標的は古老! Ⅱ

 声の主、彼女――セリーヌ・ジェルボーは、当局お墨付きのだ。罪状は多岐に渡るが、列記しているだけで10.5ポイントの明朝体がA4のレジュメをびっしり埋め尽くすことになる。私利私欲のために、立ちはだかる一切の者に容赦をしなかった。

 闇の世界でのし上がり、結果として『表の世界』にも影響を及ぼすようにまでなったその生き様は、時として悪のカリスマのように語り継がれることがある。わたしはそれをクソ喰らえだと思っている。

 六華が彼女に仕掛けたのは盗聴器だ。外交上の重要なポジション……という立場を彼女は、この法治国家においてもチヤホヤされる運命にある。


 わたしと六華はオンボロ車に戻った。セリーヌを追跡するわけではない。薔薇のコサージュに仕込んだ盗聴器にもすぐに気づくだろう。目的は、彼女自身にことにあった。

 わたしたちは決して大手を振って日向を歩ける人種ではないが、さりとてセリーヌのような輩に尻尾を振るほど落ちぶれてもいない。様々な思惑が絡み合い、ダーティな「交渉」を得意とするわたしたちにお鉢が回ってきた。完遂すべきミッションはたったひとつ、プレッシャーを与え、追い詰め、挙句に

 ハイリスクハイリターンだが、成功すれば裏の世界の勢力図が書き変わる。まるで革命前夜の引き金だ。そういう道化も、悪くはないが。



「ねぇ聞いてよ美奈みな、半世紀遅れのスラングで喚いてる」

 帰る道すがら、六華が笑いながらわたしにスマホの画面を見せてくる。

「やっぱ育ちが悪いのは隠せないねぇ。ボロが出れば儲けも……おっ」

「何?」

「ちょっと車停めて!」

 路肩で停止すると、六華はわたしの耳にイヤホンを押し込んできた。セリーヌがヒステリックに叫んでいる。内容はフランス語、文脈

 わからないが、単語の意味を繋ぎ合わせると。

「……ブランシュ……ヤクを売ろうとしてる!?」

「これは大事件だよ! 日本に販路ルート広げようとしてんのかな?」

「ブランシュ」は依存性の高い合成麻薬だ。もしも事実だとすれば、セリーヌの野望はとてつもなく大きなシノギへと繋がるだろう。この情報を、それを阻止せんとするクライアントの元へ持っていけば。

 わたしはすぐに車を出した。



 時価30万ドル。クライアントとの協議の結果、セリーヌ・ジェルボーの社会的地位の失墜にかけられた賞金である。わたしと六華は情報をかき集め、セリーヌの終着点ファイナルディスティネーションを決めるプランを練った。

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