第31話 ドキドキ☆ギャルゲー作戦

 海で遊んだ次の日のこと。俺は先輩と一緒に近くのゲームショップにゲームを買いに行った。何のゲームを買うのかと思ったら、まさかのギャルゲーだった。そう、鈍感系主人公が持ち前のイケメン力と優しさで色々な女の子を落としにかかるゲームである。


「……んで、なんでこんなの買ったんですか。しかもなんすかこのタイトル……『ドキドキ☆ラブファースト』って……新手のパクリか何かですか」


「大丈夫だ安心しろ。ちゃんとサイトの上位ランクに入ってるギャルゲーだ。それで、お前にはこれからこのゲームの、所謂幼馴染キャラを攻略してもらう」


「俺がやるんですかこれ」


 いや確かに、ギャルゲーはやったことはある。菜沙と一緒にやっていたら、菜沙が時々殴りかかってきたり、女の子の反応が訳分からないと愚痴をこぼしていたりと散々な目にあったのを覚えている。


「そうだ。お前には幼馴染が何たるかをこのゲームを介して学んでもらう! 終わる頃には、お前にも幼馴染がどんな存在なのかがわかってくるだろう……そう、幼馴染とは、幻想的で、優しくて、なんというか……救われてなくちゃダメなんだ……」


「ノベル物って大体幼馴染って不遇なキャラしてますよね。ぽっと出のヒロインに主人公取られたりとか」


「ハッハッハッ、誰のことだろうねぇ……?」


 大きなテレビ画面の前に置いてあるゲームをする用に配置を変えた椅子に、よっこらせと言いながら先輩は座る。俺も適度なお菓子と先輩と俺が飲む珈琲を淹れて机に置いてから位置につく。


「よーしっ、じゃあ電源ONっと」


 ゲーム機にカセットを入れて、テレビと本体の電源を入れた。画面が白くなり、タイトルロゴがドーンッと出てきて、おそらくキャラの1人であろう女の子がタイトル名を言った。


『ドキドキ☆ラブマイナス!!』


 一瞬耳を疑った。しかし読み方はどう見たってマイナスだった。流石に俺は堪えきれずに現状についてツッコミを入れる。


「マイナスじゃないか……!? 初作品だからファーストなのかと思ったら、読み方マイナスじゃないか!! 先輩マズイっすよこれ、完全に何処ぞの会社に喧嘩ふっかけてますよ!!」


「……だ、大丈夫だって安心しろよ……ちゃんとサイト見たから、うん」


 横に座っている先輩の頬には一筋の汗が垂れている。いやホント怒られるぞこれ。プラスどころかマイナスって……。しかもドキドキマイナスさせたらアカんでしょ。誰が買うんだよこんなの。


 ……俺たちみたいな阿呆か。


「……案外グラフィックはしっかりとしてるな。ほら見ろ、幼馴染が起こしに来たぞ」


「いやー、懐かしいですね……最近は菜沙に起こされるというのも減りましたけど」


「………」


 横から先輩の視線が突き刺さる。俺が一体何をしたというんですかね。とりあえず、ゲームを進めていく。


 主人公は起こしに来てくれた黒髪ロングの女の子(巨乳)と一緒に朝ご飯を食べて一緒に学校へ向かう。主人公の言葉に照れたり、嬉しそうにはにかんだりする幼馴染ヒロインこと、アヤセちゃんは確かに可愛らしい。


「うむ……これだよこれ。俺が求めていたのはこれだったんだ……」


「……普段の菜沙を見てる気分なんですけどねぇ」


 学校が終わって放課後。アヤセちゃんと一緒に帰る約束をした主人公はそのまま帰宅し、夕ご飯を食べて就寝した。ここまでは普通のギャルゲーだ。


「二日目から幼馴染とのルートが始まるらしい」


「初日は随分とまったりですね……。昼休みに一緒に食おうとしてきた体育会系ヒロインとか、仕事を手伝ってくれとせがんでくる生徒会長ヒロインとか、結構いい女の子とかいましたけど……。長くかかりそうですね」


「うむ……個人的な好みとしては、影の方でほっそりと生きていた内気な女の子だな。頭なでなでしたい」


「もう先輩がやったらいいんじゃないかな……」


 二日目。幼馴染が起こしに来て学校へ。そして時間が一気に飛んで放課後。一日目に仕事を手伝えなかったため、今日手伝って欲しいという生徒会長の言葉に、主人公は選択肢もなく普通に手伝うことに。


「……あれ、生徒会長とのイベント回避できないんですね。アヤセちゃん待ってるんじゃ……」


「約束はしてないだろ。まぁ、必要なモノなんだろう、きっと」


 生徒会長に連れられて、生徒会室で二人で作業をする主人公と生徒会長。アンケートの集計の最中に、消しゴムを貸してほしいという生徒会長に、主人公が渡そうとすると手と手が触れ合って、互いに手を引いてしまう。


 ……他の生徒会役員はどこに行った。


「……あぁー、手が触れ合ってドキッとするシチュエーション。わかってるじゃないか」


「クールメガネ……そして時折見せる恥ずかしそうな表情……こっちの方が菜沙っぽいと思うんですけどねぇ」


「クールメガネの幼馴染キャラがどこにいるんだ。幼馴染ってのはなぁ、優しくて胸がでかくて黒髪ロングって相場が決まってんだよ」


「全国の幼馴染キャラに謝ってきたらどうですかね」


 仕事が終わって、夕暮れの街を一人で帰る主人公。もうすぐ家に帰りつくとなった時に、目の前を1匹の猫が通り過ぎていく。それを追いかける主人公。人の気配が少ない場所にまでやってきてしまった彼は付近から嫌な気配を察知する。


「……ん、なんかおかしくないですか。これバトル系でしたっけ」


「いやそんな筈は……ギャルゲーのはずだ」


 突如として背後から襲いかかられる主人公。黒ずくめの人物に背後から包丁で刺されて死んでしまう。画面にでてくるGAMEOVERの文字が血のように見えて生々しい。


「……死んだーーーッ!?」


「待て、いや待ておかしいって。今の誰だよ、ってか二日目からGAMEOVERってなんなんだよ!!」


 セーブデータをロードして、再び二日目へ。しかし拒否しようがない生徒会長のお誘いを受けて、再び刺されて死んでしまう。流石にこれは困った。詰みが早い。頭を抑えてどうしたものかと悩む俺と先輩は、携帯に手を伸ばそうとして、しかし躊躇ってやめた。こんなに早く攻略を見るのは負けた気がする。


「……どうするんですかねこれ」


「……ハッ!? まさか初日に生徒会長に出会わなければ二日目のイベントが起きないんじゃねぇのか!?」


「えぇ……なんて鬼畜な……」


 初めからやり直して、放課後教室に生徒会長が来る前に教室をさっさと脱出して幼馴染の元へと向かう。すると、二日目では幼馴染との帰りの約束がされており、生徒会長とのイベントを回避できた。


「おぉ、進めた」


「なんてゲームだ……。ただのギャルゲーじゃないですよこれ」


 その後何日かすると、休日を暇を持て余して過ごした主人公が次の日の朝ベッドで死んでいるのが発見された。


「……また死んだ!?」


「ヒントが出てるな……『なんで私に連絡してくれないの……?』って……えぇ……」


「ウッソだろ……」


 休日の朝、アヤセちゃんに連絡を入れると、その日は用事があるから遊べないとのこと。


「じゃあなんで連絡させたんだよッ!!」


「……もういい、進めようぜ。考えるのはあとだ」


 先輩の言葉に従って、ゲームを再開。幼馴染との甘くも酸っぱい日々に、少しだけ心がポカポカとする。隣の先輩も、あぁいいっすね〜……なんて顔をほころばせていた。気持ちが悪い。


