第7話 仲間
木原さんから渡されたカードを見て驚愕した状態で固まってしまった。横から菜沙と七草さんがそれを覗き見て、木原さんに抗議の声を上げる。
「なんでひーくんが殺人鬼なんですか!? おかしいですよ、こんなの!!」
「そうです。氷兎君はそんな人じゃない!!」
「いや、私に言われてもな……タケミナカタが変な挙動をしていたし、恐らく何かしらの不具合があったのかもしれない。起源も漢字ではなく、片仮名でサツジンキと書かれているからな」
俺自身に関しては、それに対してどうこう思ったりはしない。君は殺人鬼なのだ、と突然言われても理解できる方がおかしいだろう。『起源』とは、その人の辿る経路か終着点、行動理念を表すものだと教えられた。ならば、俺は殺人鬼になる結末があると?
……いやいや、まったくもって笑い話にもならん。好んで人を殺そうだなんて思わないし、今まで生きてきてそんな兆候全くなかった。無意識のうちに人を殺していた、なんてこともありえない。なにせ隣には必ずと言っていいほどに菜沙がいたのだから。
「とりあえず……それが君の個人を証明するカードだ。なくさないでくれ。次は君達だ」
次に入ったのは七草さんだ。俺の時とは違い、警告音が鳴ることなく終始平和で終わりを迎えた。本来ならばこれが正しいのだろう。まったく、なんで俺の時に限ってこうなったのか……。心臓に悪いったらありゃしない。
「氷兎君見て見て!! これが私のなんだって!!」
嬉しそうにピョンピョンと跳ねる姿を幻視するかのような喜びようを浮かべながら、俺と菜沙にそのカードを見せてきた。
『起源』と書かれた欄には、一人の女性が剣と盾を持ち黒いフードの人物の上に立っている姿が描かれている。ただし……逆さまに。不思議に思っていると、木原さんがその絵柄についての説明をしてくれた。
「すまない。先程のエラーのせいか、絵柄が反転してしまったのかもしれない。まぁ、機能自体に不具合はなさそうだ、そのまま使ってくれたまえ」
彼女の起源は……『
つまりこれは、アレだろう? 世界を救っちゃったりする系のアレってことだろう?
……いや、良いなぁとか少ししか思ってないよ。だってそうだろ? 今まで実際に夢の中で見ていたような戦いの世界に足を踏み入れたわけだ。無論夢の中では俺は勇者だったさ。しかし現実は? 殺人鬼などという不名誉な称号と言ってもいいものが、俺という存在なわけだ。現実は、やはり俺には厳しい。もう少し優しくしてもらえないかな。
「さて、次は君だな」
最後は菜沙の番。不安そうに俺を見てくる菜沙に軽く笑いかけ、彼女はカプセルの中へと入っていった。こちらも滞りなく終わりを迎え、彼女は俺達の元へと帰ってくる。
「これが、私の起源……?」
彼女が渡されたカードには、天から差し込む光と、白いローブのようなものを着た、まるで神様とも見えるような女性が、両手で地球を構成しているような絵柄が書かれている。逆さまではない。そして、その下には『創造』と書かれている。木原さんがどこか嬉しそうに菜沙の起源について話してくれた。
「ほう、その創造は中々稀なものだ。様々な物質を作り替えたり、組み合わせたりして他のものを創り出すことが出来る。いわゆる開発向けといったものだな」
「……なるほど。確かに菜沙の起源かもな」
「私の……?」
「だって、菜沙は何かを描いたり作ったりするの、得意だろ?」
まぁ料理に関しては及第点と言ったところではあるが、それ以外に関しては彼女は物を創るという点では類稀な人物だろう。
……それに、なんだか安心した。菜沙の力が何かを殺すものではないことに。彼女が創ったもので何かが死ぬかもしれない。しかし、彼女は手を汚すことにはならないだろう。結局、道具は創った人が悪いのではない。使った人が悪いのだから。
「にしても、二人もか……」
と木原さんは呟いた。何のことだと問いただすと彼女は、カードの名前の横を指さした。その部分を見ると……俺のカードには何も書かれていない。一体何が……と怪訝な目を送ると、木原さんは菜沙と七草さんのカードを指さして言った。
「そこの二人、高海 菜沙と七草 桜華の起源は元より強力かつ練度がそこそこ高い。だから、二人のカードの欄には星のマークが記載されているだろう?」
「本当だ……。ひーくんは、ないよね。良かったぁ……」
俺もそう思う。ただでさえ殺人鬼なんていう物騒な起源持ちなのに、練度があるとか何やってたんだって話だ。しかし、彼女達にはあって自分にはないというなんとも言えない敗北感のようなものも感じる。なくてよかったとは思うが、なんなんだろうな。
なんだか変な劣等感を感じてしまい、俺は二人から視線を逸らした。俺の挙動を木原さんは気にしていないようで、淡々とカードの説明を続けていく。
「さて、君達に渡したそのカードはこちらの施設で位置情報がわかるようになっていて、更に生体反応があるかどうかも判別できるようになっている。常に肌身離さず持っておくことだ。あと、それを見せるだけで色々な店で割引が効く」
「便利ですねコレ」
先程スキャンした時に、このカード自体に生体反応を識別させられるようにしたらしい。なのでこのカードがあればどこにいるのかはオリジン本部でわかるし、生きているか死んでいるかの判断もできるというわけだ。割引が利くとも言っていたが……いったいどれだけ安くなるのか。デパートで使えたりするかなこれ。
日常的な部分でどれだけ有効的に使えるのかを考える傍らで、今度は任務についての話が展開されていった。
「次に話すのは、任務についてだ。基本は訓練兵から始まるのだが……高海と七草の二名に関してはこれは免除される。能力を使いこなせるのならする必要もあまりないからな。しかし、唯野には訓練を受けてもらわねばならない」
「……マジですか」
二人共免除とか、なにそれ羨ましい。訓練とかとてつもなく面倒くさそうなんですけど。受け答え間違ったら腹パンしてくる教官とかいないですよね。
不安いっぱいな俺を見かねてか、木原さんは引き締まっていた表情を緩めて俺に言ってくる。
「まぁ、安心するといい。そこまでキツイものでもない。訓練兵を卒業した後、一般兵へと昇格される。ここでようやく任務に参加出来るわけだ。ただし、基本的に男は外での任務に。女は基地防衛となる。まぁ、この基地が襲われるなんてことはないと思うが……精神的にも肉体的にも振り分けはこうなる」
「……なるほど。なら、安心ですかね。菜沙を危険なところに連れていきたくありませんでしたし」
「彼女は開発部に所属することになるだろう。武器の発明から、オペレートの手伝いまでする幅広い事務だ。七草に関してだが……先程の説明に加えて言わせてもらうと、一般兵の上にはオリジン兵と呼ばれる役職がある。君達が知ってる人物だと、加藤がそうだ。これは元の素質が高いか、任務の達成率で昇格することが出来る。無論給料も高いが……危険な任務が多い。七草は、既に基礎的なものも高い状態にあるので、最初からこのオリジン兵になるな」
「えっと……それって、つまり私は氷兎君と一緒の任務に出られないってことですか……?」
「現状はそうだな」
「……嫌です。私、氷兎君とじゃなきゃ任務に出たくないです」
七草さんは木原さんに向かってそう言った。さて、言われた側の俺としては嬉しい限りなのだが……残念ながら、俺達が所属してしまったのは国家組織だ。いいや、例え国家組織でなくても社会の歯車になった時点で俺達にはルールというものが適応される。個人の我儘などそう簡単に通るわけがないのだ。
とはいえ、七草さんもまだまだ子供。しかも精神年齢が見た目よりも幼い感じがある。そんなわがままを木原さんが聞いてくれるかどうかだが……その本人は困ったように眉をひそめていた。
「困ったものだ……まぁ、オリジン兵とはいえ君も年若い女の子だ。おいそれと危険な任務に出すわけにも行かない。基本は基地防衛に当てることになる。加藤のように、戦うことを志願するのなら唯野が一般兵に昇格してから任務に出ることになるだろう」
「……随分とそこら辺緩いんですね」
「当たり前だ。戦える人材は少ないのが現状なのだから。死人はあまり出したくはない」
それもそうか。こんな起源なんてものを説明されて、お前戦えるからちょっとバケモノと殺し合いしてこい、なんて言われてもどうにもならない。覚悟があって、目的があってようやく戦えるのだ。
……まぁ、サブカルチャー好きな日本人だし、戦う覚悟なんかなくてもホイホイと参加しそうだけどな。そこら辺考えると、さっきの庭園にいたのが年若い人達だけだったのが理解できる。年寄りが戦うなんてできやしないし、おそらくこういった起源というものも、他者からの影響を受けやすい思春期が発現しやすかったりするのかもしれない。
「説明はこんなところか。施設の案内は別の者がすることになる。加藤と
木原さんが閉まっている扉の方にそう言い放つと、扉が開いて加藤さんともうひとりの男の人が入ってきた。その風貌はどこか軽そうな人に見え、表情も緩んでいると見えなくもない。髪型は整えられているのかいないのかよくわからない形をしていた。いわゆる天然パーマだろう。黒髪ではなく茶髪なあたり、陽キャと例えるのがいいか。
入って来た二人は俺達の前までやってくると自己紹介をし始めた。加藤さんは、さっきまで一緒にいたこともあってどこか嬉しそうに話しかけてくる。
「また会ったね。とりあえず、案内を頼まれた加藤 玲彩だ。こっちは……」
「うーすっ。先程呼ばれた通り、鈴華
「……自分もそんな感じなんで、気持ちはわかります」
話した感じ、とてもフランクな人のようだ。話しやすそうで安心できる。軽薄そうな見た目ではあるが、根は優しい人物のようだ。事前に打ち合わせをしていたのか、どうやら男女分かれて施設の案内をするらしい。まぁ、寝泊まりするところは流石に男女で別れてるわけだし、当然といえば当然か。
「じゃあ、また後でね氷兎君!」
「あんまり迷惑かけちゃダメだよ、ひーくん」
軽く手を振りながら部屋から出ていく七草さんと、物寂しそうな顔の菜沙。三人が部屋から出て言ったのを確認すると、翔平さんが肘でつついてきた。何かと思えば、ニヤニヤと笑ってこちらを見ている。
「若いのにやるねぇ……二人も侍らせやがって」
「そんなのじゃないですよ。友達と幼馴染です」
「うわ、良いなぁ幼馴染。一緒に登下校とかやってみたかったわー」
しかし最早そんな年でもなし。気がつけばあと少しで成人してしまう。あぁ、時間が流れるのは早いこって……。っと、大仰な手振りで落胆した。しかし、あと少しで成人ということは……歳近いのかこの人。
「そうそう、俺は大学を辞めてここに入って……まだそんなに長くはないな。まぁ、そこら辺は歩きながら話すとしようぜ。同じルームメイトになるわけだし? 親睦を深めるとしようじゃないか!」
え、なにそれは。ルームメイト? そんな話聞いてないですよ俺。部屋共同で使わなきゃいけないのか……しかも、お相手はまさかの年上ときた。中々精神的に辛くなりそうなものだが。ノリの軽そうな人だし、付き合うには苦労しなさそうだけども。
「それで、翔平さん。どこに向かうんですか?」
「翔平さんなんて堅苦しいなぁ……もっと気軽に呼んでいいんだぜ? 歳近いし」
「流石に呼び捨てはしませんよ。となると……翔平先輩とかですかね?」
「先輩……先輩かぁ……なんか、いい響きだな」
訂正。ノリが軽いんじゃなくてこの人ただの阿呆だ。先輩呼びとかむしろ堅くなってるでしょう、常識的に考えて。まぁ、敬語で話すことが出来るなら俺はなんともないわけだけど。
どことなくしっくりきたのか、よーし! 俺は今日からお前の先輩だ! 等となにを当たり前のことを言っているのかと突っ込みたくなるのを抑え込み、彼の話を聞くことにした。
「んで、さっきの話な。大学辞めたのはまぁ、両立できないからだな。お前さん……って、名前聞いてなかったな」
「唯野 氷兎です」
「……ひょうと、か。なかなか稀な名前だな?」
鈴華の方がまだマシなのではないか、と思うくらいの名前のセンスだ。リネームカードがあるなら、せめて読み方くらい変えさせてほしい。
「さて、話の続きだけど氷兎も高校を辞めるわけだろ? じゃなきゃ続かないし、仮にも国家組織だ。給料は高い。だから俺はこの組織に入ったってわけ。バケモノに襲われたのがこの組織に誘われたきっかけだったかなぁ……懐かしいなぁ」
懐かしんでいる彼に、俺は今までの経緯を話した。両親が死んだあたりで、彼は顔を歪ませて、大変だったなと肩に手を置いてきた。その目がどこか潤って見える。感情の起伏の激しい人だ。
「俺なんかよりもしっかりとした理由で入ってんだな……」
「人それぞれですよ、そんなの」
「いやいや、立派なもんだと思うよ俺は。芯がしっかりしてれば、案外立っていられるもんだ。戦う理由ってのは、しっかりとしたのじゃないと自分を支えられなくなる。俺の同僚も、バケモノに襲われて恐怖のあまり狂っちまって戦えなくなった奴がいてなぁ……おかげで、今パーティーメンバー不在なのよ」
「……それで、新人の自分が先輩のパーティーメンバーになる訳なんですかね」
「そういうことなんじゃない? じゃなきゃ態々部屋まで一緒にしないよ」
話を聞いていて、少しだけ背筋に嫌なものがはしった。同僚が恐怖のあまりに発狂か……。あまり聞きたくはない話だったな。やはり、これは命の奪い合いになるわけだ。相手は人間ではないバケモノ。俺も……一歩間違えれば発狂していたかもしれない。七草さんが止めてくれなかったら、どうなっていたことか……。
「まぁ、こんな話はここまでにしてだ。寝泊まりする部屋に向かうんだが……氷兎はゲームとかやるほうか?」
「……まぁ、結構やりますよ。自称ゲーマーを名乗る程度には」
「お、ならスマッシュシスターズでもやらないか? 相手がいなくて困ってたんだ」
「スマシスですか……って、ここゲームとかやれるんですね」
「当たり前だろ? むしろ金は貯まる一方だから娯楽に困ることはないぜ。ゲーマーにはありがたいことだな!」
遊び相手ができて嬉しいのか、先輩のテンションが上がった。しかし、先輩がスマッシュシスターズを持っているとは……。色々な会社のゲームのヒロインが集まって大乱闘し、ヒロイントップの座を競うゲームなのだが、これがまた面白い。友達と一緒にやれば白熱した結果、リアル大乱闘が起こるまである。崖受け身程度なら俺でもできるし、それなりに相手はできるだろう。
「舐めてもらっちゃ困るぜ? 元グリーンべレーの俺に勝てるもんか」
「安心してください。俺だって元コマンドーです」
流れるようなこの他愛ないやり取りで、俺と先輩の目が合った。間違いない……確実にと言えるほどに俺たちの心の中は同じことを考えていたと思う。
……この人とは仲良くなっていけそうな気がする。
To be continued……
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