記憶の切片

 スマホのアドレス帳を整理していると、もう会わなくなって久しい友人の名前が出てきた。消してしまってもいいのだけれど、だからといってすぐに削除するのは忍びない。思い出に浸ってからでもいいか、と思い、せっかくなので戸棚から卒業アルバムを引っ張り出して彼女との思い出を回想してみる。




 彼女と出会ったのは結構前で、まだ中学に上がっていなかったんじゃないかと思う。出会ったそのきっかけはあんまり覚えていない。当時の私はちょっとスレてて、彼女は対照的に底抜けの明るさを持った子だった。仲良くなったきっかけもやっぱり覚えていなくて、それでも中学2年の頃には大親友、と呼んではばかりないような友情を築いていたと思う。

 特筆すべきエピソードとか、そういうものはない。ただありふれた日々を過ごして、私の傍には彼女がいて……それが、どんなに愛おしく、素晴らしい日々だったか、ということに関しては、とても私の筆舌には尽くしがたい。具体的にディテールを思い出せないということとイコールではあるが……それでも、私の中にある彼女の笑顔はいつも明るく、眩しい。

 転機らしいことといえば、やはり高校受験だろうか。彼女は頭が良く、県内随一と言われる進学校に合格を果たした。一方の私は、ほどほどにしか勉強をしなかったので、ほどほどのところにしか行けなかった。

 彼女はそんな私を見て笑った。嘲笑ではなく、単に「ほどほど」の勉強ができる私が羨ましいらしかった。

「そんな風に調整できればいいんだけどね。わたしは凝り性だから、つい徹底しちゃう」

 それは、朗らかな彼女が初めて打ち明けてくれた、「悩み」にも等しいことだった。もう少し肩の力を抜いた生き方を、彼女は望んでいた。

 私からすれば、当然難しい高校を受験できる彼女のほうが羨望の対象だったのだが、言わないでおいた。


 疎遠になったのはそれから間もなくで、親戚絡みで何かしら揉めたらしいのだが、詳しいことは知らない。彼女には彼女なりの事情があるのだろう……私は性格上友人が少なく、それこそ親友と呼べる相手は彼女くらいのものだったが、それも時間の経過と共に失われてしまった。



 どうだろう。

 そもそも、3つくらい前の――まだ折り畳みのフィーチャーフォンが現役バリバリだった頃のアドレスだ。これがまだかどうかも定かではない。

 それでもやはり、消してしまうのは忍びない――という結論に至る。

「……ねぇ」

 息の抜き方は覚えた? 根詰めすぎて身体壊さないでね。

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