第13話 調査開始

 虫のさざめきと、川の水が流れる音が聞こえる。子供が遊び回る声や、おじいちゃんとおばあちゃん達の話す声が聞こえる。私はただ黙々と境内を掃除していた。夏だから落ち葉は少ない。秋はもっと大変だ。


 ……けど、この生活ももうすぐ終わりになる。小さい頃から教えられていた役目。私は、神様と一緒になるみたい。ずっとそうやって生きて来た。


 この半分だけの世界で、私は生きてきた。


 何の疑問も抱かずに。




〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜




 時刻は昼過ぎ。民宿について休憩していた俺と先輩の前に女将さんが昼食を運んできた。地元で取れた野菜をふんだんに使ったもので、とても美味しかった。新鮮な野菜というのは、みずみずしくて、甘かったり味が濃かったり。もはやドレッシングなど不要と言わんばかりの物ばかりだった。


「いや、参ったね。俺野菜嫌いだけど今の奴は普通に食えるわ」


「えぇ。味付けに盛り付け。文句なしと言ったところですね」


「お前の着眼点はそこか……」


 家庭的な奴の脳内がどうなってるのかさっぱりだ、と言わんばかりの目を向けてくる。いいではないか、別に料理が好きだろうが家庭的だろうが。世の中生きていく上で必要で、需要もある。女の子にモテたいのなら自炊くらいはできた方がいい気がする。


「いや、結局顔と金だろ」


「それ言ったらおしまいなんですって」


 中学の頃から菜沙と議論していた内容に、女は結局男の何に惹かれるのかといったものがあった。無論第一に上がったのはルックスだ。次点で清潔感。まずこれらがないと女子との接触がないという話になった。


 私は優しい人がいいな、と世の女の子は言う。俺はそれに疑問を持った。果たして、『優しい』とは何なのか。私に対して優しいのか、それとも分け隔てなく優しいのか。それに、優しいにも種類があるのではないか。態度、行動、表情。女の子の求める『優しさ』とは……。菜沙に聞いてみたが、彼女は答えてくれなかった。答えられなかった、と言った方がいいのか。


「先輩は、美人で性格ブスかブスで性格超いいか、どっちか選べと言われたらどうします?」


「……とりあえずどっちかに全振りするのやめようぜ」


「中学時代の俺もそう答えましたよ。結局聞いてきた女子生徒は、結局顔で選ぶんだろと何選んでも無理矢理論破してきましたけど」


「いるいる。俺の時にもいたわ」


 ……さて、この問題でもルックスか性格かの選択問題になったわけだが。そも、何故人がルックスを選ぶのかというのに着眼してみる。ルックスは、『目に見える』のだ。だが一方、性格は『目に見えない』訳だ。いや、性格の何もかもがわからないという訳ではない。その人の行動を事細かく観察してデータを作って分析すれば、おそらく結論は出るだろう。


 それは置いておくとして。俺が言いたいのは、内面はどう足掻いても視認することができないのだ。よく人が言うだろう、俺はこの目で見るまで信じないぞ、と。聞きかじった情報や、見てくれだけではその人の内面の全てを理解することは出来ない。否、本人ですら理解できない。


 例えば、さっきの問題で性格を選んだとしよう。果たして、その性格は本物なのか、というところだ。気に入られるために作られた『私』と、本当の、言い換えるのならデフォルトの『私』は同一ではないだろう。他人にどっちが『私』なのと聞いても、決してわかりはしない。


「……という訳で、人はルックスで判断するわけですよ」


「なるほど……。けど、その話にはひとつ考慮しないといけない点があるな。人は顔を変えられる、という点だ」


 先輩の言う通り。人は整形すればある程度好みの顔に変えられるだろう。この顔は『私』なの? と聞かれたら、他者は勿論と答えるだろう。


 顔を変えたのに、それが本当の『私』でいいのか?


