吸血鬼

「血をー……?」

 疑り深い視線、声音。薄暗い洞穴と相まって、雰囲気はたっぷりだ。わたしは屈さず、そうだ、と言った。

「……こんなところに人が来るとは……いやはや、長生きはするもんだけど……久しぶりに人と話すとこう、やっぱ緊張するね」

 少女は怠そうに頭を掻きながら、棺の中で起き上がった。わたしは思わず眉を顰めた。わたしなら、頼まれたってあの中で眠るのはごめんだ。

「……あいにくと、ただの人間ではないぞ」

 わたしは目一杯声を低くして、銀の聖剣を鞘から抜いた。この剣を持つときは、いつだって手が震える。たとえグローブ越しでも、この禍々しさは拭えるもんじゃない。誰がこんなものを聖剣などと呼び始めたのか……。

 とにかく、わたしは目の前の少女――に見える、もはや異形の化け物同然に成り果てた存在と相対した。肌は青白く、痩身で、噂によれば400年生きているというの少女は本当に、見た目だけなら可憐で、笑顔も人懐っこくて……いやいや、駄目だ。何を考えている。これまでも見た目に騙されて、苦い汁を飲まされてきたじゃないか! わたしは頭を振った。


「――さぁ、従ってもらおうか。そこから出て膝をつけ」

 聖剣のきっさきを向けて、わたしは恫喝した。こういうことをするのに向いている性格ではないことは、重々承知している。でも、やるのだ。今のところ、まだ若くて体力があるのはわたしだけなのだ。

「はいはい……ああ、あまり怖い顔しないでね。血がまずくなっちゃうよ?」

「……ふざけたことを」

 実際、そうなられると死活問題なのだが。

「――はい。首筋でいい?」

「他にどこがあるっていうんだ……いや、もういい。協力に感謝する」

 わたしは、彼女の露出した肩先にゆっくりと牙を近づけた。

「いただきます――」

 つぷ、と、尖った犬歯の先が、彼女の肌に小さな穴傷を二つ、開ける。すぐさま、芳醇な血の味と、匂いが鼻口腔を満たした。







 吸血鬼は、ヒトの血を吸わねば生きていけない。

 例外なく、わたしもそうだった。だが、吸血鬼は迫害され、追いやられた。状況が変わったのはほんの数年前だ。法律が変わったとかで、人間共は掌を返したように我々に対し親切になった。

 しかしそれはうわべだけ。心の奥底では、吸血鬼を見下しているのが見え見えだった。だから、わたしたちは飽くまで高圧的な態度を取った。

 少女の血を吸い、一部はびんに保存して、わたしは洞穴を辞した。またいつでも来てね、もう友だちなんだから。笑う彼女は、太陽みたいで嫌いだった。


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