て知らない人に話しかけるのは中々に勇気がいることだ。少なくとも俺にそんな勇気はあまりない。仕事だからしなければならない、というのならまぁやれなくはないが。七草さんはコミュニケーション能力に自信があるようだ。俺はかなり不安だけど。


「……まぁ、多少はな。でも気をつけろよ。知らない人について行っちゃダメだからな」


「わかってるよ! そこまで子供じゃないから!」


「ならいいけど……」


 やっぱり不安なんだよなぁ。七草さんは本当にどうも幼い。内面的な話だ、外面の話をしたらそりゃもう誰にも負けないナイスバディな訳で……っと、関係ないなそれは。あまり女性の身体について内心色々と言うのは控えよう。七草さんにまで心を読まれるようになったら赤面では済まない。


「……あら、お二人共お出かけですか?」


 民宿の廊下を歩いていると、女将さんに出くわした。まさかの着物だった。田舎の民宿で着物とは……形から入るスタイルなのか。旅館ではあるまいしな……客の入りもおそらく少ないだろうに。


 まぁ、何はともあれ聞きたいこともあったところだ。丁度いいし、一応聞いておこう。


「えぇ。一応先にこちらに来ている調査員の同業者でして……いくつか質問をしたいのですが、よろしいでしょうか?」


「はい、大丈夫ですが……随分とお二人共お若いですね……」


「まぁ、色々とありまして……」


 女将さんの言葉に困ったように頭を掻きながら少しだけ視線を逸らした。なんとなく、田舎の方だと話好きというか、そういった人が多い気がするのは俺だけだろうか。まぁ、流石に不思議に思うだろう。何しろ年齢的には俺と七草さんはまだ高校生なのだから。とりあえずこれ以上変な風に話がこじれる前に質問を終わらせてしまおう。


「それで、質問なんですが……先にこちらに泊まりに来ている紫暮しぐれという男性が今何処にいるのかわかりますか?」


「紫暮さんなら……確か今の時間帯なら村を回って色々と調査をしている頃です。近頃物騒でして……この村で起きていることを聞いていらっしゃいますか?」


「概要は把握していると思いますが……できればわかる範囲で詳細を聞かせてもらえますか?」


 俺の言葉に女将さんは顎に手を当てて思い出そうとする素振りをしながら、ポツポツと小さな声で話し始めた。


「始まりは……二週間前くらいでしょうか。夜中に悲鳴が聞こえて、村の何人かで見に行ったんですよ。そしたら、血溜まりがあって……でも、怪我人は誰もいなかったんです」


「……他に誰か泊まっていた方はいらっしゃらないんですか」


「いえ、紫暮さんだけでした。一ヶ月程前にはひとりの学者さんが泊まっていましたが……おそらく関係はないと思います」


 ……学者、ね。あまり関係なさそうだが、一応覚えておくことにしよう。何かの拍子に事件に繋がる可能性もないわけじゃない。


 しかし……こんなことをしていると、本当に探偵にでもなった気分だ。本職はバケモノ退治のはずなんだがな……。そんな考えを巡らせていると、女将さんは次の話を切り出した。


「後は……村の奥にある池が赤くなっていたくらいでしょうか」


「……池が赤くなる、と。それは赤潮ではないんですか?」


「いえ……どうにも、まるで池の水が全部血に変わってしまったように見えました。匂いも……」


 そう言って女将さんは顔を歪めた。赤潮と言うのはプランクトンの異常発生によって生じる海や湖が赤くなる現象のことだ。しかし、それでもなくまるで血のように見えたと……。


 ……神話生物絡みだとしたら、怪しいのはその池だろうか。近づくのはまだ危険そうだし、今日のところはまだ辞めておこう。せめて先輩が復帰してからだ。


「……お話聞かせてもらってありがとうございます。それでは、自分達も外で色々と調べ物に行ってきますね」


「はい、お気をつけて」


 玄関を出てまで見送ってくれた女将さんに頭を軽く下げ、俺と七草さんは村を一通りぐるっと回ることにした。とりあえず地理の把握と住んでいる人からの情報収集が今日の主な仕事だろう。


 しかし、まぁ……。


「〜〜〜〜〜♪」


 ……随分と楽しそうだ。隣を歩いている七草さんは鼻歌交じりに辺りを見回している。基本孤児院から出ない生活だったせいだろう。目に映るもの全てが新しく、未知に溢れ、彼女の本来もっと早くに目覚めるべきであった好奇心が刺激されているのだろう。楽しそうにしている分には何よりなんだが……なんとなく、隣で一人歩いている俺としては気まずい感じがする。だって菜沙以外の女子と二人きりで長い間話したりして過ごすなんてしたことないからな……。


「ふぅ……やっぱり、こっちも暑いね……」


 そう言う七草さんの額には薄らと汗が。そしてそれらが垂れていく先は彼女の豊満な双丘の谷間……まずい、なんかいつかに見た光景な気がしてきた。流石にこれ以上横目であろうと見るのは宜しくない。鞄の中から保冷剤を包んでおいたタオルを取り出して彼女に差し出した。


「熱中症になるといけないから、タオルで汗拭いときなよ。冷してあるから首にかけておくだけで少し涼しくなるよ」


「あっ……ありがと、氷兎君」


 お礼を言った彼女ははにかみながらタオルを受け取り、汗を軽く拭いて首にかけた。彼女の場合長い髪の毛が鬱陶しそうだな……。


「なぁ、七草さんって戦う時髪の毛そのままなのか? 戦いづらくないか?」


「え? うーん、確かに邪魔だなとは思うけど……あんまり、切りたくないんだよね」


「……なるほどね。ちょっと待ってな」


 立ち止まって鞄の中をガサゴソと探り始める。確か昔菜沙が髪を長くしていた時期があって、その時のアイツのヘアゴムがまだ残ってたはず……。長くしたはいいものの、鬱陶しい上に髪を纏めるのが面倒臭いとか言いやがったからな。俺が居なかったらどうするつもりだったのか……。


「……おっ、あった。あー、七草さん髪の毛って自分で纏められる?」


「どうだろう……やったことないからわかんないかな……」


「なら、俺が髪の毛纏めようか? 多分少しは動きやすくなるし、涼しくもなると思うよ」


「氷兎君って何でもできるんだね……じゃあ、お願いしていい?」


「はいよ」


 ……とは言ったものの、七草さんっていうか、菜沙以外の女子の髪の毛触るのは中々に度胸がいるなぁ。下手に触って痛いとか言われないだろうか。とりあえずそっとやるとしよう……。


 ……あっ、なんかすっごいサラサラしてる。菜沙と同じかそれ以上に毛質が良いな。本当に女の子として完成されすぎじゃないかな、七草さんって。


「……よし、良いよ」


「ありがとう。これは……ポニーテール?」


「まぁそうだな。落ち着けないところだとこれが限界だ」


 やろうと思えばやれなくもないが、流石に外で長いこと時間をかけるのもダメだろう。とりあえずはポニーテールで後ろ側一本に纏めてしまった。


「………」


 髪の毛を纏めたせいで、首の後ろが見えてしまう。おかげで彼女のうなじの部分が俺の位置から丸見えだ。いや、まさかここまで女子のうなじにそそられる日が来るとは……。到底理解し難いものだと思っていたが、これはこれで……アリだな。


「氷兎君、何見てるの?」


「えっ……ぁ、いやなんでもない……。行こうか」


 彼女のいる方向とは別の方を向いて、俺は歩き始めた。さて、この暑さが夏の気温のせいなのか、それとも別の理由のせいか……。夏の気温のせいということにしておこう。そうしよう。



To be continued……

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