沈む街

 気分転換に前に住んでいた街を訪れてみたが、随分と様変わりしているようだった。調べてみたら、数年前に市長選があって、要するにトップがすげ変わったらしい。

 政治的なあれこれには詳しくないが、派閥争いなのだという。住んでいたときはまるで知らなかった。世知辛い。


 この辺りにアパートがあった筈だが、と立ち寄ってみれば、ものの見事に空き地になっていた。売土地、の看板が虚しく地面に刺さる。こんな日当たりの悪い土地は誰も買わないだろう。小さめの駐車場にするには丁度いいかもしれない。

 その他にも、いろんなところが変化していた。少子化の影響か、記憶にあった範囲の幼稚園は全部潰れていたし、そもそも子どもどころか若者自体をほとんど見かけない。歩いているのは大抵が老人か、中年くらいの女性ばかり……男手は都会まで働きに出ているのだろうか? ことによると、男衆が働ける場所すら失われているのかも……疑問をよそに、給食袋をランドセルの脇に引っ掛けた小学生の一団が私の横を駆け抜けていった。


 住んでいた頃によく来ていた喫茶店に入る。路上と同じで、客の年齢層はやけに高い。マスターとは顔馴染みだったので、久しぶりの再会を喜ぶべく、カウンター席に座る。

「どうなの、調子は」

「ぼちぼちかな。そっちは?」

 マスターは白髪と顔の皺が増え、一気に老け込んで見えた。そういえば、一緒に働いていた筈の奥さんの姿が見当たらない。どうしたのか――なんて訊くわけにもいかず、私たちは他愛もない会話に終始した。

「……なんか、急に寂れちゃってね。この辺り」

 皿を磨きながら、マスターが独りごつ。接客業だからなんとか笑顔は保っているが、やはり往年の覇気は感じられない。

「再開発とかないの?」

「県にそんな予算があるかね……」

 そう言って、マスターは溜め息を漏らす。その直後に取り繕うように笑ったが、滲み出る疲労は全然拭えていない。


 また来るから、なんて無責任なことは言えず、私は喫茶店を後にする。折悪く、西の空から灰色の厚雲が迫ってきた。

 また店に戻るわけにもいかないし、私は商店街のアーケードに駆け込んだ。程なくして雨が降り出す。

 息苦しいような閉塞感があった。世界から取り残され、誰にも気にされずにゆるやかに滅んでいく街が、ここにある。無性に悲しいような虚しいような、それでいて心のどこかではとっくに諦めているような。

 来るべきではなかったのかな。ふと、そんな思いが過った。


 私は、帰りの電車の時間を調べ始めた。

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