第8話 幼馴染との馴染み

 発砲音が響く。辺りには死体が数えられないほど転がっていて、火薬の匂いと血の匂いだけが満ちている。死体は男でも女でも何一つ変わらず身体や脳を撃ち抜かれ、あるいは鋭利なもので斬られた状態だった。



 ───なぁ、俺は後何人殺せばいい?



 返り血で染まった彼は、俺に尋ねた。俺はただ、返す言葉もなく俯いていた。見たくはなかったのだ。彼のその表情を。


 いつも明るく、飄々としているようで実はしっかりしていた貴方の……その憎悪と悲しみに満ちた表情を見たくはなかった。いつものように、貴方には明るい表情のままでいて欲しかった。



 ───ハ、ハハハ……あぁ、ざまぁみろ……。お前らは、アイツらにこれでも償えないほどの苦しみを負わせたんだ……。楽に死ねるだけ有難く思えよ……。



 ……言葉が出なかった。ただ、俺は仲間が欲しかったんだ。一人では無理だと思ったから。貴方なら賛同してくれると思ったから。けど……貴方のそんな顔を見るくらいなら、真実を伝えなければよかったと思った。



 ───ハハハハハ……なんだか、疲れたなぁ……。



 彼の瞳は、とても曇っていた。少なくとも、俺以上に。だって貴方は優しいから。きっと貴方は俺以上に人を殺している。きっと貴方は俺以上に傷ついている。きっと貴方は……誰よりも悲しんでいる。



 ───なぁ、正直に言ってくれよ。俺はお前と一緒に戻れないんだろう?



 ……頷けなかった。あぁそうだ。これは、俺一人しか戻れないのだ。貴方はこの世界で生きていかねばならない。それはとても苦しいことで、俺もこんなことになるなら貴方を誘うべきではなかった。



 ───わかってたんだ。それに、さ……きっと俺が一緒にいても、足でまといだ。お前は気が付けば、随分と遠くに行っちまったな……。なぁ、相棒?



 両眼から涙が溢れ出した。枯れてしまったと思っていたのに。あぁ……どうして、こうなったんだろうな……。



 ───悪い。俺はもう疲れた……。一足先に、あの娘の所に行くよ。もっとも……俺はきっと、天国ではなく地獄行きだろうけどさ。



 彼はその手に持っていた銃を俺に渡した。彼が昔から好んでいた銃。名を、デザートイーグル。彼は多くの銃を所持していたが、これの使用率はダントツだった。


 ……しかし、貴方が俺にこれを渡したということは……。



 ───お前の手で、俺を殺してくれ。なに、気に負うことはない。お前は正しいんだ。ただ……俺は疲れたってだけだ。お前のせいじゃない。これは、俺が選んだことなんだ。



 貴方は両手を広げて、上を見上げた。罅が入った天井が見える。最早その天井は昼も夜も映さない。ただの壊れた液晶画面だ。



 ───お前に会えて、本当によかった。楽しかったぜ、相棒……。



 ……俺も、貴方と会えてよかった。けど、出来ることなら……もっと別の出会い方をしたかったものだ。そうでしょう、先輩。



 ───……あぁ、まったくだ。なんだか、こんなシーンがゲームでもあったのを思い出すよ……。『お前ともっと別の出会い方をしていたら、きっと友達になれたかもしれないのにね』ってな……。



 ……えぇ。そうですね……。きっと、一生モノの友達になれたことでしょう。友人を超え、相棒を超えた……親友に。



 ───アイツも、アッチに居るのかね……。ハハッ、いたら退屈しなさそうだ……。



 ……もはや身体の感覚すらないこの身体を動かして銃口を彼に向けた。彼はただ、薄らと壊れたように笑っていた。


 ……違うか。貴方を壊したのは、きっと俺だ。



 ───じゃあな、■■。



 ……さようなら、先輩。





〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜






 ……アラームの音が聞こえる。目を開けてみると、そこにはそろそろ見慣れてきた天井が目に入った。真っ白で綺麗な天井だ。


「ふぁぁぁっ」


 反対側のベッドには、まだ先輩が眠っていた。この人はいつも起きるのが遅い。夜中まで一緒にゲームをやってたりするから、それが原因なんだが。むしろそれこそが原因なんだが。一緒になってやってるから特に何も言えない。


 俺がオリジンに所属してから、もうそろそろ一週間か。この一週間、ただただひたすら基礎訓練やVRによるヴァーチャルトレーニングを繰り返していたが……強くなったという気はしない。それと、自分の戦闘方法の確立もまだ定まらない。


 人には、得意不得意といったものが必ずしも存在する。それがないのはとんでもない超人か、不得意しかない可哀想な人かだろう。俺はどちらかといえば後者な気がしないでもないが……。


 この組織に入ったからにはあのバケモノと戦わなくてはならない。そんなこと重々承知していたはずだけど、どうもまだダメだ。いろいろな武器を試してみたものの、どうもしっくりこない。見た目と、取り扱いから刀を選んで使ってはいるけど、他の武器も試すべきだろうか。


 射撃訓練も、あまり良い成績とは呼べない。支給されたのは、コルト・ガバメントだったか。通称M1911、だっけ。詳しくは知らないが、先輩は結構詳しかった。ガンシューティングが得意で、気がついたら詳しくなっていたとか。そういえば棚にその手のマガジンが置かれている。


