マイナスイオン
土を踏みしめ、野山に分け入るときの高揚は、私が日本人として生まれたが故の特権なのだろうか。
そんなことはない、どこの国だってそうだ、とは思いつつも、ここまで自然との距離が近い――いわば、自然に介入したり利用したり時には被害に遭ったりしつつも、そこにある自然と国土の中で共生し続けてきたのは、素直に喜ばしいことであり、またこうして私が土と樹と葉の匂いを感じながら林を歩けることに関しては、先人たちへの感謝と畏敬の念を抱かざるを得ない。
(……もし文字起こししたら、政治家か知事のスピーチみたいでなんかヤだな)
とりあえず私は、そういう原生林――たまに人工林――で森林浴を行うのが趣味というかルーティンワークのひとつになっているところがあり、それでなんとはなしに自然に帰ったような、そういた気分に浸っているのだ。
(……ふぅ)
何か特別なことをするわけではない。したいわけでもない。自然に詳しいわけでも、もちろんない。キャンプとかトレッキングとか、欠片も興味はないし、いってみれば私は、すごく意識の低い野山の楽しみ方をしているに過ぎない。でも、誰かにやめろと言われてやめるつもりはないし、余程のことがない限り、私はこの趣味を続けるだろう。
それくらい、自然の中にいるのは魅力的だ。
木々のざわめき。鳥の声。土いきれの匂い。乾いているような、それでいて湿っているようにも感じる、風の薫り。
全然特別でもなんでもない、どこにでもある自然という空間が、季節によって姿を変え、でも本質は変わらない。私は、そういう自然の表情が好きだった。
少し、歩く。足元は枯れ葉を踏み、頭上で木の葉が擦れ合い、天頂の隙間から、少し曇った青空が見える。
季節は晩秋、涼しいを通り越し、少し肌寒いくらいの風が、時折強めに吹いてくる。ウィンドブレーカーを持ってきて正解だった。
山、いや、丘とも呼べないくらいになだらかなそこを、ゆっくりとした足取りで歩いていく。何度か居住地を移しているが、家の近くにこういう野山が存在するか否かが引っ越し先の決め手になっている。あるとないのとでは全然違う。都会にいた頃は碌に自然がなくて精神を病みかけたほどである。
このあたりかな。私は足を止めて、肺に空気をいっぱいに吸い込んだ。不思議と脳が冴える感じがする。早朝の清涼感が胸を満たす。
(んん……気持ちいい――!)
腕を伸ばす。
あと1時間は、ここにいるつもりだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます