万引き犯 Ⅵ

 ミサキは私の隣で縮こまっていて、運ばれてきたサラダにも手をつけようとしなかったが、私が黙秘権を行使するそれたべるまでだまってるしにがさないからとたきつけると、観念したようにレタスを頬張り始めた。

「…………おいしい、です」

「ふふ、そうでしょ」

「なんであんたが自慢げなんだ?」

 店主に揶揄されたが、無視して私は会話をスタートさせた。

「ね、ミサキ。教えて。何があなたを駆り立てたの? 万引きなんかに」


 ミサキは当初、やっぱり話したくありません、という具合に口をもごもごさせていたが、やがて意を決したように口を開いた。

「うち、母子家庭なんです」

 父親がアルコール中毒で、しかも酔ったら暴力を振るう人だったらしい。母親は耐えかねて、幼いミサキを連れて実家に身を寄せたという。

「ただ、母は駆け落ち同然に父と結婚したので、両親――私の祖父母とは仲が悪くて。しょっちゅう喧嘩して、私は肩身の狭い思いをしていました」

 それだけが原因というわけじゃないですけど、そう前置きして、ミサキは続ける。

「でも、駅前にアパートを借りられるってことになって……2、3年前に母の実家を出て、そこで暮らし始めたんです」

 ただ、問題があった。

「母は再婚しました。私の父とヨリを戻したんじゃなくて、新しい若い男の人と」

 はじめのうちは上手くやっていたように思えたが、その男はすぐに本性を表した。

「ギャンブル依存症だったんです。笑えませんよね、アル中から逃げた先がパチンカスだったなんて」

 ミサキは自嘲気味に笑って、グラスに入ったウーロン茶を呷った。私は運ばれてきた熱燗に手をつける気にもなれなかった。

「母は限界でした……正確に言うなら、今、この時点で限界なんです。母がパートで稼いだ収入は、大半が男のギャンブルに消えるんです……私の学費だけは、なんとか捻出してくれてるんですけど、日に日に元気がなくなって、やつれていって」

 ミサキは、そこで一旦言葉を切ったかと思うと――肩を震わせて泣き始めた。

「母さんが困らないで、あの男だけが、あいつだけが困る方法ってなんだろうって……一応は籍も入ってるし、収入と地位もあるらしいから、あいつを止めるために……娘の、私が、万引き、したら……っ」

「……間違いなく、その男よりも、あなたのお母さんのほうが深く傷つく」

「…………ですよねっ……」

 ミサキは涙声で言うと、テーブルに突っ伏した。

「わからない。わからないんです、何をどうすればいいのか。あいつはどんどんエスカレートしていって、歯止めがきかなくなってる」

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