 有名な自動拳銃で、信頼性も高いらしいが、ド素人が扱ったところで、弾が狙った場所に飛んでいくわけがない。


「……はぁ」


 ため息がこぼれた。基礎トレーニングは割とすぐに終わったっていうのに、戦闘訓練をするヴァーチャルトレーニングだけはどうも上手くいく気がしない。VR装置なんてものも眉唾だったけど、それに自分の情報を電子情報として取り入れ、好きな設定で好きな相手と戦える、なんて……今になっても信じ難い技術だ。まだフルダイブゲームは開発されてないのに。


 身体の動きも何もかもが自分の限界までしか出せない辺り、本当に意味がわからん。イメージトレーニングの上位互換と思えと言われたけど……だったら、痛覚くらい遮断してくれ。死ぬほど痛い。


 VRに痛覚があるとか厄介にも程がある。殺した感覚もしっかりとあるし……現実世界と大きな変化がない。刀で斬れば、手には肉を絶った感触が残り、返り血は生温く、匂いも残る。唯一現実と違う点は、死んでも生き返ることが出来る、というところしかない。


「………?」


 コンッコンッ、と部屋の扉がノックされた。こんな朝早くに一体誰だろうか。寝間着から着替える暇もないので仕方なくそのまま部屋の扉に向かって歩いていく。


「おはよ、ひーくん」


 扉を開けると、そこにいたのは菜沙だった。彼女は普段通りの格好で、俺のように寝間着ではなく私服であった。基本女性は男性寮に来てもいいが、だからといって、男だらけのこっち側にそんな頻繁に来るのはよして欲しい。連れてかれたらどうする気だ、こいつは。


「おはよう、菜沙。こんな早くからどうした?」


「最近どうかなって。ほら、前まではもっと一緒にいれたけど、オリジンに入ってから一緒にいる時間短くなっちゃったから……。疲労とか溜まってない?」


「いいや、俺は大丈夫だよ。菜沙の方は? もう結構仕事とか慣れた?」


「私も大丈夫。基本的には七草ちゃんと一緒に過ごしてるから、話し相手には困らないしね」


 彼女は微笑んだ。普段通りの彼女に戻ってくれて心底ほっとしている。オリジンに入ってからすぐは……思い出すだけでも色々な感情がせめぎ合う。菜沙の両親に説明する時、そりゃもう二人共怒っていたし。あんな風に怒った二人を見たことがなかった。今までは、二人共とても優しいと思っていたけど……あの時の剣幕は凄まじく、今でも鮮明に思い出せる。


『なんで私の娘がそんな危険なモノに入らなければならないのですか!?』


『氷兎君の両親が死んでしまったのは心苦しいが、うちの娘を巻き込まないでくれるか!!』


『菜沙、私は許しませんよ!! そんなのに入ってどうするの!!』


『私はひーくんと一緒にいるの!! もう決めたんだから!!』


 言っては言い返しの酷い口喧嘩だった。それもそうだろう。彼女の両親にとって、菜沙は大切な一人娘だ。愛情を注いで育てられ、目に入れても痛くないどころか保養になるような、それでいて優しい女の子に育ったのだ。その大切な娘が、いきなり命の危険がある場所に入るだなんて言ったら、きっと俺に子供が出来たとしたら絶対に反対することだろう。


 ……だが、彼女は決して折れなかった。頑なに拒んだ。


『私なら大丈夫だよ!! 絶対にひーくんが護ってくれるから!!』


『そんな小僧に何ができるというんだ!!』


『護ってくれたの!! だから私もひーくんの隣で護るの!! 私は、ひーくんの隣にいるの!!』


 ……今にして思えば、とんでもない黒歴史を彼女は作ったのではなかろうか。居合わせた俺も中々に恥ずかしい思いをしたが。


 許可は貰えたけど、しばらく塞ぎ込んでたしなぁ。両親になんてことを……って言ってたけど。涙目で、それでも残ると決断してくれた。俺のために。


 ……護らなきゃなって、そう思った。いや、以前から思ってはいたんだ。けど、それとはもっと違うベクトルだ。今までは虐めや暴漢から護るために隣にいたが……これからは、彼女の命までも背負わなければならなそうだ。少し気が重くなるが、責任は果たさねばならない。


「そういえば、ひーくんの特訓風景見てないなぁ……。今日見てもいい?」


「別にいいけど……あまり見れたもんじゃないよ?」


「大丈夫だよ。私これでも結構強いんだよ、ここ」


 そう言って彼女は自分の胸を叩いた。あぁ、哀しきかな双璧よ。そこには水すら貯まるまい。視線を上げれば、半目で睨んでくる菜沙がそこにいた。


「……ひーくん?」


「……なんでもないです」


 女性にはやはり第六感という隠されたものがありそうだ。どうしてこういう時に限って人の心を見通してくるのか。不思議でならない。読心術はもうちょっと別な場所で使って、どうぞ。


「……まぁいいや。着替えてご飯食べてから行きましょう?」


「はいよ。菜沙は食べたの?」


「ううん、まだだよ。ひーくんのが食べたいなぁ……。ダメ……?」


「……まぁ、冷蔵庫にロクなもん入ってないから、いいものは作れないけどそれでいいなら」


「いいよ。私は、それがいいの」


 ニッコリと笑って、彼女は部屋に入ってきた。机に座って、俺の料理風景を眺める。その光景は、以前も度々あったものだ。


 ……壊れてしまった以前に戻れた気がして、本当に少しだけ……気が楽になった気がした。こんな日々がずっと続くとは思っていない。それでも、この日々が続けばいいと願うのは悪いことではないだろう。




To be continued……

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