いわくつき

 いわくつきの品を買った。

 真鍮製の、随分と年季の入った方位磁石だ。造りが精緻で、彫刻エングレービングもとても凝っている。

 何より、アンティークな雰囲気が気に入った。

「本当にいいのかぁ? そんなやべぇの買っちまってよぉ」

 リサイクルショップの店主は訝しむ。無料タダ同然の値段で寄越してくれたが、彼の焦点はそこではなく、私が方位磁石を手にすることそれ自体にあるようだった。

「いいのいいの。一遍、こういう『いわくつき』ってやつが欲しかったんだ」

 ジャーナリストの端くれとしてもね。私は付け加える。

「……なんかあっても、うちには戻さないでくれよ?」

 店主は怯えるようにそう言って、私に方位磁石を押しつけた。



「普通の方位磁石にしか見えないけどなぁ」

 家に帰り、布団の上に寝っ転がりながら、戦利品を弄ぶ。改めて、溜め息が出るほど美しい作り込みだ。こんな逸品を指していわくつき、とは、言いがかりもいいところではないだろうか。

 元々、オカルトとかが好きで、持ち主がことごとく事故に遭う車とかなんとか、そういうものを取材していた。呪われるぞ! なんて脅されたこともあったけど、今のところ取材の帰りにドブ板を踏み抜いたこと以外、目立った不幸には襲われていない。だから、今度の方位磁石にも、さして恐れを抱いてはいなかった。

(けど――)

 何かが起こるのなら、実のところそれはそれで、という気にもなった。話のネタになる。ということは、即ちカネになる。実体験であればなおさらの付加価値。ジャーナリストとは、そういう性を抱いて生きている。

 もし何か本当に不幸が起きたら、河原にでも捨てよう。そう結論づけて、私はなるべく方位磁石を持っているようにした。






 3ヶ月ほどは何も起きなかったが、ある日、線路内に立ち入った子どもを助けて、電車にぶつかって、脚をやった。

 家族や友人たちが病院に駆けつけてくれたが、ヒビが入った程度で奇跡的に別状はない、というのが医師の所見だった。ただ、方位磁石は粉々に割れてパーツが現場に飛び散り、元には戻らなくなってしまった。

 リサイクルショップの店主も見舞いに来てくれた。あの方位磁石について訊かれて、私は顛末を話した。

「……これ以上、アレのせいで不幸になる人はいないってわけか」

「はは、それは違うよ」

 私の言葉に、店主はなぜ? と返す。

「それこそオカルトだけど――」

 守ってくれたんじゃないかな。理由はわからないけど。

「あくまで私の場合、だけど、不幸を肩代わりしてくれたような……そんな気がするんだ」

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