万引き犯 Ⅴ
(違う……そうじゃないだろ)
私の、私が本当にそうあれと望んでいることは――――。
視界で彼女が動いた。キョロキョロと周囲を見回している。明らかに窺っている。そして――彼女は、手に取った中華ペーストを、学生カバンに押し込んだ。
(……やった!)
やってほしくなかった。信じたかった。それでも、彼女はやった。なら仕方がない。私は責任を果たすだけだ。
「ねぇ。そこの君」
足早に去ろうとする彼女の背中に声をかける。少女はびくん、と震えて立ち止まる。
「……なんですか?」
頭がゆっくりとこちらを向いて――その双眸が、文字通り見開かれた。あり得ない、そう思っているということだけは確かだ。
「――あなた、この間の」
「久しぶり……いや、そんなに時間は経ってないか」
仁王立ちに近いポーズで、こちらに向いた彼女と相対する。
「……」
「カバンの中身。レジ通してないでしょ」
「……」
少女は俯いた。そのまま何も話さない。ただ、逃げ出すこともしない。
沈黙は、肯定ととっていい。
長い沈黙を破ったのは、彼女のほうだった。
「…………ごめんなさい」
その声は濡れていた。
「謝るんなら、このお店の人か、将来のあなた自身に頭を下げること。万引きなんてこすっからい窃盗、盗んだほうも盗まれたほうも、誰ひとりだって得をしないんだから」
彼女は頷き、そして涙さえこぼしながら、カバンのジッパーを開けた。盗んだものを私の掌に押し付ける。大手食品メーカーの商品で、料理に混ぜ込むだけで味が本格中華のそれになるという触れ込みの、多くの家庭で愛されていそうな半生タイプの練りペーストだった。
この子、私の店に来たときはわさびのチューブだった筈。何か法則性でもあるのか。兎に角、こうなってしまえば普通はもうどうしようもない。彼女の罪は拭えず、どちらも犯行としては未成立――1件は私が未成立にした――とはいえど、だ。
「……ごめん、なさい……」
「だからさ……」
少女は泣き崩れる。何が彼女を犯行に駆り立てたのか、訊いてみたい気持ちもあった。そして、それには少々時間がかかりそうだ、という気もした。
午後10時過ぎ。
女ふたりであまり遅い時間まで出歩くものではないとはわかっていたが、護身用にそこそこ重めのマイナスドライバーを携帯しているので問題ないだろう。私は彼女――ミサキと名乗った――を連れて、行きつけの居酒屋に入った。
「熱燗ひとつ。あと、茄子の一本漬けに……海老のマリネサラダと、ウーロン茶もお願い」
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