万引き犯 Ⅶ

 ミサキは視線だけをこちらに向け、濡れた声のまま、言った。

「……助けて」

「…………」

 私は熱燗を呷った。いつも以上に、喉の奥が灼けるような熱さだった。


「児相は?」

「考えたんですけど、おそらく無駄です。母が止めるでしょう」

「……難しいだろうけど、お祖父さんとお祖母さんのとこに戻る、とか」

「……これ以上、祖父母に迷惑はかけられない。私ひとりならともかく、あの男のせいで祖父母に害が及ぶのは避けたいんです」

 私はゆっくりと溜め息を吐いた。あくまでだ。それこそ、家庭の構成員からSOSが出ていたとしても、行政や機関に介入の余地はない。

 私は考えた。大雑把に結論づければ、ミサキの万引き衝動は強いストレスから来る錯乱、ということになる。偶々万引きという行為に繋がってしまったのは残念だが、これがもう少し――例えば、もう少し暴力的な面にアクセスしていたとしたら? 彼女は今頃、牛刀を持って義父の命を奪っていたかもしれない。そうならなかったことだけが、今はそれだけがただ幸福だと、思うより他にない。

「結局のところ……」

 あまり言いたくないことを言おうとしている、という強烈な自覚に襲われる。だが、ここで綺麗事に縋るようでは、私は次の段階には踏み込めない。

「……お金がいる、ってこと?」

 ミサキが目を見開く。

「そんなっ……お、お姉さんには借りられませんよ!? 返すアテもありませんし……」

「落ち着いて。私にもそんな余裕はないから……ねぇ。あなた今、中3でしょ?」

 ミサキはなおも目を丸くする。

「……どうしてわかったんですか」

「私も地元で就職したからよ。あなたが今通ってる学校ところに、私も通ってたってこと」

「じゃ、じゃあ先輩……」

「まあね、あんま真面目な生徒じゃなかったけど……で、続きだ。進学、あるいは就職の予定ってある?」

「……県外の高校に行って、できれば寮暮らしがしたい……ですけど、目処が……」

「受験は?」

「母が、高校にだけは行かせてやるって……入れはしても、かなり厳しいと思います。判定は……余裕とはいかないまでも、どうにか滑り込めるくらいには」

「……なら、ひとつ提案」

 私は人差し指を立てた。

「卒業したら、うちのスーパーに働きに来ない?」

「え?」







 季節は巡り、春。

 私の勤めるスーパーには、先日よりフレッシュな新人が仲間に加わった。警備員さんは正気ですか? という表情をしていたが、私は他に方法もないと思っている。

 何より、今のミサキはすごく幸せそうだった。

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