福音

「はい、ちょっと……ちょっとすみません、いいですか!」

 私はするりするりと人波の隙間を抜け、広場のほうへと駆け出した。

 まったく、平日だというのにどうしてこうも人が多いのか。それも仕方ないか、と思う程度には、お台場のロックフェスは盛況だった。

 周囲には屋台も出ている。どんな団体がバックについているかわかったものではないので、私は買わない。私の目当てとなるステージは、この後午後3時からの……。

『――会場にお越しの皆様こんにちは。Tティー-Edgeエッジの……』

 丁度、アナウンスが流れてきた。少し掠れ気味な声で、ヴォーカルのHIMEヒメが会場内の注意喚起を行う。

 Edge、新進気鋭のガールズロックバンド。メンバーの年齢は非公表だが、SNSアカウントにアップされた打ち上げの写真でソフトドリンクを頼んでいるメンバーがいたことから、未成年を構成員に擁していることがわかっている。とにかく若めのメンバーで固めたユニットで、売り込みが少ないせいか業界では今ひとつの印象があったが、その分技巧スキルが突出して高く、そちらが評価されて近頃注目され始めている。

 そして、私は絶賛、このバンドにハマってしまっている。CDは買うしライブには参戦するし、そのライブ映像を収めたブルーレイは買うし、握手会は行くし……どれも頻度は高くないから、コンプリートしたところで大した出費にはならないのが、救いといえば救いだった。


 喫茶店で買い込んだエスプレッソを片手に、たまたま空いていた3列目の席に陣取る。開演までのこの時間、会場を包む倦怠にも似た独特の空気が好きだ。T-Edgeはバンドではないので、ファンとの空気感も近く、コール・レスポンスもどこか和やかだ。しかしひとたび本番となれば雰囲気が一変、ヴィジュアル系技巧派の面目躍如といわんばかりのパフォーマンスを見せつける。公式サイトの彩度が低くて見づらいことだけがネックだが、それも雰囲気作りに一役買っていると思えば。

 と。開演五分前です、のアナウンスが流れ、俄に会場が活気づく。曇天で風もあるが、夏場には却って良いだろう。尤も、ここは今から日本一アツいステージになるのだが。

 HIMEが、NATSUナツが、Hi-Ragiヒイラギが、Jayジェイが、そして最年少のNeONネオンが登壇する。客席は水を打ったように静まり返る。

 それぞれがそれぞれのポジションに陣取って、最後にHIMEが、スタンドからマイクを外した。

 私たちは、彼女の最初の一言を、固唾を呑んで見守っている。

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