笑える話

 こんなにだだっ広い、他に建物もない農場なのに、よくもまあ迷わずに来られたものだ。の執念には感心しきりである。

「それで? なんの用です?」

 騎兵銃カービンを装備した兵士たちと向かい合って坐りながら、わたしは世間話でもしているみたいに彼らと接する。兵士たちはまだ若く、しかし鋭い目つきを持っていた。

「……貴女には、我が国の機密をA国に漏洩した疑いがかかっています」

 兵士たちのうち、若いほうが重々しく口を開いた。わかっているくせに! という圧を言外に感じる。

「まぁ、そうですね。でなければ田舎に隠居する必要はないですから」

 わたしはにこりと笑う。その様子に、兵士はあからさまな不快感を示した。

「――同志ヴルドゥコフスカヤ、貴女は――」

「今は違う名を名乗っていますが?」

「いい加減にしろ!!」

 若いほうが机を叩いて立ち上がる。

「いいか? 貴様が盗み出し……A国に二束三文で売り渡した情報には! 我が国の国境付近における防空火器及び地上配備兵器の要綱が一部含まれていたのだ! これが何を意味するか……貴様はただの売国奴ではない、外患誘致よりもさらに重い罪を――」

「もういい。坐れ、同志ミハイロフ」

 年嵩のほうが窘める。それにしてもふたりきりでスパイを捕まえに来るとは、幾分向こう見ずと言わざるを得ない。のわたしなら、この作戦には乗らないだろう。

「……同志ヴルドゥコフスカヤ。今の貴女がなんと名乗ろうが関係はない。我々は当局の命を受け、貴女をにしに来た。当局は貴女の諜報能力を買っている。祖国を裏切った……最高軍事機密を漏らした者にここまでの温情など本来あり得ない。ということは」

「……また情報を盗まれた?」

 兵士が俄に殺気を帯びる。若いほうは腰のホルスターから制式拳銃を引き抜いた。

「何故……何故知っている!? 貴様、……」

「落ち着け。そんなわけがないだろう。ヴルドゥコフスカヤが軍にいたのは6年前までだ。ここに移り住んだのもそのすぐ後……」

「それは信用のできる情報?」

「貴様あ! それ以上戯言を抜かせば撃ち殺すぞ!!」

「ミハイロフ!!」

 安全装置を外したミハイロフに、年嵩の兵が檄を飛ばす。お粗末なコントでも見ているようで、含み笑いが漏れかけた。こんな人材しかいない軍上層部を少し憐れむ。

 ただ、そろそろ冗談では済まなくなってきた。造兵廠謹製の小口径高速弾がわたしの身体にめり込む前に、知っていることは話してしまおう。

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