第12話 天在村



 ───暇だねぇ。



 目の前にいる絶世の美女ともとてつもなく醜悪な言えるモノバケモノは退屈そうに欠伸をしながらこちらを見ている。気分が悪い。その黒よりも暗い、まるで暗闇そのものを表すような長い髪の毛が揺れて、自分を貶しているような気がしてくる。



 ───ねぇ、一つ気になったんだ。試してみない?



 嫌だ。その場から後ずさる。しかしよく動かない身体はすぐに彼女に捕まってしまい、そのまま拘束される。


 そして、なんてことはないように。例えるならば、子供の好奇心に溢れたような瞳で俺の眼を射抜く。その瞳は深淵のように深く暗い。吸い込まれて落ちてしまいそうな錯覚に陥った。



 ───私とヒトの子供って……どんな子が産まれるんだろうね?



 やめろっ。叫ぶも、彼女の手と巻き付く髪の毛が締め付けるせいで、その言葉はただの悲鳴へと変わる。彼女はただ不思議そうに、まるでその行為に意味はなく、結果に興味があるのだと言わんばかりの目を向けた。



 ───私のお願い嫌がらせ、聞いてくれる約束でしょう?



 逃げ場なんてものはなく、彼女は聞いてくれないのなら手伝わないと言い出した。あぁ、それは困る。困る、が……。


 ……その子に、産まれてくる子に罪はなくとも、きっとその子は幸せになれないだろう。すぐに死にゆく父と、誰もを魅了するありえない母。



 ───安心しなって。私これでも初めてだけど、自信はあるよ?



 ニヤリと笑うその表情に、俺は悪態をついた。そして、信用も信頼もしていないどこかの神様に向かって祈った。


 ……どうか、産まれてくる子が異形などではなく、幸せになれるような子でありますように。


 ……そして、どうか俺が発狂しませんように。



 ───君は私を一体なんだと思ってるんだ。



 とんでもないバケモノ。


 そう答えたら笑顔でぶん殴られた。




〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜





 ……車の揺れる振動が妙に眠気を誘う。おかげで車に乗って早々に眠りに落ちてしまったようだ。運転席に座っているのは、短い髪の毛の女性、加藤さん。そして助手席に座っているのは先輩だ。


「起きたの? もうすぐ着くから、準備と心構えだけしときなさい」


 その言葉に頷き、大きく息を吸って肺の中身がなくなると思うくらいに息を吐き出した。脈が早い。緊張しているようだ。気晴らしに外の景色を見てみると、舗装されていない道を走っているようだった。片方は木々が覆い茂る森、もう片方は畑だ。茄子や西瓜、トマト。見える限りではそのような野菜の数々が植えられているようだ。


 ……西瓜は果物? いや、西瓜は野菜だ。中学生でも知っている。


「……しかし、すごい道ですね」


「舗装されてない道なんて、そう滅多にあるものでもないわ。技術革新が進んで、田舎の利便性も上がった。知ってる? 田舎って昔は電車が1時間に一本しかないらしいの」


「……考えられませんね」


「そうね。けど、私達が今から行くところはそういう所よ。資料には目を通したよね?」


「えぇ、一通りは」


 木原さんから配られた資料には、これから行く集落の詳細が書かれていた。集落名を、天在村てんざいむらと言うらしい。技術革新の波に乗れていない昔からある集落で、その土地の土地神を信仰し、世に知らされていない風習があるらしいという噂があるようだ。


「私達は記者として潜入した諜報員の同社であるという体でいくから。そこら辺は宜しくね」


「了解です」


 ……と、言ったものの。潜入した諜報員の同社として話を進めるのはあまり得策ではないのでは、と思う。怪しまれはしないだろうか。村の人が殺した、という前提で話せば俺達も殺されるのではないか。


「……君のその心配は無用だよ。ちょっと思考を変えてみたらどう? これ以上同じ会社の人が帰って来なくなったら流石に怪しむ。そしたら、もっと多くの人や国家の力も借りることになって村の捜索をすることになる。村の人がそう考えるだけの頭があれば、私達を無闇に殺そうとはせずに穏便に帰そうとするはずよ」


「……なるほど」


 流石とも言うべきか。慣れているのだろう加藤さんには俺の考えていることは筒抜けの様子。そして、さっきから会話に参加しない先輩は何をしているのだろうか。


「あぁ、鈴華君ね。ゲームやって車酔い起こして眠ってるよ」


「……何やってるんだこの人は」


 頭を抱えた。こんな感じで大丈夫なのだろうか。


 ……いつもなら、大丈夫だ、問題ない。っと先輩が言ってくるのだが、本格的に眠りについている様子。この人からはゲームを取り上げた方がいいのかもしれない。




〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜




「よし、着いたよ」


 やっと着いたようだ。車から降りて、身体を伸ばした。座りっぱなしだったせいか、身体が痛む。先輩もどうやら起きたようだ。俺と同じように身体を伸ばしている。


「眠気がさっぱりするような新鮮な空気だな」


 言われてみれば、確かに。空気が透き通っているといえばいいのか。夏場だというのに妙に心地よい風が吹く。息を深く吸うだけで気分がリフレッシュするような感じだ。


 それはいいのだが……。


「……見渡す限り、転々とある民家と一面の畑。そして民宿はここの一箇所だけだ。まぁ、値段は安いみたいだよ。それとご飯が美味しいらしい」


 目の前に建っている、決して大きくはないが小さくもない民宿は、見てくれでわかるくらいに老朽化が進んでいる。だがしかし、それが実に味を出しているような気がしてならない。田舎の民宿と言えば、と言った感じだ。これはこれで悪くない。


「夜中に幽霊が出そうだな」


「……下手すりゃ幽霊よりもタチが悪いバケモノ相手してると、幽霊が特に怖くなくなるっていうのが不思議なもんですね」


「いや、幽霊の方が怖いだろう。なにせ剣が通らないからな……」


 まるで女の子のように怖がる加藤さん。いや、女性なんだけれども。しかし言ってることはただ脳筋こじらせた人のセリフなのが悲しいところ。結婚出来ないのは脳筋思考のせい……?


