快眠業者 ⅩⅩⅩⅧ

 行動指針は決まったが、かといって今すぐに実行できるだけのリソースは揃っていない。

「――現状、行動に移すには不足や抜けが多い。それは仕方のないことでもありますが、同時に、その問題を抱えている限りわたしたちは動けません」

 加奈かなは言った。

「手始めに……というと少々物騒ですが。どこか、いえ何か、具体的な方策を示していただけるとありがたいです。ご承知の上とは思いますが、我々の間で認識を共通させておくのはほぼ必須でしょう?」

「ええ。ですが、焦って事を決めるのも愚策……冷静な判断と的確な対処、行動が明暗を分けます。何事においてもそうですが」

 快眠請負人は応え、またぞろレジュメを取り出した。

「研究自体は進んでいます。メカニズムと呼べるほどのものがない以上、個人の精神に作用するしかない事案であり、すべては私、いえ、私たちに依拠します。ここまでは何度も申し上げていることですが、この先です。私はこれまでのケースで、。つまり、対応をその場その場で変えてきた、ひいては、マニュアルが存在しないということと同義です。つまり……。故に、イレギュラーには強いが弱い……といったような状況が発生します。場当たり的な対処を行うしかないんです」

「……その状況を改善するために、快眠さんはここで研究を?」

「一応、理論立てて整理し、観察や実験を繰り返してはいるのですが……イレギュラーをすべてなくし、潰すことなど、どだい不可能なのです。だから、加奈さんの言うような『初めの1歩』を踏み出すのが非常に困難です」

 加奈はいくつかのレジュメを手に取った。快眠請負人が今までに担当してきた顧客の、平均や統計を取ったデータが所狭しと表記されている。表やグラフの様子を見るに、快眠請負人には表計算ソフトの心得もあるようだが、あまり使いこなせているとはいえない。

「とっかかりがない、ということですか?」

「まぁ……そうですね」

 ……振り出しに戻った。

 快眠請負人の能力は強力だ。しかし、その「強力」は必ずしも「万能」たり得ない。やってみなくてはわからないが、しかし闇雲にやりはじめるわけにはいかない。

 難しい問題だった。快眠請負人はこれまで、ただ闇雲に『催眠』を施し続けてきた。すべては人助けのために。個人経営で、お金こそ取っていたが、それらはおそらく、ほとんどが研究に費やされている。

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