「……ヌッ!?」


 放課後残って先生から渡された仕事を終わらせようとした主人公は、幼馴染に一緒に帰れないと連絡を入れたのにも関わらず、背中を刺されて死んでしまった。


「また死んだ……。ってか、この黒い人って絶対アヤセちゃんですよね? え、なんで?」


「いやまだわからないだろ……。幼馴染がその程度で刺しに来るわけないって」


「ベッドで惨殺死体ができたのをお忘れで……?」


 GAMEOVERの画面に書かれているヒントは、30分おきに電話をしろとのこと。


 ……幼馴染が重たすぎる。


「……あっ、選択肢ミスった」


 『一緒にいた女の子って誰?』の質問に、『ただのクラスメイトだよ』と答えたら刺されて死んだ。やっぱり刺し殺してるの幼馴染じゃないか……。


「じゃあもう一個の『赤の他人だよ』だな」


 『赤の他人だよ』と答えたら、『ならなんで一緒にいるの!!』と言われて刺された。画面に浮き出るGAMEOVERの黒い画面に、俺と先輩の歪んだ顔が反射している。


「……なんだこれはッ!! 避けられないじゃないかッ!!」


「いや待て……最初のパターンと同じだ。クラスメイトの女の子と話さなければいいんだ。学校が終わったらトイレにダッシュだ」


「絶対これギャルゲーじゃない」


 なんとか選択肢を回避して、何日か進んでいく。そして、主人公はある想いに気がついた。もしかしたら、俺は幼馴染のことが好きなんじゃないか、と。


「遅い。ここまでが長い」


「流石に疲れたな……けど、あと少しでエンディングだ」


 ……クリスマス。とうとう幼馴染の女の子に告白をした主人公。晴れてカップルになった次の日、主人公は生徒会長から連絡を受けるも、選択肢でいいえと答えてイベントを回避。


 ……したのだが……。


 主人公の携帯の履歴を偶然見てしまったアヤセちゃんの挙動が一気に怪しくなってしまった。


「……なんかアヤセちゃんの目のハイライト消えてるんですけど」


「落ち着け……大丈夫だって安心しろよ……」


 その日の夕食は、アヤセちゃん一人の夕食だった。並んだお肉を頬いっぱいに溜め込んで飲み込んでいく。そして、全て食べ終わってから一言……。


『これでずっと一緒だね……』


「喰われたーーーッ!?」


「……Eエンド……まぁまぁ、他のエンドがあるみたいだしな? 探してみようぜ」


「またはじめからなんですがそれは……」


 ここまで来たら、辞めるに辞められない。仕方が無いのでこのギャルゲーを続行して、幼馴染との全てのエンドを攻略することにした。




〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜




「………」


「………」


 二人の仏頂面が画面に映る。ゲーム画面ではまたもやGAMEOVERの文字が浮き出ている。二人の目元は隈が酷く、時計の針はまさかの二周半も回っていた。勿論短針である。


「……何故だ。パターンは全て暗記した。日々教室にやってくるスピードが上がってくる生徒会長から猛ダッシュで逃げるためにフレーム単位での移動も身につけた。アヤセちゃんへの電話は忘れずに30分毎に掛け直してるし、他のヒロインとは好感度を1も上げていない。なのに……何故トゥルーエンドが見つからないんだッ!!」


「やれることはやった……だが何故だ。どこを見落とした……?」


 たかがゲーム一本に満身創痍な二人。流石にそろそろ休憩を入れないと過労でぶっ倒れるところまで来ていた。累計プレイ時間は26時間を超え、ゲーム機本体が熱で悲鳴をあげている。


「……一旦休憩だな。ギャラリーでも見てみようぜ」


 今まで見て来たエンディングの数々をギャラリーで見ることにした。ここまで来た苦行の数々を見せつけられて少しだけ精神的に削られたが、不思議な達成感がこみ上げてきている。


「……ん? 氷兎、少し戻してくれ」


 先輩に言われた通りに画面を少し前に戻す。すると、先輩の目がカッと開かれて、口が半開きになり持っているマグカップがカタカタと揺れだした。


「……氷兎、落ち着いて聞けよ……」


「はい……?」


「……幼馴染とのエンドの枠が、全部埋まってる……」


「……ファッ!?」


 確かに。見てみると全てのエンディングを見終わったようで幼馴染の枠が全て埋まり尽くしていた。だが……ここまできてまだ死亡エンド以外を見たことがない。隠しエンドでもあるのか……?


「Aエンド『ずっと一緒だね』、Bエンド『ずっと、一緒だね』、Cエンド『ずっと、一緒だね……?』なんだこれはたまげたなぁ」


「全部同じじゃないか!? A〜Zまで全部同じエンディング名じゃないですか!?」


「……ずっと一緒だね」


「ヤメロォ!!」


 なんなんだこのゲームは!! いいや、もう我慢出来ない。攻略サイトを見よう。そうすればトゥルーエンドへの行き方が載っているはずだ……。


「……あっ」


「……今度はなんですか」


「ごめん。俺が見たゲームサイト、俺が普段使ってる鬼畜ゲームズだったわ」


「どうりでこんなクソゲーが見つかるわけだ……!!」


 こんなゲームが売れるわけがない。攻略サイトを見てみたが、どいつもこいつもトゥルーエンドがないと発狂した挙句ゲームを売り払っている。なんてこった……。


「そもそも製作者は何を考えてこんなゲームを……」


 パッケージを持ち上げて裏面をじっと見つめる。製作者側のコメントがつらつらと書き連ねてあり、ゲーム制作が大変だったと書かれていた。そして注意書きが一言。


『注意。このゲームはフィクションではありますん』


「どっちだァァァァァッ!!」


 パッケージをベッドに向かってぶん投げた。もう流石に疲労がピークだった。本格的に眠りにつかないとやばいかもしれない。ふらふらと動きながら椅子に座り直した。そんな折に、俺達の部屋の入口の戸を誰かが叩いた。


「氷兎、出てくれ……」


「誰だこんな時に……」


 愚痴を零しながら、ふらふらとした足取りで玄関へと向かっていく。壁に手を伝わせながらようやく辿り着き、扉を開けた瞬間心臓が一瞬止まったような気がした。


「……あっ、ひーくんって……酷い隈だよ!? なに、どうしたの!?」


「ひぇっ……あ、ぇっと……なんでも、ないです……」


 扉を開けるとそこに居たのは菜沙だった。思わず心臓が飛び出そうになって、口がもごもごと発音できなくなった。不思議に思った菜沙が部屋の中に入ってきて、画面を見て驚き声を上げた。


「……ひーくんになんてものやらせてるんですかぁぁぁ!!」


「まっ、待て、落ち着げふぁッ!?」


 先輩に固めのクッションが投げつけられ、不幸なことに顔面に直撃する。その後菜沙が俺の元へと近寄って来て、幼馴染ってこんなのじゃないから!! 等と弁解をしてくる。


 ……いやもう、そんなことより……眠い……。


「ふぇ、ちょっ、ひーくん……?」


 力が入らなくなって崩れ落ちた先は、菜沙の身体だった。


 ……柔らかくていい匂いがする。このまま意識を手放してしまおうか……。


「ひ、ひーくん……えへへ……」


 ……鈴華 翔平が、薄れゆく意識の中最後に見たのは、幼馴染に抱きつきながら眠りにつく友の姿だった。それを見て、一言呟く。


「……トゥルーエンド、発見……」


 バタりとその場で倒れて動かなくなった翔平と氷兎。偶然その場に来た菜沙によって二人はなんとか次の日支障が出ないように休むことが出来たようだった。


「……GAMEOVERでしょこれ。俺らも、制作陣も」


 起きた時に氷兎はそう呟いたらしい。



To be continued……

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