「蹴り飛ばすよ、唯野君」


「氷兎の言いたいこと、俺にはよくわかる。まさしく脳筋こじらせたセリフだが、問題はそこじゃない……。そう、外敵なんて恐れない加藤さんの幽霊を怖がるギャップ萌えがっ、あぁぁぁッ!?」


 笑顔で、しかし目だけが笑っていない加藤さんが先輩の背後に回って関節を極めた。ギリギリと嫌な音が聞こえてくる。先輩の悲鳴は、まるで地獄の阿鼻叫喚。だがしかし蜘蛛の糸は垂らさない。垂らしたら最後、糸が切れる前に無理やり手繰り寄せられることだろう。


「……はぁ。とりあえず、荷物下ろして民宿に置きに行くよ」


「はい。……先輩生きてます?」


「な、なんとか……」


 存外しぶとい先輩。中々に関節極められていたと思っていたが、動ける程度には加減されていたようだ。明らかにたてちゃいけない音をたてたり、手があらぬ方向に曲がっていたのが見えたりした気がするが、気のせいなのだろう、きっと。


 痛がっている先輩に目もくれず、加藤さんは自分の荷物を持つと、さっさと民宿の中へと入っていった。先輩は加藤さんがいなくなるのを確認した後に、少しだけ得意げな顔で言い放った。


「……やはり、女性の胸は柔らかかった」


「次は本気でやられますよ」


「合法的に女性にボディータッチされるのなら、いいのではないかと考え始めた俺がいる」


 これはもうダメかもわからんね。ONとOFFの切り替えどころか、未だにONの状態の先輩を見たことがないのだが。この人そのうちセクハラで連れていかれるのではないだろうか。


 そんなことを話しながら、車から荷物を下ろしていく。屋根の部分に括り付けた長い袋を地面に下ろす。勿論、中身は槍だ。布を巻き付け、その上で袋の中にしまってある。中身は何かと聞かれたら撮影用の道具だと言い張るつもりだ。


「ぐっ、なかなか重いな……」


 先輩は黒色のアタッシュケースを持ち上げるのに苦労していた。確か中には様々な銃が入っていたはずだ。ハンドガン、サブマシンガンなど。流石に狙撃銃の類はないようだ。愛用の銃であるデザートイーグル以外にはしっかりサプレッサーがつけられている。


 何故デザートイーグルにサプレッサーをつけないのかと聞いたら、カッコ悪くね、と返された。確かに、見た目はダサくなるが……愛用の銃で尚且つ高性能なのに普段使えないのはどうかと思う。ちなみに、俺の所持しているコルト・ガバメントにもしっかりサプレッサーはつけてある。


「しかし、コレ見つかったら警察行きですよね。その場合どうなるんですかね」


「オリジンだってことを証明すれば、なんとかなるらしい」


 そう言って先輩はポケットから身分証明用のカードを取り出した。『起源』を知るために作られたあのカードだ。先輩のカードには、両手で銃を持った男の絵が書かれており、その下には『射撃』と書かれている。名前の横の欄には、星のマークがついていなかった。


「先輩も、マークなしなんですね」


「……ん、マーク? なんだそれ」


「いや、名前の横に星のマークがついてる人は元から練度が高い優秀な人らしいですよ」


「へぇ〜、俺そんなの聞いた覚えなかったなぁ」


 この人の場合、素で忘れてそうだから参考にならないな……。おそらく、加藤さんのカードにはマークがついているだろう。確か木原さんが言うには、所属して即オリジン兵になったらしい。


 荷物を持って民宿に入っていくと、玄関に入ってすぐのところに淡い色の着物を着た女将さんが待っていた。


「お待ちしておりました。女性の方は先に行きました。お二人は別の部屋となっております」


「えっ、加藤さんと同じ部屋じゃないのか……」


「いや当たり前でしょうよ。流石に男二人と女一人はまずいですって」


「がーんだな。出鼻をくじかれた」


 さほど落ち込んではいない先輩と共に、この民宿の経営者である女将さんに案内されながら寝泊まりする部屋にたどり着いた。部屋は畳で、小型のテレビが置いてあり、真ん中には大きめのテーブルと座布団が敷かれていた。


 荷物を置いて、窓から外を見た。先程も見た光景が広がっている。川、畑、民家。のどかな田舎町だ。


「……一見、何もなさそうだがねぇ。こんな寂れた村に一体全体何があるのやら」


 先輩は荷物を下ろして整理しながらそう呟いた。確かにそうだ。こののどかな村で、人が一人死んでいる。しかも、おそらく殺されている。この窓から見える景色では、そんなものはありえないとしか思えないくらいだ。


 平和なこの村に……一体何の秘密が眠っていることやら。


 俺はただ、これからの不安と初の任務という高揚感に身を包まれながら調査の支度を始めるのだった。




To be continued……

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