快眠業者 ⅩⅩⅩⅨ

 つまり、前のように雑誌や新聞に広告を打って……というのは少し難しいかもしれない。不可能ではないのだろうが、釣り餌にかかる魚を待っていたのでは悠長すぎる。積極的に行動を起こし、快眠請負人の功績を静かに、しかし確かに広めていく必要がある。

「そういえば、快眠さんはなんで、人目に触れることを嫌っていたんですか?」

「お話しませんでしたか?」

 快眠請負人が訊ね返す。

「おぼろげには……わかるんですけど。でもやっぱり、やろうと思えばインターネットでいくらでも広告を打てる時代です、とても有効で、強力で、そして手軽な方法です」

 わたしがちょうどそうしていたように。加奈かなは心の中で付け加える。

「あ、いえ、やれとは言っていません。ただ気になったというか……」

「……」

 快眠請負人からのレスポンスはない。しかし、その表情は明らかに何かを考えているときのそれだ。そういう些細な変化を見抜けるようになったのは、素直に嬉しい。加奈は頬が緩みそうになるのをどうにか堪えながら、快眠請負人の返事を待った。


 ……予想以上に長い。2分近くは考え込んでいる。そんなに難しい質問だっただろうか?

「――それは」

 熟考の末、快眠請負人は口を開いた。彼女の中で何か、大きめの心情変化や推移があったようだ。

「確かに、有効な手段です。しかし同時にリスクも付きまとう。現代はIot社会などと持て囃されていますが、誰でも気軽に情報を発信できることの利便性の裏には、当然危険も……釈迦に説法、でしたでしょうか」

「い、いえ」

「……危険もあります。一度『偽物』だというレッテルを張られてしまえばおしまいです。二度と『快眠業者』の看板を掲げられなくなる」

「あ――」

 加奈は改めて、背中に氷水をかけられたような気分になった。、否、ことがどれほど恐ろしい行為であるかを思い知った。あの時は必死だったとか、下手な言い訳はできない。

「……ごめんなさい」

「なぜ加奈さんが謝るんです?」

「いえ、その……」

「……貴女が謝る必要なんてありませんよ……私の見立てが甘かっただけに過ぎません」

 加奈は俯いた。慰められても、やったことを償えるわけではない。謝っても謝っても、きっと加奈の心に眠る罪悪感が、彼女自身を蝕み、苛み続ける。

 しかし、快眠請負人は微笑んだ。

「否定などしていませんよ、加奈さん。私はリスクを看過できないと指摘しただけ。やるべきではない、とは言っていません」

「あ――……」

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