第二章 未知の理解とは幸福なりや?

第11話 支度

 未知を理解するのは、素晴らしいことだと思うか。人は太古から未知を恐れてきた。その結果生まれたのが妖や鬼という御伽噺の存在だろう。


 では、例えば相手の考えがわかるとして……それは本当に素晴らしいことだろうか?


 君はきっと思うよ。こんなもの知りたくなかった、と。


 何たる矛盾。何たる我儘。未知は恐ろしいと言ったのに、理解した途端更に恐怖するのか。


 誰も知りたいものだけ、理解したいものだけを理解するなんて不可能だ。


 さぁ……未知の理解とは、本当に幸福なのかな?




────────────────────




 朝を迎えて先輩と共にゲーム談義をしていると、俺と先輩に放送で招集がかかった。司令室まで来いとのことで、服装を整えて司令室の前へ。隣に並ぶ先輩の顔は緊張のせいか少しこわばっているように見えた。


「一般兵鈴華、訓練兵唯野二名、ただいま到着しました」


 部屋に入って、椅子に座って碇ゲンドウスタイルで待っていた上司……木原さんの前で揃って敬礼する。本当はしなくてもいいのだが、何事も雰囲気でなんとかなるという先輩の言葉でやらざるを得なくなった。一応軍隊ではないので、法律的にも引っ掛かりはしない……と思われる。


「ご苦労。早速だが、今回呼んだのは唯野の昇格任務についてだ」


「……早くないですか?」


 まだこの組織に所属して2週間しか経ってないんですがそれは。流石に早すぎるのではないですかね。そんな疑問を投げかけると、木原さんは後ろにあった画面に俺の訓練データを映し出した。


「見たところ、最近は大分戦えるようになってきている。戦闘面では問題ないだろう。しかし、戦えるだけがオリジンな訳ではない。現地での情報収集、情報を漏らさずに情報を得る、そして信頼の勝ち取り……そういった能力も必要だ」


「はぁ……」


「そして、今回丁度いい任務が用意できた。これの出来次第で、訓練兵からは卒業となる」


「俺は氷兎の付き添いっすかね?」


「あぁ。お前と、後オリジン兵である加藤も一応つける。万が一はおそらくないだろう」


 まさかの加藤さんも一緒についてくるらしい。戦闘面に関しては、この中で一番高いだろう。いやむしろオリジン兵になっている段階で俺達よりも高いことは歴然だ。木原さんは画面の映像を変えると、再び説明を始めた。


「今回の任務だが、ある山奥の集落に派遣していた諜報員の消息が途絶えた。元々変な伝統があるという噂の集落で、その調査に行かせた訳だ。しかし三日経っても連絡が帰ってこない。渡したカードの反応を見るに、生体反応が消失していることが判明した。諸君らにはその集落で何が起こったのかを突き止めてほしい」


「生体反応消失って……死んでるって事ですよね!? そんな危険な任務に初っ端からコイツを連れていくんですか!?」


 先輩が抗議の声をあげる。確かに……中々に恐ろしい任務の内容だろう。集落の人が諜報員を殺したという可能性がない訳でもないが……あんなバケモノの存在を知っている現在だと、バケモノが絡んでいるのだろうとしか思えない。


 木原さんは、ただ淡々と言葉を述べていく。これも昇格試験だ。第一割ける人員も少ない。オリジン兵も一緒だからそこまで大変な目には遭わないだろう、と。


 ……第一印象は、良くもなく悪くもない人ではあった。だが、こうして再度対峙してみると……なんだかとても冷徹な人なんだという印象を受ける。何かの目的のために、別の何かを切り捨てられる。合理的な判断の元で、ただ淡々と物事をこなすような……そんな人のように思えた。


「まぁ、受けるも受けないもお前次第だ。どうする、唯野?」


「氷兎、悪いことは言わない……。俺は流石に危険だと思うぞ」


 先輩は心配そうな目でこちらを見てくる。先輩は前の戦いで共に戦っていた同僚を失っていた。きっと、ここまで言ってくれるのもそれがあったからだろう。俺もそうなるのではないか……と。


 ……しかし、受けなければ昇格はできない。早いところ、実力を伸ばしていかなければならないのだ。そう考えると……やはり、受けた方がいいのだろう。


 俺は、木原さんに受けると頷いて返した。その俺の反応に、先輩は後頭部を掻き、木原さんは満足げに頷いて口を開く。


「まぁそういうことだ。加藤には連絡しておく。出発は明日にして、今日は準備をするといい」


「わかりました。しかし……任務となると、七草さんがついて来たがりそうですが……」


「今回はダメだ。昇格任務だからな」


「……了解です」


 懸念していたことの確認も取れた。七草さんは俺が任務に出ると言ったら絶対についてこようとするだろう。別に構わないんだが……やはり心配だ。


 彼女は『英雄』である以前に、女の子だ。それなのに危険な場所で戦わせるなんてあまりさせたくない。一歩間違えれば死ぬような世界だ。そんな世界で……まだ、彼女を護れるだけの力のない俺が一緒に戦うのは、怖すぎる。


 頭の中で色々な想像を繰り広げる中、木原さんに退室を促された俺達はそのまま外に出ると、すぐに先輩が話しかけてきた。


「……本当に、大丈夫か? 怖くなったら、俺が取り消すように頼んでくるけど」


 先輩はまだ不安なようだ。けれど、俺だって訓練はしている。毎日毎日サボることなくやっているのだから、少しは身になってるはずだし、怖くないといえば嘘になるが……大丈夫だろう。俺は先輩に、ほんの少し笑って言葉を返した。


「大丈夫ですよ。本音をいえば怖いですけど……そんなこと言ってられないです。俺は、せめて菜沙達を護れるくらいに強くならなきゃいけないですから」


「……そっか。なら俺は特に何も言うことはないかな」


 安心しきったような表情の先輩は、強めに俺の肩を叩いたあとニヤリと俺に向かって笑いかけた。


「まぁ、なんだ。困ったら頼れよ、俺はお前の『先輩』だからな!」


 ……その笑い方はどことなく自信と優しさを含んでいて、見る人に安心感を与えるようなものだった。不安だった心は晴れて、身体が少しだけ楽になった気がする。まったくこの人は……っと軽くため息をつきながらも、笑い返した。


「……えぇ。頼りにしてますよ、先輩」


「ひひっ、なんか恥ずかしいなコレ!」


「言わないでくださいよ、俺だって結構恥ずいんですから」


 通りすがる人たちが、訝しげな目で見るくらいに笑い合いながら俺達は自分達の部屋へと戻って行った。




〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜




 部屋に戻ってきて、いざ支度となると何を持っていけばいいのか中々思いつかない。長期滞在になる可能性もある。着替えは多いに越したことはない。後は治療セット、ソーイングセット、非常食など。こんなものだろうか。


「先輩は何か持っていったほうがいいものとかあります?」


「俺も滞在任務は初だからなぁ……正直分からん。とりあえず重くならない程度に詰めとけ」


 先輩も滞在任務をしたことがないようだ。しかし、だからといって鞄の中にゲーム機突っ込むのはどうかと思いますよ。流石に俺もゲーマーだが、任務だというのにゲーム機は持っていこうと思わない。


 とりあえず必要になりそうなものを詰め込んでいく俺を見ていた先輩が、どこか感心したような顔で話しかけてきた。


「……氷兎、お前って随分と家庭的だな」


「……そうですかね?」


「男で料理できて、裁縫から何からできるって何気にすごいと思うぜ。俺はそういったのはからっきしだ」


「まぁ、昔から菜沙と一緒に色々やってましたから」


 懐かしいものだ。お嫁修行と題して菜沙が俺に色々な事を教わりに来たのは何年前のことだったか。少なくともまだ彼女が料理が上手くなかった時のことだ。俺に得意なことはないけど……代わりと言ってはなんだが、いろいろと試していたからなぁ。親の代わりにやっていたとはいえ、料理も裁縫も特に何の苦もなく出来た。まぁ、すぐに菜沙に追いつかれて抜かされそうになっているが……。


 そんな俺の、数少ない趣味の珈琲だけは誰にも真似されない。ちゃんと豆から炊き始めて専用の機械まで使う。本格的な珈琲メイキングだ。


「……いや、誰も真似しないってそんなの」


「この奥深さがわからないのは……損してる気がしなくもないですけどね」


「きっとそう思うのは本場の人とお前だけだ」


 よっと、と声を出して先輩は荷物を纏めあげた。ゲーム機まで入っているはずなのに見てくれはコンパクトに纏まっているように見える。周りの散らかり具合は酷いものだが。


「周りの片付けしたらどうです?」


「手がつかないんだ。それに下手に弄るとパスワードとかコマンド書いた紙が紛失する可能性が出る」


「むしろ今の方がなくなりそうですけど」


 酷いものだ。先輩の私物として使われる机の上にはゲーム機と紙が何枚か散らばっていて、他の場所には漫画や攻略本がそのまま置かれている。今どきの男子高校生でももう少しまともな部屋だろう。


 苦言を漏らしながらも荷物の整理を進める中、先輩は今回の任務についての話を切り出してきた。


「……しかし、今回の任務は物騒だな。俺が今まで受けたのは、建設現場の夜間見回りと、事前調査とか。あとは地下水路の神話生物退治とか、そんな感じだった。ところが今回は一変して諜報員の死因究明ときた」


「生体反応が消失ってことはまぁ……死んでいる、ということなんでしょうけど。獣に襲われて死んだとかいう可能性はないんですかね」


「獣に襲われて死んだのなら、今頃ニュースにでもなってるさ」


 やれやれ、といった感じで先輩は肩を竦めた。最近のテレビではそういったものは報道されていない。となるとやはり、諜報員が死んだ可能性があるのはその集落だろう。


 携帯で調べてみても、最近そういったニュースはなさそうだ。人が調べている傍らで先輩は、まぁそんなことより……っと壁に立てかけてある槍を見ながら呟いた。


「武器を隠す方法をなんとか考えないとな。特にお前のその槍は隠しようがないだろ」


「……そういえば、確かに」


 身の丈程もあるこの槍をどうやって隠したものか。袋かなにかに入れても大きさ的に怪しまれるだろう。刀も隠しにくくはあるが、槍よりマシだろう。幾つか方法を考えるが、どうにもしっくりこない。まだ時間がある事だしっと俺は考えるのをやめた。


「まぁ、後々考えましょう」


「面倒ごとは後に回すと手につかなくなるぞ。ソースは俺」


「見りゃわかります。それに、自分そこら辺はズボラじゃないんで大丈夫です」


 まぁ、偽装するくらいならいくつか候補はある。例えば布を巻き付けて旗にするとか。そしてそれを掲げて高らかに叫べばいい。リュミノジテ・エテルネッルッ!


「ラ・ピュセル」


「先輩、それ自爆技ですよ」


 流石にやらないとも。俺はもう立派な高校三年生だった人間だ。厨二病はかかる以前に発症すらしなかった。懐かしき中学時代。俺がまだ部活に熱心だった頃……クラスにいたなぁ。目に入れても痛い上に言動も痛い男の子が。


「酷評過ぎて草生える」


「どこにだっていますよ、きっと。いませんでしたか?」


「あぁ……確かいたような気がするなぁ……」


 どこか懐かしむような遠い目になる。俺も少しだけ過去を思い出そうとした。しかし、過去に過ぎた日々はどれも菜沙といる光景ばかり。部活は楽しかったが、強くなれたわけじゃない。充実していたのか、と問われれば……まずまず、といったところか。断言できない辺りが、俺の灰色の人生を物語っている。


 ……その灰色の世界で色がついていたのは菜沙だけだ。今はどうなのか、と問われれば……最悪に近いと答えられよう。色に例えるならば、赤と緑。血液と奴らの体液だ。過ごす非日常は無情にも神経をすり減らしていく。


「……おっ、懐かしい。なくしてたと思ったもんが見つかると嬉しいもんだな」


 俺に言われて身の回りを少しだけ整理していた先輩は、なくしていたゲームソフトを見つけたらしい。


 ……おそらく、先輩がいなかったらもっと俺の神経はすり減っていただろう。この人が同じ部屋の住人で良かったと心の底から思った。もっとも、それを言葉にすることはきっとないんだろうが。


「……ん、来客か?」


 部屋をノックする音が響いた。先輩が扉を開けに行くと、そこにいたのは菜沙と七草さんの二人だ。彼女達は先輩に挨拶をすると、すぐにこちらに向かって歩いてきた。菜沙はどうにも意気消沈しているようで、表情は暗い上に、落ち着かないのか両手を合わせては離しを繰り返している。


「ひーくん……任務って、本当なの?」


「……まぁな。昇格任務だとさ」


 困ったように後頭部を掻きながら答えた。二人もどうやら木原さんから聞いたらしい。七草さんは不機嫌そうだ。頬がぷっくらと膨れている。


「もうっ、氷兎君のこと護るって言ったのに着いていけないなんて!」


「まぁ、次からは一緒だろうさ。今回は我慢してくれ」


 出来ることなら、彼女には戦って欲しくはないが。それはおそらく叶わない願いかもしれない。『英雄』である彼女には戦う運命が定められているのだろう。きっとそれは、悪しきを打ち破り、人々に安寧をもたらすことになるのかもしれない。


 ……いやはや、まったく。護りたいものほど、俺にとっては遠く感じてしまう。早く、せめて隣でなくとも足を引っ張らない程度には強くならないと。


「……次からって……わかってるのっ!? ひーくん、下手したら死んじゃうかもしれないんだよ!!」


 だが、どうやら菜沙は俺の返事が気に食わなかったようだ。一気に距離を詰め寄ってきて、半ばヒステリック気味に問い詰めてくる。彼女の言う通り、死ぬかもしれない。確かにそうだ。だが……。


「……そんなもん、承知の上でここにいる。怖がってたら、前には進めない。いざって時にお前達を護れなくなる。そんなのはごめんだ」


「けどっ……!!」


「はいはい、そこまで。一旦落ち着け二人とも」


 俺と菜沙の間に入った先輩が仲裁した。ニヤリと笑って、わざとらしい演技のかかった動きで俺の背中を叩きながら話し始める。


「心配なのはわかる。大事な幼馴染だもんな。けど、こいつだって男の子だ。意地とプライドってもんがある。大切なものは自分で護りたい。男の子って、そういうもんなのよ」


 一人で語って頷いている先輩を他所に、菜沙は俯いた状態で俺に話しかけてくる。彼女のその不安そうな声色が、やけに胸の奥に響いた。


「……嫌だよ。ひーくんがいなくなっちゃったら……」


「……俺達が所属したのは、そういう組織だ。仕方のないことなんだよ」


 気まずくなって視線をそらした。困ったもんだ。こういう時、どうしたらいいのか俺にはわからない。先輩に視線を向けると、自分でなんとかしろと言わんばかりの目を向けられた。心の中で、大きなため息をつく。どうしたらいいのかわからないが……正直に自分の気持ちを伝える他ないんだろう。彼女の俯きがちなその目を見ながら言う。


「……まぁ、なんだ。確証があるように言うのは好きじゃないけど……ちゃんと、帰ってくるから」


「……本当に?」


「……きっと」


 ……絶対に帰るよ、なんて言えなかった。死なないなんて保証はない。今だって、隕石が降ってきて死ぬ可能性がある。確率は、100%にはならない。だから、俺が彼女に言える言葉はこれだけだ。


「安心しなよ菜沙ちゃん! 君の幼馴染は、この超有能な俺がしっかり護ってやるからさ!」


 ドンッ、と胸を叩いて誇らしげに宣言する。彼なりの安心のさせ方なのだろう。少しは落ち着いたのか、菜沙は俺の手を握ると、ほんの数秒だけ目を閉じて祈るように握る力を強める。目を開けた彼女は、腑に落ちない様子ではあるが、精一杯笑って俺に言ってくれた。


「……わかった。待ってるから、帰ってきてね」


「……おう」


「私も、死んじゃ嫌だからね。菜沙ちゃんと待ってるし、何かあったらすぐに助けに行くから」


「ありがと、七草さん」


 各々、伝えることを伝えて彼女達は部屋から出ていった。菜沙に握られていた手を何度か握り直し、彼女達が出ていった扉を見る。死ぬわけにはいかない、何としてでも。


 一連の騒動を収めようとしていた先輩は、俺にも聞こえるくらい大きく息を吐いて、羨ましげにこちらを睨んでくる。


「良いもんだなぁ、幼馴染と美少女とか」


「僻まないでくださいよ」


「うるせぇ。ってか、俺の隣で死亡フラグを建てるんじゃねぇよ馬鹿野郎!」


「俺がいつ建てたんですか?」


「おま、女の子にちゃんと帰ってくるよ……とか、死亡フラグだろどう考えたって!」


「えぇ………」


 その程度で死亡フラグになってしまうのか。いや、あれただ普通に返事を返しただけなのに。じゃあどう返せというんだ。死ぬ気は毛頭ない、とでも言えば良かったというのか。こんな時にラノベ主人公ならどう言うんだろう。当てにならなそうな作品がつらつらと浮かんでくる中、先輩はやれやれと言った様子で肩を竦めた。


「しかも俺のフォローも意味がなくなったしよ……」


「それはすいません。しかし、超有能ってなんなんですか」


「俺は有能だぜ? 知らないのか?」


「戦闘スタイル見たことないですからね」


 そう答えると、突然先輩は何か考えついたような表情を浮かべて、ひとりでに笑い始めた。この人たまに怖いと思う。一体何を思いついたというのか。先輩は腹を抱えたまま、俺に向かって告げる。


「お前は俺が有能だと知ってるはずだ。You know 有能、ってな! くっ、はははははははっ!」


「……こりゃ酷い」


 くっそくだらないギャグ。しかも聞いてるのは俺だけ。まったく夏だと言うのに、冬みたいな寒さだ。アホくさ、恥ずかしくないのかよ。そう伝えたら、ん……まぁそう……なんて曖昧な返事が返ってきた。この人の頭の中、案外空っぽなのではないだろうか。





To be continued……

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