万引き犯 Ⅳ
ただ、彼らがGメンとして機能するかどうかは別問題だろう。遅い時間まで脳細胞を働かせて、およそ周囲の人間の行動に目を配れるほど元気が残っているとは思えない。とすれば、スーパーの店員に期待するしかないのだが……時間帯が悪いのかシフトを割り振る担当が怠惰なのか、精肉コーナーとレジ以外で店員の影を見ることはなかった。
(――さて)
タイムリミットは午後9時45分。部活か塾かはわからないが、この間の少女……中学生くらいの彼女がやって来るとしたらこの時間帯だ。そう踏んでいた。ひょっとすると来ないかもしれない。もう来たあとかも、犯行後かもしれない……それでも、それでもだ、もし可能性が1%でもあるのなら、私はそれを逃したくはない。
なるべく店舗入口に近い場所に陣取って、たまに自動扉のほうを確認する。あの少女にばかり気を取られて、他の人間による犯行を見逃していては世話はないのだが……少なくともこの町内に万引き犯は彼女だけであってほしい、という思いで、私は彼女の登場を待った。
そして、時は来た。
午後9時42分、帰るか、帰らざるかを迷い始めるギリギリのタイミングで、この間の少女が自動扉をくぐってきた。相変わらず前髪のせいで表情を窺うことはできないが、背丈、姿勢、制服、制カバンの特徴からいって、まず間違いなく彼女だ。私は興奮すら覚えて、悟られないように必死でピーマンを選んでいた。
(……よし)
彼女が陳列棚の影に消えたところで、私も動き出した。後を追う。正直、彼女の動きに不審な点は見当たらない。辺りをチェックする様子もないし、さりとて、何か目的があって、そこへ向けて一直線に動いている、なんて風でもない。ごく一般的な、買い物客らしい移動の仕方。
ふと、私は思った。このまま万引きなんてせず、カゴに収めたものにきちんと代金を払うか、あるいは何も買わずに店を出ていくかしてくれ、と。それは祈りに近くて、それでも、本当にそうなればいいと思っていて。
そして、なり得ない。
彼女は調味料コーナーで立ち止まった。物色、というのとは少し違う。明らかに目的を持ってそこにいるような感じだった。毛が逆立つような、言い表しようのない不穏が私を襲った。何気ない風を装って、背後を通過する。そして素早く、段ボールの影にかがんだ。傍から見れば私のほうが不審者だ。
万引きをしてほしいわけではない。してほしいわけではないが、やるなら――早くしてくれという気持ちが芽生えてしまう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます