万引き犯 Ⅰ

「やっちゃいけないってことは……わかってるよねもう。中学生だもんね?」

「…………」

 午後9時。スーパーマーケットの事務室。

 安っぽい樹脂製のテーブルを挟んだ向こう側には、地元の中学の冬制服を着た女の子が座り、俯いて沈黙を保っている。そして、テーブルの上に置かれているのは――子ども向けの知育菓子と、チューブタイプのわさび。

 少女の罪状は、万引きだ。より事実に即して表すなら、窃盗罪である。


 秋も深まる夜長、どうせヒマでしょ? といわんばかりに店長に半ば無理矢理入れられたシフトが、まさかこんな事態を呼び起こすことになろうとは。いかにも内気な、おどおどした女子中学生は、慣れた手つきで――現場は見ていないから推測だが――学生カバンの中にお菓子とわさびを滑り込ませた…ところまでは首尾よくいっていたようだが、あいにくうちのスーパーには先月から、未精算商品の店外持ち出しを防ぐEASが導入されている。店舗出入り口には未精算商品を感知するセンサー付きゲートが設置されているのだ。カバンにモノを忍ばせたまま店を出ようとしたところでゲートの存在に気づき、どうにかゲートの外側を通り抜けようとしているところを警備員に見つかって、あえなく御用となった。

 警備員さんは警察に突き出すべきだ、と言ってくれたが、私は精々が15歳程度の女の子相手にそこまでしたくはなかった。甘い、といえばそうだろう、もし味を占めたこの子が他の店舗で盗みを働くようになったら、それはここできっちりなかった私の責任だ。

 だからしっかりとわからせる必要があった。ここで止めねば、彼女の人生は元より、地域の治安に影を落とすことになる。


「学生証は? ある?」

 彼女の身体がびくん、と震える。雰囲気から察するに初犯だろうか。断定は危険だが、縮こまって黙秘を続ける様子からは、常習犯の気配は窺えない。

「警察に突き出すのは大目に見たげるけど、親御さんには言うからね。連絡先、教えてもらえる?」

 追い討ちをかける。せめて声が聞きたかった。

「――あの」

 返ってきたのは蚊の鳴くような細い声。黒髪のショートボブは丁寧に切り揃えられ、本人の人柄を象徴しているかのようだ。前髪は少し長めで、ゆえに視線や表情は見えない。

「それは……やめて、ください……親に迷惑、かけたく、ないんです……」

 途切れ途切れに彼女は言った。

「そういうわけにもいかないでしょ。じゃあ学校に連絡するから、やっぱり学生証は必要だよ。ね?」

「う――い、嫌っ」

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