 だって、それはもはや不変のものだ。移ろい変わる心情などという不確かなものではなく、しっかりと視認できて尚且つ触れることも出来る確かなものだ。


 少なくとも、見えないものを信じるよりは何十倍もマシではなかろうか。


「まぁ、男なんてそんなもんだ。見てくれと優しさがあればコロッといっちまうもんだよ」


「否定はしませんけどね。それより、こんなグダグダしてて良いんですか? 調査しないといけないのでは」


「明日から本気出す」


「これ、一応自分の昇格任務なんですけど……?」


 小さくため息をついた。そんな時、扉がノックされた。入ってきたのは加藤さんだ。なにやら額に青筋が浮かんでいるように見えるが……。


「……君達いつ動くつもりかな?」


「すぐにでも」


「い、今からやろうと思ってたんすよ」


 背筋に冷たいものがはしる。この人怒らせると中々怖い。先輩の額には一筋の汗が垂れていた。どんだけ精神的に驚いてたんだこの人は。


 まぁ、俺的にはそろそろ動き出したかったところではある。美味い昼飯も食べて、気合十分やる気も十分。気持ちを切り替えるように立ち上がって、槍の入った袋を持って旅館の外へと出た。流石に銃は置いていく。隠して持ち歩くのが困難だからだ。


「先輩はアタッシュケースごとですか」


「まぁな。俺これないと戦えないし」


 持ち込んでいた銃をひと通り詰め込んだアタッシュケースを先輩は持って出てきた。先輩が言うには、近接は全くもって出来ないらしい。そう言った先輩の目は少し泳いでいたが……まぁ、銃しか持ち込んでないあたり本当に近接武器は使えないのかもしれない。


「さて、じゃあ私は周辺の森とかで死体がないか探してみたりするから、君達はここで情報収集をお願い」


「わっかりました!」


「了解です」


 ベテランの加藤さんは単独行動。中程の大きさの袋を下げて近くの森へと進んでいった。加藤さんの場合、得物はレイピアのような剣とコルト・ガバメントだ。隠すのには苦労しないし、更に『魔術師』の起源覚醒者なので素手でも戦えることだろう。


 残された俺と先輩は、とりあえず民宿の女将さんに尋ねてみることにした。なにしろ、泊まれる場所はここしかないのだ。諜報員もここに泊まっていたはずだ。


「いいえ、ここには誰も泊まっていませんよ? こんな辺境に来る人も多くはないですし……お客様達が久しぶりのお客様なんですよ。なので料理も少し手を振るいました」


 ……と、聞いてみたところ泊まっていないという返事が返ってきた。変だな、集落となると隣人間の情報の受け渡しなどでは済まない。集落全体に情報が行き渡るはずだ。つまり、ここまで人が来ないのならば他所の人が来た段階で情報が出回るはず。


 つまり、諜報員はこの集落で泊まるどころか来てすらいないということになる。それはおかしい。その諜報員は確かにここにいて、そしてこの集落で生体反応が消えたはずなのだ。


 とりあえず女将さんにお礼を言って俺と先輩はまた外に出てきた。時刻はまだ昼。お日様も傾いていない。熱い日差しが立っているだけでも体力とやる気を削っていく。


「……どう思います?」


「さて……不思議なこともあるもんだ。確かに諜報員はここにいた。でも、見たことも聞いたこともないときた。つまり……ある日突然記憶が部分的にすっぽり抜け落ちたと考えるか」


「光を直視したら記憶がなくなるみたいな装置は未だに開発されてませんよ」


「だよなぁ。考えたくはないけど、集落の人達が口裏合わせてるって可能性が一番か。まぁ、まだ聴き込み一人目だし、他の人の証言も聞かないとな。口裏合わせてるだけなら、何人か聞けばボロが出るさ」


 やれやれだ。初任務は中々に手厳しい。しかし、口裏合わせとくると……さっきの話を掘り返す訳では無いが、心を見る力とか、そういったものが欲しくなる。人の顔が物語っていなくとも、心が見えれば嘘か本当かわかる。


 そんなものがなくとも、顔の部分的な動作とかを見ていればわかるにはわかるんだがね。例えば、瞳孔、口端、視線の動きなど。何かを尋ねて、左上を見れば未来を考えていて、右上を見れば過去を思い出しているなんてよく言われるものだ。驚いていれば瞳孔が開くし、右口端が動けば嘘をついている、なんてのもある。


 心理学と呼ばれるジャンルになるのだろうこれらは、覚えることが出来れば情報収集にも大いに役立つことだろう。目は口ほどに物を言う、とはよく言ったものだ。


「さて、粗探しといこうか」


「とりあえずは、近くから回っていきましょうか」


 そう言って、ぐるりと周りを見回した。


 ……近くと言ってもまぁ、民家の間が結構空いているんだけどなぁ。移動が大変そうだ。今度田舎に調査に行く時は車じゃなくて大型トラックで自転車でも積んでこよう。




〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜



 ───ここ最近でこの集落に人は訪れませんでしたか。



「だんか来たのかって? いやぁ、おらがさ村にはだんれも来とらんよ」



「都会っ子なんて来やせんよ」



「よそから来た人かぁ? あんまウチらの村歩き回らんでよ」



「用が済んだらとっとと帰った方がええ。ウチらよそ者をあまり好まんでなぁ」







 ……色々と歩き回ってみたものの、有力な情報は得られず。それどころか、よそ者に厳しいときた。時には話もせずに突っぱねられる時もある。調査は思ったよりも難航していた。


「……じい様ばあ様にイラついたのは初めてだ」


「奇遇ですね、同感です」


 ここまで来ると、むしろ怪しいものだ。隠そうとするあまり、隠すという行為自体が浮き出している。これでむしろ何も無かったのなら、本当に誰も何も知らないということになる。


「あぁクッソ! 調査がここまで面倒だとは……!!」


「まぁ、焦らず行きましょう。まだ来て一日目ですよ」


 空を見上げた。日が傾いてきて、もうすぐ夕暮れとなる。そろそろ歩き回って疲れも溜まってきていた。舗装されていない上に、距離も長いとなると疲れることこの上ない。携帯の方に加藤さんから連絡も入っていないので、あちらも特に進展はないだろう。


 今日はもうやめにしよう、と思っていたときだった。民宿に向かう途中で、赤い鳥居を見つけた。古く、所々赤味が抜けているようにも見えるが昔からある神社のような風格を保っている。その鳥居の奥には、そこそこ長い階段があった。


「神社か。どうする、神頼みでもしていくか?」


「……まぁ、やらないよりはいいでしょう。それに、中々良さそうじゃないですか」


「確かに。木が覆い茂る中にある神社。狐が出るか、ワープするか、どっちかだな」


「もしかしたら、忘れられたものが行き着く地へと行けるかもしれませんね」


 なんて、冗談を言い合いながら長い階段を上っていく。周りの木や、雰囲気などのおかげで階段を上るのは苦ではなかった。いや、オリジンに所属してから訓練はしてるので体力はついてきている。そのおかげでもあるのだろう。


 一段、一段、としっかり踏みしめて上っていく。そして遂に階段を上りきることが出来た。


「……お、おぉ……!?」


「…………!?」


 ……上りきった先にあったのは、上る前から予想できていた古びた神社。しかし、それだけではなかった。綺麗に整備され、掃除までされている境内。並んでいる像や地蔵もしっかり綺麗にされている。そして……。


「…………?」


 こちらを見つめて首をかしげている女の子がいた。紅白の巫女服と呼ばれるものを着込み、見ただけでわかるような手入れがしっかりとされた長く黒い髪。掃除用の竹箒を持つ、見るからに華奢な手。夏の暑さのせいで薄らと汗が滲んでいる額。背丈は、俺よりも少し低い。可愛らしい顔つきで、推定年齢は同じくらいだろう。


 そして、巫女服と同様に目を引いたのが、左目の部分に着けられている眼帯だった。


「……どうやら、本当に幻想の地に足を踏み入れたらしい」


「変態発言はNG。少し静かにしてください」


 この村で見かけることの少ない低年齢層……そして、話も聞きやすそうだ。この子なら何か知っているかもしれない。そう思った俺は、少し気恥しい思いに駆られながらも目の前で驚いたまま固まっている女の子に話を聞いてみることにした。



To be continued……

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