乱世

 大手新聞社政治部の記者が、死と隣り合わせの危険な職業という「裏の顔」を持つようになったのはいつからだろう。少なくとも、政治部に防弾チョッキを配布するようになったのはつい最近だ。元より平和でもなかったが、東京は以前にも増して物騒になっている。スパイ天国の日本、法改正で与野党の中枢に巣くう工作員や諜報員がにされ始めてからは、いろいろとガタガタになった。各国のスパイが入れ替わり立ち替わり、なんとか日本で「爪跡」を残そうと……。

 やめよう。情報戦争の行く末など誰も知らない。私は私の仕事をするだけ。

 自社のデスクに戻ると、脅迫状が来ていた。今追っている議員のスキャンダルから手を引け、というもの。

 正直、あの議員がそこまでの大物だとは思わない。とすると、ここを叩けば。芋づる式だ。無論命の危険が伴うが、リターンは大きい。


 上司に許可を得て調査を続行。懐にはを。防弾ではないが、なるべく頑丈な造りのワゴン車を移動に使う。

 霞ヶ関は異様な雰囲気だった。その中にあって、懇意にしている情報筋の人間は、黒塗りの高級ドイツ車の中でくつろいでいた。

「……余裕ですね」

 私はいつ飛んでくるかも判らない弾丸に怯えているというのに。

「ま、そうカリカリしないの。マル政追っかけてんならもっと余裕見せてないとね?」

 情報筋の彼女は壮年の女性で、元官僚。正直、現役の情報を掴める年齢としではないのだが、彼女以外は

「車、出して」

 彼女は運転手に言った。


 環八に入ったところで、彼女は声を潜めた。

尾行つけられてる」

「……私か」

「まだまだね。あんなのも撒けないようじゃ、ブン屋失格よ」

「お説教は後で聞きます。敵は?」

「あの政治家絡みじゃ、中国かロシアか……気をつけて、サイレンサー付きの――」

 瞬間、車が左にターンした。大型トラックがホーンを鳴らしながら急ブレーキを踏む。リアウィンドウの向こうで、400ccのオートバイがずっこけていた。

 反対車線。時速90キロ。さらに加速。

 ――彼女たちは、荒事に慣れている。

「あんたの車は諦めたほうがいいね。こんだけ距離が離れりゃ、爆弾ブービーは間違いない」

「……350万くらいしたのに」

「命には代えられない。で? 持ってるの?」

「何を」

「銃」

 彼女はジャケットの内側から、高性能の短機関銃サブマシンガンを覗かせた。

「……当たり前でしょ」

「上出来。じゃ、しばらく流して様子見ようか」

 彼女はこともなげに言った。私は溜め息を吐いて、初弾を薬室に送り込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る